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しおりを挟む翌日、レストランのテーブルの正面に並んで座る駿さんのご両親を前に、暫し言葉を失っていた。
お父様は、長身でスラリとした紳士で若い頃はさぞかしモテただろうし、お母様は、肌が白くて女優さんかと思うほど美人で、駿さんのお姉さんでも通用するんじゃないかと思った。
こんなご両親から生まれた駿さんがとんでもなくカッコいいのは当たり前だ。2人の遺伝子のいい所だけを駿さんは受け継いだんだな。
ここは、この前私の実家に行く前に食事をしたオーガニック料理のレストラン。最初はご両親が駿さんのマンションに寄ることになっていたが、あちらの都合で直接レストランでの待ち合わせに変更になったのだ。
テーブルの下で緊張で手が震えていた私に気付いた駿さんが、そっと上から手を重ねると、大丈夫だよ、という風に軽く頷きながら微笑んだ。
「こちらが結城美沙絵さんだ。美沙絵、父の敏明と母の真里だ」
私はゆっくりと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。結城美沙絵と申します。この度は急なお願いにもかかわらず、お時間を作っていただきまして誠にありがとうございます。何卒よろしくお願いいたします」
ご両親がニッコリと笑った。
「初めまして、駿の父の敏明と母の真里です。こちらこそどうぞよろしく」
お父様が駿さんに顔を向けた。
「駿、聞いていた通りの、お若いのに今時珍しい、とても礼儀正しいお嬢さんだな」
「だろう? 本当にきちんとしていて、いい子なんだよ」
「美沙絵さん、お会いできて本当に嬉しいわ。私たちとても楽しみにしていたのよ。ホントに綺麗で可愛らしいお嬢さんね~」
私が顔を赤くして軽く俯くと、
「美沙絵、こういう親だからリラックスしろ」
駿さんが微笑みながら安心させるように私の髪を優しく何度も撫でるので、慌ててご両親の方に顔をやると、2人とも目を丸くしていたがすぐに悪戯っぽい笑みに変わった。
駿さんはハッとして顔を赤らめながら手を離した。
「まさか駿のこんな姿が見られるとは…。なぁ、母さん」
「本当ね、フフフ…微笑ましい光景だこと」
私と駿さんが居たたまれない思いをしていたところに、タイミングよく注文した料理が来た。
食事が進むにつれて、徐々に緊張が解けてきて笑顔も時折見せられるようになり、会話も少しずつ楽しめるようになった。
私は聞かれるがままに学生時代のことや仕事の話などをし、ご両親は駿さんの幼少期の頃の話などを色々聞かせてくれた。駿さんはとてもわんぱくな子どもだったそうで、学校や近所の公園や川で毎日のように友達と遊び回っていたので生傷が絶えなくて、お母様はいつも駿さんが家に帰ってくる時間になると玄関前で救急箱を用意して待ち構えていたそうだ。他にも色々と悪ふざけをしてお父様から大目玉を食わされた話などを暴露された駿さんは苦笑いをしながら、俺の話はもういいから、と強引に打ち切った。もっともっと聞きたかったのに…残念。
すると、お父様が私に静かに問いかけた。
「美沙絵さん、駿はあなたから見てどんな教師だったか教えてもらってもいいかな…?」
……ご両親はポカンとしていた。
気が付くと私は、どんなに駿さんが優しくて親しみやすくて頼りがいがあって立派で教え方が上手でみんなから慕われていた先生だったか、小学校最後の担任が駿さんでどれほど幸せだったか等々、言葉に詰まることなく力説していた。
ハッ、と我に返った私は、途端にかぁ~となる。しまった、つい熱く語ってしまった…。隣で駿さんは照れ臭そうに頭を掻いている…。
「…美沙絵さん、息子のことをそんな風に言ってくれてどうもありがとう。駿、お前は新米教師だったのにもかからわず、自分の生徒にこんなに慕われてたなんて教師冥利に尽きるな。感謝しろ」
「ああ、感謝ならもうしすぎるほどしている。最初の赴任先が藤崎小学校で本当によかったし、いきなり6年生の担任になってプレッシャーは大きかったが、美沙絵のクラスで幸運だったと思っているよ。みんないい子たちばかりだったから」
