29 / 54
29
しおりを挟むコーヒーとカステラをテーブルに出し、全員揃うと、お父さんが口を開いた。
「それで、私たちに挨拶をしたいとのことですが…」
駿さんが居住まいを正した。
「はい、私と美沙絵さんの交際を認めていただきたく、ご挨拶に参りました」
単刀直入に切り出されて、お父さんが面食らった。
駿さんが私たちが再会した経緯から付き合いに至るまでの話をした。
「美沙絵さんの礼儀正しさ、律儀さ、真面目さ、誠実さ、優しさ、心の美しさ…すべてご両親の躾の賜物だと思っています。そして彼女が持っている幅広い教養や知識に、教師である私でも驚かされ、刺激を与えられ、話をしていて全く飽きることがありません。そんな美沙絵さんを心から愛しています。自分を幸せにしてくれるのは彼女しかいませんし、私も彼女を幸せにしたいと思っています」
そのストレートな言葉に私は真っ赤になった。お母さんはまるで自分が言われたかのようにポーっとしていた。
お父さんが咳ばらいをする。
「…経緯は分かりました。だが、1つ聞いてもいいだろうか…。本当に先生は美沙絵と再会してから美沙絵を好きになったのですか? まさか、その、美沙絵が6年生の時にもそういう気持ちを…」
それを聞いて、私は思わず立ち上がった。
「お父さん、何言っているの!? ヒドイ! そんなことある訳ない! 駿さんはね、私たち生徒全員、分け隔てなく接していた! 優しくて頼りがいがあって怒るとすごく怖くて、いつも私たちのことを一番に考えてくれ、成長を見守ってくれていた! そんな教師の鏡みたいな駿さんをロリコン教師みたいに言わないで! 侮辱しないで!」
普段滅多に声を荒げない私が、すごい剣幕で詰め寄ったので、お父さんは呆気に取られていた。
すると、駿さんが「もういいから、座りなさい」と言って、私の腕を引いてソファに座らせた。
そして両親に向き直ると静かに語った。
「…私は、当時、新卒で教師になったばかりの若造でした。そんな私がいきなり6年生の担任を任されることになり、驚きと戸惑いの中、試行錯誤を繰り返しながら生徒たちと過ごしていました。毎日必死でしたので特定の生徒に何か特別な気持ちを抱くといった余裕など全くありませんでした。だんだん生徒たち1人1人の性格や個性が分かってくるとその子に合わせた接し方をするようになりましたが…。美沙絵さんは、もの静かでクラスの中では目立たない存在でしたが、授業に真面目に取り組み、成績も良く、よく本を読んでいました。私に嬉しそうに本の話をしてくれたこともありました。なので、彼女を見かけると読んだ本の感想を聞いたり、今はどんな本を読んでいるのか尋ねたりしていましたが、あくまでも自分の大切な生徒の1人として接していました。私はこれまで赴任した学校でも今の学校でも、生徒のことは全員自分の子どものように大切に思っています」
そこまで話すと一度私を見て、続けた。
「先ほどもお話しましたが、美沙絵さんを女性として意識し、好きになったのは、本当に再会してからです。彼女が当時私に好意を持ってくれていたことも昨日初めて知ったくらいでした。彼女の気持ちを初めて知り、その純真な想いに私の心は大きく揺さぶられ、彼女と一生を共にしたいと強く思いました。実は、こちらに伺う前に、美沙絵さんにプロポーズをしまして、有難いことに彼女は承諾してくれました」
今ので私が6年生の時に駿さんを好きになったことを両親に知られてしまった。そして、プロポーズ、結婚、という言葉に、さらにお父さんが固まった。
「もちろん今すぐという話ではありません。彼女はまだ若く、司書という天職に就いたばかりです。真剣に美沙絵さんとの将来を考えていることを示すために結婚の意思を伝えました。どうか私たちのことをお許しいただけないでしょうか」
駿さんが頭を下げたので私も一緒に倣った。
すると、これまで黙って話を聞いていたお母さんが口を開いた。
「いいじゃない、ねぇ、お父さん。私は賛成よ」
そして、次の一言に私は驚愕した。
「よかったわね、美沙絵。初恋の人と結ばれて」
「えっ!?」
「あら、違うの?」
「そ、そうだけど…」
お母さん、もしかして最初から知ってたの…?
