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 コーヒーとカステラをテーブルに出し、全員揃うと、お父さんが口を開いた。  
 「それで、私たちに挨拶をしたいとのことですが…」
 駿さんが居住まいを正した。
 「はい、私と美沙絵さんの交際を認めていただきたく、ご挨拶に参りました」
 単刀直入に切り出されて、お父さんが面食らった。
 駿さんが私たちが再会した経緯から付き合いに至るまでの話をした。
 「美沙絵さんの礼儀正しさ、律儀さ、真面目さ、誠実さ、優しさ、心の美しさ…すべてご両親の躾の賜物だと思っています。そして彼女が持っている幅広い教養や知識に、教師である私でも驚かされ、刺激を与えられ、話をしていて全く飽きることがありません。そんな美沙絵さんを心から愛しています。自分を幸せにしてくれるのは彼女しかいませんし、私も彼女を幸せにしたいと思っています」
 そのストレートな言葉に私は真っ赤になった。お母さんはまるで自分が言われたかのようにポーっとしていた。
 お父さんが咳ばらいをする。
 「…経緯は分かりました。だが、1つ聞いてもいいだろうか…。本当に先生は美沙絵と再会してから美沙絵を好きになったのですか? まさか、その、美沙絵が6年生の時にもそういう気持ちを…」
 それを聞いて、私は思わず立ち上がった。
 「お父さん、何言っているの!? ヒドイ! そんなことある訳ない! 駿さんはね、私たち生徒全員、分け隔てなく接していた! 優しくて頼りがいがあって怒るとすごく怖くて、いつも私たちのことを一番に考えてくれ、成長を見守ってくれていた! そんな教師の鏡みたいな駿さんをロリコン教師みたいに言わないで! 侮辱しないで!」
 普段滅多に声を荒げない私が、すごい剣幕で詰め寄ったので、お父さんは呆気に取られていた。
 すると、駿さんが「もういいから、座りなさい」と言って、私の腕を引いてソファに座らせた。
 そして両親に向き直ると静かに語った。
 「…私は、当時、新卒で教師になったばかりの若造でした。そんな私がいきなり6年生の担任を任されることになり、驚きと戸惑いの中、試行錯誤を繰り返しながら生徒たちと過ごしていました。毎日必死でしたので特定の生徒に何か特別な気持ちを抱くといった余裕など全くありませんでした。だんだん生徒たち1人1人の性格や個性が分かってくるとその子に合わせた接し方をするようになりましたが…。美沙絵さんは、もの静かでクラスの中では目立たない存在でしたが、授業に真面目に取り組み、成績も良く、よく本を読んでいました。私に嬉しそうに本の話をしてくれたこともありました。なので、彼女を見かけると読んだ本の感想を聞いたり、今はどんな本を読んでいるのか尋ねたりしていましたが、あくまでも自分の大切な生徒の1人として接していました。私はこれまで赴任した学校でも今の学校でも、生徒のことは全員自分の子どものように大切に思っています」
 そこまで話すと一度私を見て、続けた。
 「先ほどもお話しましたが、美沙絵さんを女性として意識し、好きになったのは、本当に再会してからです。彼女が当時私に好意を持ってくれていたことも昨日初めて知ったくらいでした。彼女の気持ちを初めて知り、その純真な想いに私の心は大きく揺さぶられ、彼女と一生を共にしたいと強く思いました。実は、こちらに伺う前に、美沙絵さんにプロポーズをしまして、有難いことに彼女は承諾してくれました」
 今ので私が6年生の時に駿さんを好きになったことを両親に知られてしまった。そして、プロポーズ、結婚、という言葉に、さらにお父さんが固まった。
 「もちろん今すぐという話ではありません。彼女はまだ若く、司書という天職に就いたばかりです。真剣に美沙絵さんとの将来を考えていることを示すために結婚の意思を伝えました。どうか私たちのことをお許しいただけないでしょうか」
 駿さんが頭を下げたので私も一緒に倣った。
 すると、これまで黙って話を聞いていたお母さんが口を開いた。
 「いいじゃない、ねぇ、お父さん。私は賛成よ」  
 そして、次の一言に私は驚愕した。
 「よかったわね、美沙絵。初恋の人と結ばれて」
 「えっ!?」
 「あら、違うの?」 
 「そ、そうだけど…」
 お母さん、もしかして最初から知ってたの…?
