80 / 90
第八章 貴き血の義務
十
しおりを挟む
「元気だったか」
クロウは挨拶もせずに勝手に扉を開けて跳び降りた。召使の女性たちがさりげなく周囲を囲むように立つ。一人が学内に駆けていった。次にニキタが降りてきた。
「うん、元気!」
「それ、似合ってるな」
「おじさんこそ」
トリーンは紺の地に季節の花をあしらった長袖のブラウスと濃い灰色のひだの多い長めのスカートだった。金の細線が目立たぬ程度に入っている。髪型は変わっていなかった。
「背、伸びたか」
「ちょっとだけ」
学内から帰ってきた召使がニキタに耳打ちした。
「よろしいですか。寮の応接室を借りました。三人で話したいのですが」
応接室は簡素で、家具は椅子と机がある程度だった。心づくしの花瓶の花はしおれかけていた。しかし灯りはニキタの指示で多数確保され、室内は明るかった。さらに、食事しながらにしようと言い、召使が一人注文に走らされた。
届けられた食事をならべると、部屋がすこし華やいだ。
「おじさんはいまなにしてるの」
「調べもの。条約の出来るまでを最初から。トリーンはいつ来た?」
「きのう。きょうは新しい服作るからって測ってもらった。紋変わるんだって」
「そうか。帝国大学の研究所だもんな」
「そして、わたくしが所長です。よろしく。トリーン」
ニキタが口を挟んだ。
「それでこっちに来たのか。じゃあ帝国大学付属って言っても運営はエランデューア家だな。しっかりしてるよ。まったく」
「当然です。損得勘定にかけて我らに勝る家はありません」
「どういうこと?」
「トリーン、こちらのニキタ嬢はな、技術開発や研究所運営に関する費用は王室持ちで、得られた結果は帝国とエランデューア家で分けようってつもりなんだ」
「しっかりしてる」
「ありがとう、お二人さん。おほめの言葉として受け取っておきます。しかし、損得だけで動いているのではないとも言っておきます」
二人はニキタを見た。瞳が灯りを映して揺れている。
「いいですか。帝国や世界にはさまざまな問題が存在します。魔王や自動演算呪文だけが問題ではないのです。たとえば北の海では謎の遺物が発見されました。我らの知るどのような文明の産物でもありません。しかし明らかに攻撃的で接触した調査団に被害が出ています。その攻撃方法すら未知なのです。現在帝国は警戒しつつ調査を行う計画を立てています」
じっと黙っているクロウとトリーンを順に見て、ニキタは続ける。
「南西砂漠地帯では遊牧民との交渉が危機的状況です。かれらは我々の魔法を減衰させる特性の土地に住んでいます。最近そこから遠距離攻撃できる技術を開発したようなのです。その結果強気の要求を行って来ています。現在王室と貴族議会は事態の鎮静化を図るため外交団を組織し、遠距離攻撃方法を探るべく諜報部隊を臨時編成しています」
目を細めてさらに言葉を重ねる。
「これらは一例にすぎませんが、どれひとつとっても帝国や同盟諸国の破滅を招きかねない危機です。我らは貴族の義務として、市民に不安を与えぬよう、できれば知られずに穏便に対応したいのです。自動演算呪文とて同じです。芝居に出てくるような浅はかな陰謀の話をしているのではないのです。分かってください」
感情の高ぶりからか、ニキタの目は潤んでいた。トリーンが手を組んで顎をのせる。
「貴き血の方々すべてがあなたと同じように考えてくれてればいいんですが」
クロウは挨拶もせずに勝手に扉を開けて跳び降りた。召使の女性たちがさりげなく周囲を囲むように立つ。一人が学内に駆けていった。次にニキタが降りてきた。
「うん、元気!」
「それ、似合ってるな」
「おじさんこそ」
トリーンは紺の地に季節の花をあしらった長袖のブラウスと濃い灰色のひだの多い長めのスカートだった。金の細線が目立たぬ程度に入っている。髪型は変わっていなかった。
「背、伸びたか」
「ちょっとだけ」
学内から帰ってきた召使がニキタに耳打ちした。
「よろしいですか。寮の応接室を借りました。三人で話したいのですが」
応接室は簡素で、家具は椅子と机がある程度だった。心づくしの花瓶の花はしおれかけていた。しかし灯りはニキタの指示で多数確保され、室内は明るかった。さらに、食事しながらにしようと言い、召使が一人注文に走らされた。
届けられた食事をならべると、部屋がすこし華やいだ。
「おじさんはいまなにしてるの」
「調べもの。条約の出来るまでを最初から。トリーンはいつ来た?」
「きのう。きょうは新しい服作るからって測ってもらった。紋変わるんだって」
「そうか。帝国大学の研究所だもんな」
「そして、わたくしが所長です。よろしく。トリーン」
ニキタが口を挟んだ。
「それでこっちに来たのか。じゃあ帝国大学付属って言っても運営はエランデューア家だな。しっかりしてるよ。まったく」
「当然です。損得勘定にかけて我らに勝る家はありません」
「どういうこと?」
「トリーン、こちらのニキタ嬢はな、技術開発や研究所運営に関する費用は王室持ちで、得られた結果は帝国とエランデューア家で分けようってつもりなんだ」
「しっかりしてる」
「ありがとう、お二人さん。おほめの言葉として受け取っておきます。しかし、損得だけで動いているのではないとも言っておきます」
二人はニキタを見た。瞳が灯りを映して揺れている。
「いいですか。帝国や世界にはさまざまな問題が存在します。魔王や自動演算呪文だけが問題ではないのです。たとえば北の海では謎の遺物が発見されました。我らの知るどのような文明の産物でもありません。しかし明らかに攻撃的で接触した調査団に被害が出ています。その攻撃方法すら未知なのです。現在帝国は警戒しつつ調査を行う計画を立てています」
じっと黙っているクロウとトリーンを順に見て、ニキタは続ける。
「南西砂漠地帯では遊牧民との交渉が危機的状況です。かれらは我々の魔法を減衰させる特性の土地に住んでいます。最近そこから遠距離攻撃できる技術を開発したようなのです。その結果強気の要求を行って来ています。現在王室と貴族議会は事態の鎮静化を図るため外交団を組織し、遠距離攻撃方法を探るべく諜報部隊を臨時編成しています」
目を細めてさらに言葉を重ねる。
「これらは一例にすぎませんが、どれひとつとっても帝国や同盟諸国の破滅を招きかねない危機です。我らは貴族の義務として、市民に不安を与えぬよう、できれば知られずに穏便に対応したいのです。自動演算呪文とて同じです。芝居に出てくるような浅はかな陰謀の話をしているのではないのです。分かってください」
感情の高ぶりからか、ニキタの目は潤んでいた。トリーンが手を組んで顎をのせる。
「貴き血の方々すべてがあなたと同じように考えてくれてればいいんですが」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる