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番外・智久編

3.深い絶望

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 その瞬間、店内がシーンと静まり返ったような気がした。
 だが、実際はそんなことはなく、周りにいる客たちは自分たちのことなんて全く気に掛けず、ワイワイガヤガヤ楽しんでいる。
 しかし、智久と誠に纏う空気だけは明らかに変わっていた。
 智久は、絶対に言ってはいけないことを口に出してしまったことに気付き、顔から血の気が引き、酔いが一気に醒めた。 
 誠は、虚を突かれたような表情で、ポカンと口を開けたまま、呆然としている。
 
 智久はこれ以上この場にいることができず、逃げるようにして店から飛び出していった。
 
 
 自宅マンションに着くと、智久はその場に蹲り、頭を抱えた。
 
 ああ…とうとう言ってしまった…。
 
 あいつには絶対に知られてはいけなかったのに、よりによって自分から告げてしまうなんて、俺はなんて大バカ野郎なんだ……。
 ストレートを好きになるリスクは嫌というほど知っていたのに。告白しても想いが実る事なんて一度もなかったのに……。
 これまで智久が好きになったのは全てストレートの男だった。だからいつも片思いで終わっていた。
 しかし、一度だけ、高校3年の時、ずっと好きだったクラスメートに卒業式の後、思い切って告白したことがある。だが、結果は惨憺たるものだった。ありえない、告白は聞かなかったことにする、もう今後金輪際俺の前に姿を見せないでくれ、と激しく拒絶されてしまったのだ。智久はショックのあまりしばらく寝込んでしまった。それ以降、もう二度と好きな人ができても想いを伝えることはしないと心に誓ったのだった。大学時代はドイツ文学科の准教授を好きになったが、もちろん何も伝えずただ想いを寄せるだけ。そして、その准教授は教授になった時期に結婚し、智久の恋は終わった。
 そして、今、誠を好きになってから3年が過ぎた。
 どうして我慢できなかったのか。どんなにあいつのことを想っていても決して表には出さずにこれまでやってこられたじゃないか。それなのに……。俺はあの時の経験から何を学んでいたんだ?  
 だが、タイミングも悪かった。会社の女性たちに言い寄られ、まとわりつかれて、うんざりして疲れ切っていた。そんな時に久しぶりに後藤と会った。嬉しくて楽しくて、ここ最近の嫌なことを忘れられるかと思った。しかし、こともあろうにそんな好きな相手から一番したくない話題に触れられ、聞かれたくないことを聞かれたのだ。
 いや、あいつに罪はない、あいつは何も悪くない。そもそも俺がゲイであることを知らなかったんだから。あいつは元々ストレートなのだから、余程のことがない限り、俺のこともそうだと思うのが自然だろう。どうして適当に話を合わせられなかったのか。自分の不器用さに腹が立つ。あいつから繭ちゃんの話が出た時に、彼女が理想の女だったけど見事にフラれてしまってショックでしばらくは新たな恋愛はできない、とか言っておけばよかった。俺のことを理解してくれている彼女なら笑って許してくれるだろう。だが、嘘でもそんなことは言えなかった。繭子は今、愛する人と結婚して幸せに暮らしていて、もうすぐ初めての子供も生まれる。もう彼女を巻き込んではいけなかった。それに、夫の一平だっていくら事情を分かっていても勝手に妻の名前を使われたら決していい気分はしないだろう。俺にとってあの2人は大切な人達だ。俺のことで彼らに迷惑をかけてはいけないのだ。
 
 どのくらい蹲っていたのか、智久はようやく力なく立ち上がると、ヨロヨロした足取りでキッチンに向かい、戸棚からウイスキーを取り出すと、グラスに半分ほど注ぎ、一気に飲み干した。
 グホッ、ゴホッ…! ストレートであおったため、強いアルコールに咳き込んでしまったが、構わずにもう一杯注いだ。とてもじゃないけど飲まなければやってられなかった。飲んで飲みまくって、急性アルコール中毒になって死んでしまっても構わないと思った。
 
 後藤は…俺の告白を聞いてどう思っただろうか。高校の卒業式の辛い記憶が蘇り、戦慄が走った。きっとあの時と同じように、俺を嫌悪し、今後は俺のことを避けるに違いない。縁を切られて、もう一緒に飲みに行ったり休日に出かけたりすることもなくなるだろう。それに、今は彼女はいらないと言っていたが、あいつは男気があって優しくて真っすぐで本当に素晴らしい奴だ、そのうちにいい相手が見つかって、幸せな結婚をするだろう。
 
 智久の目からドッと涙が溢れだした。
 
 あぁ……後藤…お前のことを本気で愛している……。でも…もう何もかもお終いだ……お終いなんだ!

 智久は床に拳を叩きつけながら、むせび泣いた。

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