 「…美沙絵、6年生に上がってから急に大人っぽくなったのよね。まあ、その年頃だと女の子の方が成長が早いってよく言われているし。ねえ、先生?」
 駿さんが頷いた。
 「最初は美沙絵ももうそんな年頃になったのねって思っていただけだった。でも、そのうち服も大人っぽいものを選ぶようになって、ますます大人びてきたから、母親の勘でひょっとして恋をしているのかもって思ったの。しかも初恋に違いないと。だって、それまで本にばかり夢中でアイドル歌手や俳優さんには全く興味なかったじゃない? そんなあなたが好きになった人って一体誰なんだろうって気になっていたの。でも、初めての授業参観の時に分かった。美沙絵の好きな人は先生だと」
 「ど、どうして…?」
 「だって、こんなにカッコよくて素敵な人だし! 最初先生を見た時は本当に芸能人かと思ったわ~。それはともかく、私は教室の後ろで見学してたからもちろん美沙絵の後ろ姿しか見えなかった。で、剛の方も見に行かないといけなかったから途中で抜けようとした時、あなたの横顔が目に入ったの。その時ピンときた。だって、先生を見つめる目が、間違いなく恋をしている目だったから。私、あの後、家で先生カッコいい~って騒いでたでしょう? 本当にはしゃいでいたのも確かだけど、半分は美沙絵の反応を見るため」
 「そうだったの!?」
 「あなたは、興味ない、っていう風に装ってたけど、お母さんには分かったわ。これは間違いないって」
 確かに大げさすぎるくらいはしゃいでいた…そういう事だったのか…。
 「あと、卒業式の前の晩、遅くまでずっと起きて何かしてたでしょう? 先生に手紙でも書いていたんじゃない?」 
 その指摘に驚いた。
 「…卒業式が終わって家に帰るとずっと部屋に閉じこもっていたわよね。心配になって様子を見にそっと部屋を覗いてみたら、あなたは必死に声を殺して泣いていた…。声を詰まらせながら『先生…』と…。その姿があまりにも切なくてもらい泣きしたくらいよ。先生とのお別れが辛かったのよね、先生への恋を涙と一緒に流そうとしていたのね…」
 そこまで分かっていたなんて…。目頭が熱くなり俯いた。駿さんが私の手をそっと握った。
 私は駿さんを見つめてから、自分の気持ちも両親に全部話そうと思った。
 「…その通り、先生は私の初恋の人です」
 あえて呼び名を『先生』に戻した。
 「始業式の日からずっと好きだった。あまりにも好きすぎて逆に自分から先生に近寄れなかった。それに、さっきも言った通り、先生は私たちに対して完全に『先生』だったし、この恋が実ることは絶対にありえないと最初から分かっていた。でも先生を見ているだけで、同じ空間にいられるだけで幸せだった…。卒業式の前日や当日のこともお母さんの言う通り。心の奥底に先生への想いは封じ込めた」
 一息ついてから、続けた。
 「でも先生と再会して、封じ込めたはずだった想いは、あっけなく開いてしまった…。それに…先生への手紙に、ある願いを書いていたの」
 もう一度、駿さんを見つめる。
 「それは…もし10年後に先生と再会できたら、もし私の気持ちがずっと変わっていなかったら、先生に私の想いを聞いてもらいたいという願いだった…」
 両親は黙ったまま私の話を聞いていた。
 「10年後なんて、先生はとっくに結婚しているかもしれないし私のことなんて忘れているかもしれない。こんな願い、叶うはずないと思っていた。でも、10年後、本当に先生と再会した…。私は小学校を卒業してから好きになった人は誰もいなかった。好きになったのは先生だけだった。そして、先生は私の想いを受け入れてくれた…私の願いは本当に叶った…」
 涙が込み上げてきた。私の手を握る駿さんの手に力がこもる。
 「私が生涯苦楽を共にして添い遂げたいと思う人は、先生しかいない。先生を心から愛しています。先生と結婚します」
 
 お父さんは黙ったまま腕組みをしていたが、腕をほどくとしばらく目を閉じて俯いた。そして、顔を上げると私たちに言った。
 「…分かった。お前たちのことを認める。…結婚も時期を見て好きな時にすればいい」 
 「…っ! お父さん、ありがとう…!」
 「ありがとうございます。美沙絵さんを幸せにします」
 「ああ、美沙絵は大事な一人娘だ、幸せにしてくれ、よろしく頼む」
 「はい、承知いたしました。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」 
 「それから…さっきは失礼な事を言って申し訳なかった。許してくれ」
 お父さんが駿さんに深く頭を下げた。
 「頭を上げてください。私は気にしていませんから」
 嬉しくて涙が止まらなかった。お母さんが私にハンカチを手渡す。
 「あらあら、美沙絵、もうそんなに泣かないの。そんな泣き顔見せたら先生に嫌われちゃうわよ」
 そういうお母さんだって涙ぐんでいるし…。
 だが、しばらくすると、お母さんは胸の前で両手を組んで頬を紅潮させた。 
 「ああ! 嬉しいわ~! こんな素敵なイケメンが私の義理の息子になるのよ! もう親戚中に自慢しなくっちゃ!」
 私は泣きながら笑った。駿さんは、ちょっと困ったように、照れ笑いしている。
 「おい、母さん、落ち着け! ちょっと気が早すぎるぞ! まだ結婚は当分先なんだから…」
  私たちが笑っている中、お父さんだけがムキになってお母さんを諫めていた…。

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