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しおりを挟む風呂から上がると、テーブルに置いてあったプライベート用のスマホにメールが届いていた。学校から支給されている教師用の方にはしょっちゅう連絡が入るが、こっちの方には久しぶりだ。誰からだろう、大学時代の友人かな、と思いながら開くと、結城からだった。そうだ、この前俺の連絡先を教えたんだった。
『こんばんは。結城美沙絵です。
先日は大変お世話になりました。本当にありがとうございました。
おかげさまで足はもうすっかりよくなりました。
お忙しいところ誠に申し訳ありませんが、
もしご都合よろしい日がありましたら、
少しで構いませんのでお時間を作っていただけないでしょうか。
どうぞよろしくお願いいたします』
ビジネスメールのような文面に結城の真面目さや律儀さが滲み出ていてクスっと笑ってしまったが、すぐにため息へと変わる。
俺はどうしたらいいのだろうか……。
教師というのは実に多忙だ。親父を見てきて理解していたつもりだったが、実際自分がなってみてつくづく実感した。通業の授業の他に、テストの作成・採点、大小さまざまな学校行事、生活指導、保護者への対応、職員会議等々…挙げればキリがないほど、とにかくやることが山ほどある。残業も多いし、何かあれば休日関係なく学校から呼び出される。
それでも俺は教師という仕事が好きで、誇りと使命を持ってこれまでやってきた。
その一方で、プライベートをかなり犠牲にしてきたのも事実だ。
苦い思い出がある。
大学時代から付き合っていた同い年の彼女がいた。2人の関係は良好だったし、彼女は俺が教師になることを応援してくれていた。このまま付き合いが続けばいずれは彼女と結婚していただろう。だが、教師になってからはあまりの忙しさにデートすることもままならず、向こうも会社員として働いていたので、すれ違いが多くなり、久しぶりに会えても喧嘩することが増えた。そして「教師なんてブラックな仕事をしてるから全然会えないんじゃない! 辞めればいいのに!」と彼女が言い放った一言で、俺たちは完全に終わった。
それ以降、友人の紹介で何人か付き合った女性はいたが、みんな俺の多忙を理由に去って行き、長続きしなかった。そしてここ数年は恋愛から遠ざかっていた。
そんな時に結城と再会した。綺麗な大人の女性になっていた。その外見に惹かれたのは事実だ。でもそれだけなら、同じくらい綺麗な女性はその辺にいくらでもいる。それより、あの時あいつと話をしていて一番感じたのは「心地よさ」だった。価値観が同じようで、波長が合うというか、しっくりくるというか、あいつといることがとても自然に思えた。あの日からもうあいつをただの教え子とは思えなくなってしまったのかもしれない。
先日、久しぶりに結城と会った。あいつは足を捻挫していた。大したことないと言っていたが、その痛々しい姿に、気が付くと車を取りに自宅に走っていた。そして、車を降りる際によろけたあいつを咄嗟に受け止めた瞬間、華奢な体だが女性らしい柔らかな感触に、しばらく眠っていた男の欲望が突如呼び起こされ、思わず強く抱きしめそうになった。あいつから離れてくれたからよかったものの、本当に危なかった……。
結城は俺のことをどう思っているのだろうか。態度の端々に好意のようなものを感じないわけではないが…。それは単に俺が昔の担任で懐かしく思っているだけなのか…。教師ではなく、1人の男として見てもらえているのだろうか…。もっとあいつを知りたい、あいつと話したい、一緒にいたい。もし恋人同士になれたら、目一杯愛したい……。
俺はハッとした。この感情はもう……。
だが、今までの彼女たちのようにあいつもそのうち愛想を尽かして俺の元から去ってしまうのでは、という不安がよぎる。そんなの耐えられないし、もう辛い思いをしたくない。現時点では俺たちはただの教師と教え子という関係に過ぎない。今ならまだ諦められるかもしれない。でも諦めたくない…。
俺は激しい葛藤に苦しんだ。
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