秘められた願い~もしも10年後にまた会えたなら~

宮里澄玲

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番外編

1. 正樹編

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 「えっ、駿兄って美沙絵さんが小6の時の担任だったの?!」
 俺が盛大に驚くと、熱々のハンバーグステーキにハフハフ言いながら剛が意外そうな顔をした。
 「ふぁ~熱いけど旨いな~! そうだよ、知らなかったの?」
 「し、知らなかった…。今、初めて聞いた…」
 っていうか、教えてもらえなかったし…。
 それから剛はさらっと言った。 
 「ちなみに駿先生は姉ちゃんの初恋相手。それに、これまで好きになったのは駿先生だけなんだって」
 「えっ…」
 「10年ぶりに再会して、初恋が実って晴れて両思いになって結婚して結ばれたってわけ」
 「…そうだったのか」
 俺が複雑な心境になっているところに剛はさらに爆弾を落とした。 
 「だから、マー君がいくら頑張っても100%脈はないからもう諦めな」
 俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
 「……ハッ?! な、何言ってんだ! 俺は別に…」
 「誤魔化してもムダだよ。好きなんでしょ、姉ちゃんのこと。先生と姉ちゃんのマンションで初めてマー君に会った時に分かっちゃったんだ、マー君の姉ちゃんを見る目で」
 「…っ!」
 剛の鋭いツッコミに俺は固まった。
 「でも、いくら好きでも、姉ちゃんは人妻になっちゃったんだからね」
 「……お前に言われなくても分かってるよ、そんなこと…」
 俺は顔をしかめると、注文したカツカレーを乱暴に口に運んだ。
 
 こいつ、トロそうな顔して意外と鋭いな…。
 
 俺の目の前で旨そうにハンバーグを食っている美沙絵さんの弟の剛とは先日初めて会った。
 駿兄と美沙絵さんが結婚してから数日後、俺が結婚祝を持って2人が住むマンションに行くと、大学の寮から実家に帰省していた剛もたまたま遊びに来ていたのだ。初対面で最初はぎこちなかったが、年が1つしか変わらず、剛の明るく人懐っこい人柄にだんだんと話が弾み、お互いにハマっている漫画が同じだと知るとすっかり意気投合した。美沙絵さんは俺と剛が仲良くなってとても嬉しそうだった。夜は美沙絵さんが手料理を振るまってくれ、どれもとても美味しかった。そして、駿兄と美沙絵さんが一緒に仲睦まじげに食事の後片付けをしているのを羨まし気に眺めていたのだが、ふと視線を感じると剛が俺を見ていたので慌ててついていたテレビの画面に顔を向けたのだった。剛にはあの時に見抜かれていたのかもしれない…。
 
 今日はそれぞれ面白かった漫画を貸し合う約束で駅前のファミレスで落ち合った。そして、色々話しているその流れで俺は駿兄と美沙絵さんの出会いの経緯や交際への発展とかを剛から聞いたのだった。剛も最初は姉の結婚相手が当時の小学校の先生だと分かって驚いたが、今はあんな優しくてイケメンで頼りがいがある年の離れた義兄さんができて鼻が高いよ~と嬉しそうに話していた。確かに駿兄は俺にとっても自慢のいとこだし、そんな風に言ってもらえて俺も嬉しく思った。 
 
 そうか…美沙絵さんは駿兄が初恋で、ずっと駿兄だけを…。
 よかったね、本当に好きな人と幸せになれて。
 今は本心からそう思えるし祝福できる。
 
 俺が美沙絵さんを初めて見たのは、聖智大に編入して間もない頃だった。
 講義のレポート提出のために調べ物がしたくて図書館に行った時のことだった。前にいた大学よりも遥に広くて蔵書数も多く、初めて来た俺は勝手がよく分からずに戸惑っていた。そこで、館員の人に聞こうとカウンターに行った時に対応してくれたのが美沙絵さんだった。一目惚れだった。とても綺麗で笑顔が素敵な人だと思った。俺が調べたいことを尋ねるとその分野の本が揃っているコーナーに案内してくれ、質問に丁寧に答えてくれ、お勧めの本を何冊か棚から出して渡してくれた。そして「また分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね」と笑顔で言ってくれたのだ。それ以来、俺は講義が終わると図書館に向かい彼女の姿を眺めるのが日課となった。彼女と話したくて、調べ事を作ってレファレンスを度々お願いした。
 自分で言うのも何だが、俺は女にモテる。告白されたことも数知れず、カワイイ女の子から告白されればとりあえず付き合った。適当に付き合ってそのうち女の子から離れていってフェードアウトというパターンがほとんどだった。考えてみたら本気で誰かを好きになったことはなかった。でも、美沙絵さんは今まで付き合ってきた女の子たちとは違う何かを持っていた。図書館に来る学生や教授たちへの親切な対応、的確な仕事ぶり、レファレンスの素晴らしさ…。俺にはどのスタッフよりも彼女が有能に見えた。俺よりも年上だろうけど、こんな人が自分の彼女だったら幸せだろうなと思った。
 だが、俺は今まで苦労なく女の子と付き合えていたため、まさか告白してあっさりフラれるとは思ってもみなかった。面白くなくて、俺の告白に毅然とした態度でキッパリと断った美沙絵さんを怖がらせるようなマネを…。俺がもっとソフトなやり方で、もっと時間をかけて彼女と仲良くなっていったらもしかしたら…。いや、それでも最初から俺が入り込む余地は全くなかっただろう…。剛から話を聞いた後で尚更そう思った。
 
 彼女を見ると正直まだ少し胸が痛むけど…。
 
 ちょっと感傷的になっていると、剛が話しかけてきた。
 「ねえ、今度合コンのセッティングしてくれない? ウチの大学、男の方が多いから出会いがなくてさ~。聖智大ならカワイイ子いっぱいいそうだし、マー君なら女の子集めるの楽勝でしょ~?」
 そのあまりにも能天気な口調に俺はハッと我に返った。
 「えっ? 何だって?」
 「だから、今度聖智大の子と合コンしたいからセッティングしてって! ね、お願い! マー君の力でカワイイ子、集めて!」
 パンッと手を合わせて必死にお願いをする剛を見て、俺は気が抜けたと同時に笑いが込み上げてきた。
 「お前、必死すぎ! そんなに女に飢えてるの?」
 「だからウチの大学、女子が少ないんだって! 出会いも中々ないし、必死になるしかないじゃん!」
 「セッティングするのは構わないけど、女の子はみんな俺に釘付けになると思うからお前にチャンスはないよ」
 俺の言葉に剛が頬を思いっきり膨らませた後、あきれたような顔に変わった。
 「何その自信満々な態度…そんなんだから姉ちゃんにフラれるんだよ!」
 剛が俺が一番言われたくない言葉を言い放った。
 「お、おま…! 俺の心の傷にさらに塩を塗り込むようなことを…」
 「フンッ! ホントのことだろう。言われたくなければ自分が世界で一番モテると思い込んでいるその勘違いを改心しろ! 駿先生を見習え! マー君よりも遥にイケメンでモテるだろうに全然そんな素振り見せないし、どんなにモテても姉ちゃんしか見てないんだから」
 「うっ……」 
 チクショウ…。言いたい放題言いやがって…。
 だが、悔しいが認めるしかなさそうだ…。
 
 そうだな、来年は卒業して社会人になることだし、遊びの恋愛もそろそろ卒業するか…。
 美沙絵さん以上に綺麗で素敵な子はいるのかな…。もしいつかそんな子が俺の前に現れて本気で好きになれたら…焦らずに誠心誠意想いを伝えよう。もう美沙絵さんの時のような失敗はしたくない。
 そしてもし両思いになれたら…あの夫妻や剛が羨むくらいラブラブなカップルになってやろう。

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