思い出は小糠雨と共に

宮里澄玲

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 私は薄暗い窓の外をじっと見つめていた。
 今日も小糠雨が降り続いている。

 でも雨は嫌いじゃない。だってあなたと出会ったのは雨の日だったから。
 でも雨は私を切なくさせる。だってあなたのことを余計に思い出してしまうから。

 あなたは今どこで何をしているのだろうか。元気に暮らしてるのだろうか。
 
――僕はね、雨男なんです。
そう言いながら微笑んだあなたの顔は今でも心に焼き付いている。
――雨男?
――そう、だからいつでも傘を持ち歩いているんです。雨が好きなわけじゃありませんが。でも、今日は雨が降ってくれてよかった。だって、あなたのような素敵な女性とこうして相合傘をするチャンスに恵まれたのですから。
 
 あなたの優しさや柔らかい眼差しが私の心の中を晴れやかにしてくれた。


 あれは、暦の上では春だったが、まだまだ肌寒い3月の初めだった。
仕事が休みの土曜日の昼下がり、私は地元にあるお気に入りのカフェレストランでランチを食べ、食後にお茶を飲みながら本を読んで過ごしていた。
 ここは街の裏通りのさらに目立たない場所にひっそりと佇む知る人ぞ知る隠れ家的お店だ。外観も内装もとてもレトロな感じでここだけが別世界のように空気感が違うのだ。
 マスターと奥様らしい女性と2人で店を切り盛りしていて、2人とも気さくでいい人たちで、常連さん達と楽しそうにおしゃべりすることはあっても必要以上に話し掛けたり干渉することはせずに客を適当にほっといてくるのでとても居心地がいい。

 お茶を飲み終わり、昼の営業も終わりに近かったので、席を立ち会計を済ませて扉を開けると、外は雨だった。しとしとと降る小糠雨。
 本に夢中だったので気が付かなかった。天気予報では今日は晴れって言ってたのに…。どうしよう、しばらくここで雨宿りするか…。でも当分やみそうにないな…。しかたがない家まで走ろう、と覚悟を決めた時、店の扉が開いて一人の男性が折り畳み傘を手に出てきた。
 それが、あなただった。

 あなたは傘を持っていない私に、よかったら一緒に入りませんか、と声を掛けてくれたのだった。

――駅までで大丈夫ですか。
――電車には乗らないのですが駅の売店で傘を買いたいので申し訳ありませんが駅まで入れて頂いてもよろしいでしょうか。
――いいですよ。どっちみち僕は電車で帰りますから。

 駅に着いた。私がお礼を言うと、あなたはにっこりしながら首を横に振った。そして、わざわざ傘を買うのはもったいないからこれを使ってください、と言いながら私に傘を差しだすと、そのまま颯爽と改札の中に入ってしまった。
 私は驚きのあまり、あなたの名前も連絡先も聞いていないことに気付いたのは、あなたがタイミングよくホームに止まっていた電車に乗り、ドアが閉まった瞬間のことだった。

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