秘められた願い~もしも10年後にまた会えたなら~

宮里澄玲

文字の大きさ
上 下
4 / 54

4

しおりを挟む
 
 海堂駿先生は、私のクラス、6年2組の担任だった。
 そして私の……初恋の人だった。
 
 海堂先生は新卒採用で、うちの学校に赴任してきた。
 始業式、新任教師の紹介で体育館の壇上に上がった先生に、女子生徒が一斉にどよめいた。 
 切れ長の目の端正な顔立ち、180cmを超える長身で足が長く、まるでモデルさんかと思った。
 23歳とのことだが年齢よりも落ち着いて見え、クールで冷たい人という印象だった。そのせいか、ちょっと近寄りがたいなと思った。 

 式が終わり教室に戻る。しばらくして先生が教室に入ってくると、女子から再び歓声が上がった。
 先生が改めて自己紹介をすると、好奇心旺盛な生徒たちから質問攻めにされた。先生は次から次へと飛び出す質問に、きちんと答えていたような気がする。
 
 その後、先生が教室を見渡しながら何かの話をしていた時だった。ちょうど先生の顔が私の席の方を向いた時、不意に私は先生と目が合ってしまった。ハッとすると、先生が私にニコッと笑いかけたのだ。
 
 その瞬間……私は先生に恋をした。   

 
 先生は最初の印象とは裏腹に、とても優しくて親しみやすく、でも本気で怒ると怖く、まるで年の離れたお兄さんのようで、クラスのみんなから慕われていた。授業も教え方が上手で、ときどき面白いことを言って笑わせ、生徒を飽きさせなかった。
 女子の中にはふざけて先生の腕に絡みつきながら、せんせ~好き! 結婚して! なんて言ってた子もいたが、私はそっと先生の姿を見つめ、胸を高鳴らせることしかできなかった。でも、それで十分だった。

 
 校庭の隅に花壇があり、季節ごとにさまざまな花が植えてある。私のお気に入りの場所で、放課後の天気のいい日に花壇の前にあるベンチでよく本を読んでいた。
 5月の穏やかな陽気のある日、いつものようにそこで本を読んでいると、ふと目の前に人の気配を感じた。見上げると先生だった。私はびっくりして本を落としてしまった。
 先生は「驚かせて悪かった」と言いながら本を拾って私に渡すと、隣に座り、柔らかな笑みを浮かべた。
 「結城はよくここで本を読んでいるな。何度か見かけたことがある」
 頬が熱くなった。先生に見られていたなんて…。
 「今はどんな本を読んでいるんだ?」
 私が読んでいたのは森の中にひっそりと佇む図書館で起こる様々な出来事を描いた連作短編小説だった。それぞれの話に出てくる人や出来事が、少しづつ繋がっていて、最後に大きな1つの物語に展開する。私の大好きな小説だ。
 「へえ~図書館が舞台の小説か。本好きのお前らしいな」
 「地元の図書館の人に勧められて読んでみたら、たちまちこの物語の世界に引き込まれてしまって…。何度も読んでも飽きないんです」
 先生がにっこり笑った。
 「そうか。よかったな、そんな本に出会えて」
 「はい!」
 私も自然に顔がほころんだ。
 「本は自分の知らなかった知識や世界を教えてくれる。それが貴重な財産になるんだ。これからもいい本をたくさん読むんだぞ」 
 先生は立ち上がると、大きな手で私の頭を優しく何度も撫でた。心臓が跳ね上がった。そして、柔らかな風と共に先生からふわりとレモンのような香りがした。それは先生のような爽やかな香りだった。
 先生は「じゃあ、邪魔したな」と言うと職員室の方に戻っていった。
  
 それ以来、ベンチで本を読んでいる私を見かけると、先生は「今は何を読んでいるんだ?」とか「夢中になるのはいいけど、暗くなる前に帰るんだぞ」とか必ず一言声をかけてくれるようになった。その何気ないやりとりが私にとっては宝物だった。そしてますます先生のことを好きになっていった。
 
 
 そんな日々もやがて終わりを迎える。
 寝不足で迎えた卒業式当日の朝、この日のために買ってもらったワンピーススーツに身を包み、精一杯のオシャレをして鏡の前に立った私は自分に約束をした。
 卒業式では絶対に泣かない、と。
 
 式の間、クラスの女子のほとんどが泣いていたし男子はみんな寂しそうな表情をしていた。みんな先生との別れを惜しんでいた。私も気を抜くと泣いてしまいそうだったが必死に堪えた。
 先生も涙ぐんでいた。教師になって初めて受け持った生徒をたった1年で送り出さなければならないのだから寂しかったのだろう。
 卒業証書授与で先生に名前を呼ばれた時、しっかりと先生を見つめ、返事をした。
 そして式が終わるまで私は先生の姿を目に焼き付けた。
 
 式やその他諸々の行事がすべて終わった後、家に帰り自分の部屋に入るとベッドに突っ伏した。途端に涙が溢れ出す。
 今日ずっと我慢していたのは、最後の先生の姿を涙で霞んだ目で見たくなかったからだった。
 先生…先生に出会えて幸せでした…本当に大好きでした。
 泣き疲れて眠ってしまうまで、泣きに泣いた。
 そして翌日、卒業アルバムと手紙を箱に入れてクローゼットの奥にしまい込んだ。終わってしまった初恋と共に。                     

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

処理中です...