凡庸魔法使いと超越能力少女のやっかいごと以上この世の終わり未満の冒険

alphapolis_20210224

文字の大きさ
上 下
86 / 90
第九章 トリストゥルム

しおりを挟む
 学生は賊に比べると覚悟が足りない。貴族の子女は紋が身を守ってくれると思っているが、その勘違いを引き剥がすと指一本抵抗しなかった。おびえた目で潜伏場所や人数を話す。川沿いの倉庫に三名だった。大戦が終わって治水事業が再開されると、街道と同じように水運も盛んになり、それに伴って急造の煉瓦造りの倉庫がいくつも並びだした。そのうちの一棟だと言う。
「そうか。俺はこれからそこに行って奴らをぶちのめす。その前におまえだ」
 世間にはさまざまな知識、教養がある。体に残さず、心にずっと傷を刻み込む方法はたくさんあり、クロウはそのいくつかを知っていた。

 ニキタに状況を知らせ、大学を出ると川に向かう。オウグルーム市の接線のように流れているルーム川。遠くからでも煉瓦造りの建物が固まって赤黒い塊に見える。街用の上品な服を着替え、いつもの古着に急所を覆う革鎧を着けたクロウは清々しい様子だった。これから命令ではなく自分の意志で戦場に向かう。それはなんだか心地よかった。

 素人どもは見張りもおいていなかった。建物にこもれば安心安全と思っているらしい。クロウは通用口ではなく、あえて搬入用大扉を引き開け、大声で呼ばわる。うす暗いうえ、荷や空き木箱がごろごろして見通しは効かない。
「なにもかも分かっている。小細工はよせ。いまトリーンを返せばすべて不問に付して終わらせてやる。返答やいかに!」
「断る。おぞましき魔王を生み出す研究開発の中止を求める!」
 返答は大声だったが、震えをごまかすためのように聞こえた。
「おまえがヨウハー・エップネンか。エップネン家は武門と聞いている。人質をとっての要求は恥ずかしくないのか」
「これは非常事態だ。二度目の魔王大戦が起きようとしている。阻止するためならなんでもする!」
「トリーンの無事を確認したい。取り引きするにしてもそれからだ」
「おまえは誰だ? 取り引きに来たのか」
 声の調子が変わった。いまごろ身元改めか。素人は考える余裕もないらしい。
「わたしはクロウ。縁あってトリーンと行動を共にしている。その子に聞いてもらえれば分かる。それと、取り引きについてだが権限は与えられていない。しかし、無事を確認すれば言い分を伝えよう」
 沈黙が続く。どこから見ているのだろう。気を消しているのか。だが奴らは陣地構築も行っていない。こういう倉庫に隠れられる場所はそうはない。

「おじさん!」
 木箱の上に二人出てきた。やせた男が肩を押さえていた。見たところ怪我はないようだった。
「返す気になったか」
 聞きながら、クロウは目で合図した。応援願う、と。
 しかし、トリーンはかすかに首を振った。驚いたが、状況の変化には即対応しなければならない。残り二人はどこにいる? 気配を探った。
「よせ。学生と言っても気ぐらい消せるぞ。わたしがヨウハー・エップネンだ。この子は頭がいい。話を分かってくれた。我らに協力するそうだ」
「クロウさん、魔王の復活は許されない。それが可能性であっても止めなくては」
「ほらな」
 勝ち誇った様子だった。
「トリーン。なにを言われたか知らんが勘違いするな。強化の超越能力はあれば便利な程度の物だ。こんな行為で研究開発は止められないぞ。そのくらいいまのおまえなら分かるな」
「規制条約がある。魔力の集中が不可能ならば、この子の能力は必須だ」
「条約なんぞその気になればどうにでもなる。歴史を見れば明らかだ。それと、研究開発速度をなめるな。呪文の単純化は進んでいる。消費する魔力も小さくなってきてる。いつまでも超越能力に頼る技術ではない」
 意識せずヨウハーの手に力がこもる。トリーンが痛がる。
「そうであっても止めねばならない。すくなくとも遅らせねば。できることをしないではいられないんだ。貴き血を持つ者の義務だ」

 雷がクロウの右足を焼いた。弱く、ズボンが焼け、肌が焦げたが立ってはいられた。ヨウハーは左を向いてよせと言うふうに手を振った。
 クロウはもう一度目で合図した。今度はトリーンもうなずいた。

「トリーンを放せ。これは交渉じゃない。俺が個人として要求してる。分かるか。貴き血のお坊ちゃん」
「痛い!」
 トリーンが叫び、肩を押さえていた手がゆるんだ瞬間、振りほどいて木箱から飛び降りる。クロウは転がるトリーンに駆け寄って抱き上げた。そのまま荷と木箱の間を縫って出口を目ざす

 両側から雷が襲うが、狙いがついていない。搬入用大扉の所でトリーンを降ろし、物陰から応援してくれるよう頼んだ。
 何発か喰らった背が焼けるようだが、こいつらは軍事訓練を受けていない。光や音で見た目は派手だがその分無駄の多い雷だった。

 クロウは振りかえると口を大きく開けた。いまだけ大魔法使いになる。

 竜の息が倉庫内をなめつくす。木箱は一瞬にして灰になり、壁の煉瓦は赤熱した。もうどこにいようがかまうものか。倉庫ごとだ。クロウは天井、壁、床と炎をゆっくり動かす。そのうちに気を感じるようになった。気を消す程度の集中もできなくなったのだろう。三人が二人、一人になり、消えた。

 終わった。外に出て数歩歩く。いつの間にかトリーンが腰に抱きついてきた。頭をなでながら、やはり自分は大魔法使いじゃないと実感した。竜の息は無茶だったな、と思う。
 視界が暗くなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...