「美沙絵さん、もう聞いていると思いますが、私もずっと小学校の教師をしていましてね。自分なりに情熱を持って教師生活を送ってきましたが、自分の教え子からここまで慕われたことはないかもしれない。いやあ、息子に嫉妬してしまうくらいだ」
そう謙遜するが、お父様だって多くの生徒たちから慕われて尊敬されて愛された先生だったに違いない。お会いしたばかりだが私にはお父様が人格者だと分かる。そうでなければ駿さんみたいな先生は誕生しない。
「最初に駿から元教え子と交際していると聞かされた時は耳を疑いましたが…」
その言葉に、思わず私はお父様の話を遮ってしまった。
「すみません、初めてお目にかかったばかりでこんなことを申し上げるのは大変失礼だと重々承知しておりますが、どうか言わせてください…」
お父様が「ん?」という表情をした。
「私は6年生の時、先生に恋をしました。でも先生の前では一切気持ちを隠していましたので、先生は、卒業するまで、いえ、2ヶ月半前に再会してからも私の気持ちを全く知りませんでした。これだけは誤解していただきたくないのですが、先生が私を女性として意識して好きになってくださったのは、本当に再会してからなのです。だから、疚しいことや、先生が人から後ろ指をさされるようなことは一切ありません」
駿さんが、またお前は…もういいからやめろ、と遮ったが、無視して続けた。
「お願いいたします、どうか先生のことを責めないでください。先生は何も悪くないのです。お願いいたします!」
深く頭を下げると、すぐに駿さんが強引に私の頭を上げさせた。
「美沙絵! どうしてまたそんな真似をする? お前だって何も悪くないんだ!」
今度はご両親の前でも構わずに私を抱き寄せた。
「美沙絵はこういう女性だ。先日、美沙絵のご両親に挨拶に行った時も、こいつは同じことをご両親に言って俺を庇ってくれたんだ。とても真っすぐで勇敢で心の綺麗な女性だ。俺は美沙絵を心から愛しているし一生こいつを守るし一緒にこれからの人生を歩んでいく。実は、12月24日に入籍することにしたから、その報告もあって今日来てもらったんだ」
入籍、という言葉に真っ先に反応したのはお母様だった。
「まあ! 本当!? さっさと結婚しちゃいなさいってけしかけてよかったわ~」
「えっ?」
「美沙絵さん、駿の為にどうもありがとう。あなたのような女性が駿と一緒になってくれるなんて本当に嬉しい。主人がごめんなさいね。確かに最初は驚いたけど、私たちは全く反対なんてしていないし、すぐにでも結婚しなさいって駿に言ったくらいなんだから。…駿、こんなにあなたのことを想ってくれている美沙絵さんを必ず幸せにしないと許さないわよ」
「美沙絵さん、申し訳なかった。最初はつい教師目線で2人の付き合いに難色を示してしまったんだが、駿がきちんと経緯を説明して今は理解しているから心配しなくても大丈夫ですよ。あと、先ほどの言葉には続きがありましてね、『今日あなたとお会いして、すぐにあなたがとても素晴らしい女性だと分かりました』と言おうとしたのです。今のあなたの言葉でさらにそう思いましたし、駿があなたを好きになった理由もよく分かりました。美沙絵さん、どうぞ駿をよろしくお願いします」
私が早とちりをしていただけだったんだ…。2人に頭を深く下げられて恐縮した。
「あ、あの、こちらこそ申し訳ありませんでした。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。…お義父様、お義母様」
ぱあっと2人の顔が明るくなった。
「ね、敏明さん、こんな可愛い娘ができるのよ、嬉しいわね! 美沙絵ちゃん、今度一緒にお買い物とかおいしいスイーツとか食べに行きましょうね!」
「あ、はい! ぜひ」
「母さん、仲良くなるのはいいけど、美沙絵だって仕事しててこれから忙しくなるんだからあまり連れ回すなよ」
駿さんが釘を差すと、
「あら、美沙絵ちゃんを取られるからってやきもち焼かないの。まったく、本当に美沙絵ちゃんのことが大好きなんだから~!」
お義母様に冷やかされて私たちは再び顔を赤らめることとなった…。
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