思い出は小糠雨と共に

宮里澄玲

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 到着ロビーに出ると、私を見つけた父が笑顔で手を振った。
 ゆっくりと父のもとに近づくと、私たちは抱き合った。
 
 ――あぁ…会いたかったよ。元気でやってるか? 何だか痩せたようだな。ちゃんと食べてるのか?
 ――大丈夫、元気だし、ちゃんと食べているから。お父さんは、最後に会った時からあまり変わってないね。今日はわざわざ迎えに来てくれてありがとう。ごめんなさい、仕事を休ませてしまって。
 ――何言ってるんだ、久しぶりに帰ってきてくれた可愛い娘のためにこれくらい何でもないよ。さあ、行こう。
 
 父が運転する車の中で、私たちはお互いの近況を報告し合った。
 私の生活が順調なのを知り父は安心したが、私がまだ結婚していないことが気掛かりらしい。恋人はいないのか、と聞かれた時、なぜか一瞬あなたの顔が浮かんでしまった。私は苦笑しながら、残念ながらねと答えた。父はそうかと呟くと、僕は君の幸せを一番に願っているんだ。できるだけ早く僕や君の母さんにいい報告を頼むよ、と言った。
 
 1時間ほどで母が入院する病院に到着した。

 ――送ってくれてどうもありがとう。
 ――いいんだ。滞在中は彼女の家に泊まるんだろう? 1人で帰れるか? ここで待っていようか?
 ――ううん、大丈夫よ。
 ――分かった。明日の晩、一緒に食事をしよう。店を予約しておくから。
 ――楽しみにしてる。じゃあまた明日ね。そちらのご家族にもよろしく言っておいてね。
 ――ああ。何かあったら連絡くれ。

 父は私の頬にキスをすると、車に乗り込み走り去った。

 私はスウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれた。
 私は母の遺伝子の方を強く引き継ぎ、黒髪で目の色も少し青みがかってる程度なのでスウェーデンでは日本人だと思われていた。だが12歳で日本に移り住んだ時、日本の学校のクラスメートから外国人が来たと珍しがられた。母とは主に日本語で話していたので会話にはそれほど苦労しなかったものの、生活習慣の違いなどで最初は驚きと戸惑いの連続だった。それでも何とかやってこれたのは、私を預かって育ててくれた日本の祖父と叔母のおかげだった。祖父はホームシックで泣いてふさぎ込んでいた私を辛抱強く慰めてくれ、苦手な日本語の読み書きを毎日教えてくれ、近くに住んでいた叔母は私の身の回りのことを気にしてくれたり、休日には祖父の代わりに色々な所に連れて行ってくれた。
 その後、叔母は夫の仕事の都合で地方にある夫の田舎に越してしまった。そして祖父は、私が20歳の時に亡くなった。母が祖父の葬儀のために久しぶりに日本に里帰りして私たちはに8年ぶりに対面したが、ほとんど言葉を交わすことはなく、葬儀が終わると母はスウェーデンに戻った。それから数ヶ月後、僕たちは離婚したと父から知らせが来た。離婚した翌年、父は仕事先で知り合った女性と再婚し、男の子の子供が2人いて幸せに暮らしている。父が再婚した後も私たちは定期的に連絡を取り合っていた。 
 
 病院の受付で母がいる病室を聞くと、エレベーターに乗り5階のボタンを押した。上がっていくエレベーターの中で緊張が増してきた。
 本当に母は私に来てほしいと言ったのだろうか…。あんなに私を責めた挙句に日本に追いやった私に…。 
 
 私は病室の前で大きく深呼吸をして息を吐くと、意を決してドアを軽くノックした。
 
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