秘められた願い~もしも10年後にまた会えたなら~

宮里澄玲

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 『海堂駿先生へ 

 今日、卒業式を迎えます。
 最後に、先生とお別れする前に、私の気持ちをありのまま書きたいと思います。
  
 始業式で先生が体育館の檀上に上がった時、それから2組の教室に入ってきた時、クラスの女子から歓声があがりました。だって先生は、芸能人かモデルさんかと思うほど、背が高くてとてもカッコよかったから。
 でも、初め、先生はほとんど笑わず無表情でしたね。だから最初はちょっと怖いというか冷たいというか、近寄りがたい人かもと思ってしまいました(先生、ゴメンナサイ)。』
  
 一旦頭を上げると、あの始業式のことを思い返した。
 俺は朝からとにかく緊張していた。何しろ初めて教師として自分の生徒の前に立つのだから。なので歓声なんて全く耳に入っていなかった。だが、緊張していることを子どもたちに悟られたくなくて、努めて冷静に、さも平然とした態度を必死に装っていたのだ。だから笑顔なんて作れなかったと思う。

 『でも、みんなからの質問攻めが終わった後のことでした。教室を見渡しながら話をしていた先生と不意に目が合ってしまいました。私が驚くと、先生は私にニコッと笑いかけてくれたのです。』

 式の後、教室で子どもたちからの質問に答えていくうちに少しづつ緊張が解けていき、教室全体を見渡す余裕も出てきた。 
 そういえば…確かに1人の生徒と目が合った。その子は驚いたらしくビクッとした。それが何だか微笑ましく思えたのだ。あれは結城だったのか…! 
 
 そして、再び手紙に目を落とすと、息を呑んだ。

 『その瞬間…私は先生に恋をしました。』

 えっ!? 結城が俺に恋を…? 驚愕した。まさかそんな…。

 『それ以来、私の頭の中は先生でいっぱいになりました。先生は最初の印象とは全然違ってとても優しくて、よくみんなを笑わせて、怒る時はとても怖いけど、私たちのことをちゃんと見てくれて、気にかけてくれていました。私たちにいつも寄りそって、私たちとの時間をとても大切にしてくれていました。それに、授業も楽しく、教え方もとても上手で、難しいところは、みんなが理解できるまでていねいに時間をかけて教えてくれました。先生のおかげで苦手だった算数が少し好きになったんですよ。』
 
 胸の奥から込み上げてくるものがあった。模索しながらとにかく一生懸命俺なりに子どもたちに接していたが、ああ…俺の努力はちゃんと子どもたちに伝わっていたんだ…よかった。教師としてこれほど嬉しく思うことはない。

 『先生は本当に人気者で、いつもたくさんの生徒に囲まれていましたね。私は先生の近くに行くと胸が張りさけそうになるので、必要な時以外はできるだけ先生に近づかないようにしていました。遠くからそっと見つめることしかできませんでしたが、それだけで十分でした。でも先生は私のことを感じ悪い生徒だと思っていたかもしれません。許してください。』
 
 ぼんやりと抱いていた疑問がようやく解消した。結城が俺に対してああいう態度だったのは、俺が嫌いとかではなくて、逆に…。
 許すもなにも、お前のことを感じ悪い生徒だなんてただの一度も思ったことないよ。

 『先生、校庭の花壇のベンチで本を読む私に声をかけてくれましたね。先生がこれはどういう本かとたずねてくれた時、うれしくて先生にいっぱい話してしまいました。すると、先生はにっこり笑って、本は自分の知らなかった知識や世界を教えてくれる。それが貴重な財産になるんだ。これからもいい本をたくさん読むんだぞと言うと、私の頭をやさしくなでてくれたのです。その時、私がどんなに感激したか、どんなに幸せな気持ちになったか、先生には想像つかないでしょうね。先生はもう覚えていないかもしれませんが、私は一生忘れません。だって、先生の笑顔とやさしくなでてくれた大きな手は、私だけの大事な大事な宝物なのだから。』

 心を打たれた。おまえがこんなにも俺との思い出を大切にしてくれていたとは…。

 『でも、ついにこの日が来てしまいました。一生来なければいいのに、と何度願ったことでしょう。今、この手紙を書いている間もずっと願っています。でも、時の流れを止めることはできません。
 私は自分に誓いました。今日、卒業式が終わるまでは絶対に泣かないと。だって涙で先生の顔がはっきり見られなくなるのがいやだから。しっかりと先生の顔を目に焼き付けたいから。絶対にがまんしてみせます。』

 そうだ、思い出した…! 卒業式の間、俺との別れを惜しんでくれて泣いていた生徒たちが多い中、結城は違っていた。ときどき唇を噛みしめていたが、最後まで涙を一つも見せることなく、じっと真っ直ぐ前を見据えていた。そんな思いであの場に臨んでいたなんて…!

 『海堂駿先生、たった1年間でしたが、先生に出会えて私の人生が変わりました。そして、とても幸せでした。本当ににありがとうございました。
 私の初恋は今日で終わりますが悔いはありません。
  
 でも…最後に1つだけ私のお願いをここに書いてもいいですか?

 もしも…もしも10年後に先生と再会することができたなら…。
 もしも…』
 
 
 その時、ガチャっと玄関のドアが開いた。

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