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しおりを挟む海堂駿先生は、私のクラス、6年2組の担任だった。
そして私の……初恋の人だった。
海堂先生は新卒採用で、うちの学校に赴任してきた。
始業式、新任教師の紹介で体育館の壇上に上がった先生に、女子生徒が一斉にどよめいた。
切れ長の目の端正な顔立ち、180cmを超える長身で足が長く、まるでモデルさんかと思った。
23歳とのことだが年齢よりも落ち着いて見え、クールで冷たい人という印象だった。そのせいか、ちょっと近寄りがたいなと思った。
式が終わり教室に戻る。しばらくして先生が教室に入ってくると、女子から再び歓声が上がった。
先生が改めて自己紹介をすると、好奇心旺盛な生徒たちから質問攻めにされた。先生は次から次へと飛び出す質問に、きちんと答えていたような気がする。
その後、先生が教室を見渡しながら何かの話をしていた時だった。ちょうど先生の顔が私の席の方を向いた時、不意に私は先生と目が合ってしまった。ハッとすると、先生が私にニコッと笑いかけたのだ。
その瞬間……私は先生に恋をした。
先生は最初の印象とは裏腹に、とても優しくて親しみやすく、でも本気で怒ると怖く、まるで年の離れたお兄さんのようで、クラスのみんなから慕われていた。授業も教え方が上手で、ときどき面白いことを言って笑わせ、生徒を飽きさせなかった。
女子の中にはふざけて先生の腕に絡みつきながら、せんせ~好き! 結婚して! なんて言ってた子もいたが、私はそっと先生の姿を見つめ、胸を高鳴らせることしかできなかった。でも、それで十分だった。
校庭の隅に花壇があり、季節ごとにさまざまな花が植えてある。私のお気に入りの場所で、放課後の天気のいい日に花壇の前にあるベンチでよく本を読んでいた。
5月の穏やかな陽気のある日、いつものようにそこで本を読んでいると、ふと目の前に人の気配を感じた。見上げると先生だった。私はびっくりして本を落としてしまった。
先生は「驚かせて悪かった」と言いながら本を拾って私に渡すと、隣に座り、柔らかな笑みを浮かべた。
「結城はよくここで本を読んでいるな。何度か見かけたことがある」
頬が熱くなった。先生に見られていたなんて…。
「今はどんな本を読んでいるんだ?」
私が読んでいたのは森の中にひっそりと佇む図書館で起こる様々な出来事を描いた連作短編小説だった。それぞれの話に出てくる人や出来事が、少しづつ繋がっていて、最後に大きな1つの物語に展開する。私の大好きな小説だ。
「へえ~図書館が舞台の小説か。本好きのお前らしいな」
「地元の図書館の人に勧められて読んでみたら、たちまちこの物語の世界に引き込まれてしまって…。何度も読んでも飽きないんです」
先生がにっこり笑った。
「そうか。よかったな、そんな本に出会えて」
「はい!」
私も自然に顔がほころんだ。
「本は自分の知らなかった知識や世界を教えてくれる。それが貴重な財産になるんだ。これからもいい本をたくさん読むんだぞ」
先生は立ち上がると、大きな手で私の頭を優しく何度も撫でた。心臓が跳ね上がった。そして、柔らかな風と共に先生からふわりとレモンのような香りがした。それは先生のような爽やかな香りだった。
先生は「じゃあ、邪魔したな」と言うと職員室の方に戻っていった。
それ以来、ベンチで本を読んでいる私を見かけると、先生は「今は何を読んでいるんだ?」とか「夢中になるのはいいけど、暗くなる前に帰るんだぞ」とか必ず一言声をかけてくれるようになった。その何気ないやりとりが私にとっては宝物だった。そしてますます先生のことを好きになっていった。
そんな日々もやがて終わりを迎える。
寝不足で迎えた卒業式当日の朝、この日のために買ってもらったワンピーススーツに身を包み、精一杯のオシャレをして鏡の前に立った私は自分に約束をした。
卒業式では絶対に泣かない、と。
式の間、クラスの女子のほとんどが泣いていたし男子はみんな寂しそうな表情をしていた。みんな先生との別れを惜しんでいた。私も気を抜くと泣いてしまいそうだったが必死に堪えた。
先生も涙ぐんでいた。教師になって初めて受け持った生徒をたった1年で送り出さなければならないのだから寂しかったのだろう。
卒業証書授与で先生に名前を呼ばれた時、しっかりと先生を見つめ、返事をした。
そして式が終わるまで私は先生の姿を目に焼き付けた。
式やその他諸々の行事がすべて終わった後、家に帰り自分の部屋に入るとベッドに突っ伏した。途端に涙が溢れ出す。
今日ずっと我慢していたのは、最後の先生の姿を涙で霞んだ目で見たくなかったからだった。
先生…先生に出会えて幸せでした…本当に大好きでした。
泣き疲れて眠ってしまうまで、泣きに泣いた。
そして翌日、卒業アルバムと手紙を箱に入れてクローゼットの奥にしまい込んだ。終わってしまった初恋と共に。
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