「…美沙絵、6年生に上がってから急に大人っぽくなったのよね。まあ、その年頃だと女の子の方が成長が早いってよく言われているし。ねえ、先生?」
駿さんが頷いた。
「最初は美沙絵ももうそんな年頃になったのねって思っていただけだった。でも、そのうち服も大人っぽいものを選ぶようになって、ますます大人びてきたから、母親の勘でひょっとして恋をしているのかもって思ったの。しかも初恋に違いないと。だって、それまで本にばかり夢中でアイドル歌手や俳優さんには全く興味なかったじゃない? そんなあなたが好きになった人って一体誰なんだろうって気になっていたの。でも、初めての授業参観の時に分かった。美沙絵の好きな人は先生だと」
「ど、どうして…?」
「だって、こんなにカッコよくて素敵な人だし! 最初先生を見た時は本当に芸能人かと思ったわ~。それはともかく、私は教室の後ろで見学してたからもちろん美沙絵の後ろ姿しか見えなかった。で、剛の方も見に行かないといけなかったから途中で抜けようとした時、あなたの横顔が目に入ったの。その時ピンときた。だって、先生を見つめる目が、間違いなく恋をしている目だったから。私、あの後、家で先生カッコいい~って騒いでたでしょう? 本当にはしゃいでいたのも確かだけど、半分は美沙絵の反応を見るため」
「そうだったの!?」
「あなたは、興味ない、っていう風に装ってたけど、お母さんには分かったわ。これは間違いないって」
確かに大げさすぎるくらいはしゃいでいた…そういう事だったのか…。
「あと、卒業式の前の晩、遅くまでずっと起きて何かしてたでしょう? 先生に手紙でも書いていたんじゃない?」
その指摘に驚いた。
「…卒業式が終わって家に帰るとずっと部屋に閉じこもっていたわよね。心配になって様子を見にそっと部屋を覗いてみたら、あなたは必死に声を殺して泣いていた…。声を詰まらせながら『先生…』と…。その姿があまりにも切なくてもらい泣きしたくらいよ。先生とのお別れが辛かったのよね、先生への恋を涙と一緒に流そうとしていたのね…」
そこまで分かっていたなんて…。目頭が熱くなり俯いた。駿さんが私の手をそっと握った。
私は駿さんを見つめてから、自分の気持ちも両親に全部話そうと思った。
「…その通り、先生は私の初恋の人です」
あえて呼び名を『先生』に戻した。
「始業式の日からずっと好きだった。あまりにも好きすぎて逆に自分から先生に近寄れなかった。それに、さっきも言った通り、先生は私たちに対して完全に『先生』だったし、この恋が実ることは絶対にありえないと最初から分かっていた。でも先生を見ているだけで、同じ空間にいられるだけで幸せだった…。卒業式の前日や当日のこともお母さんの言う通り。心の奥底に先生への想いは封じ込めた」
一息ついてから、続けた。
「でも先生と再会して、封じ込めたはずだった想いは、あっけなく開いてしまった…。それに…先生への手紙に、ある願いを書いていたの」
もう一度、駿さんを見つめる。
「それは…もし10年後に先生と再会できたら、もし私の気持ちがずっと変わっていなかったら、先生に私の想いを聞いてもらいたいという願いだった…」
両親は黙ったまま私の話を聞いていた。
「10年後なんて、先生はとっくに結婚しているかもしれないし私のことなんて忘れているかもしれない。こんな願い、叶うはずないと思っていた。でも、10年後、本当に先生と再会した…。私は小学校を卒業してから好きになった人は誰もいなかった。好きになったのは先生だけだった。そして、先生は私の想いを受け入れてくれた…私の願いは本当に叶った…」
涙が込み上げてきた。私の手を握る駿さんの手に力がこもる。
「私が生涯苦楽を共にして添い遂げたいと思う人は、先生しかいない。先生を心から愛しています。先生と結婚します」
お父さんは黙ったまま腕組みをしていたが、腕をほどくとしばらく目を閉じて俯いた。そして、顔を上げると私たちに言った。
「…分かった。お前たちのことを認める。…結婚も時期を見て好きな時にすればいい」
「…っ! お父さん、ありがとう…!」
「ありがとうございます。美沙絵さんを幸せにします」
「ああ、美沙絵は大事な一人娘だ、幸せにしてくれ、よろしく頼む」
「はい、承知いたしました。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
「それから…さっきは失礼な事を言って申し訳なかった。許してくれ」
お父さんが駿さんに深く頭を下げた。
「頭を上げてください。私は気にしていませんから」
嬉しくて涙が止まらなかった。お母さんが私にハンカチを手渡す。
「あらあら、美沙絵、もうそんなに泣かないの。そんな泣き顔見せたら先生に嫌われちゃうわよ」
そういうお母さんだって涙ぐんでいるし…。
だが、しばらくすると、お母さんは胸の前で両手を組んで頬を紅潮させた。
「ああ! 嬉しいわ~! こんな素敵なイケメンが私の義理の息子になるのよ! もう親戚中に自慢しなくっちゃ!」
私は泣きながら笑った。駿さんは、ちょっと困ったように、照れ笑いしている。
「おい、母さん、落ち着け! ちょっと気が早すぎるぞ! まだ結婚は当分先なんだから…」
私たちが笑っている中、お父さんだけがムキになってお母さんを諫めていた…。
0
お気に入りに追加
94
あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

練習なのに、とろけてしまいました
あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。
「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく
※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
デキナイ私たちの秘密な関係
美並ナナ
恋愛
可愛い容姿と大きな胸ゆえに
近寄ってくる男性は多いものの、
あるトラウマから恋愛をするのが億劫で
彼氏を作りたくない志穂。
一方で、恋愛への憧れはあり、
仲の良い同期カップルを見るたびに
「私もイチャイチャしたい……!」
という欲求を募らせる日々。
そんなある日、ひょんなことから
志穂はイケメン上司・速水課長の
ヒミツを知ってしまう。
それをキッカケに2人は
イチャイチャするだけの関係になってーー⁉︎
※性描写がありますので苦手な方はご注意ください。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※この作品はエブリスタ様にも掲載しています。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる