67 / 90
第七章 覺めて見る夢
七
しおりを挟む
狭い洞窟。湿った汚い岩壁。足元に呪術文様。中央にトリーンが立っていた。
「クロウさんもここに来たの? どうやって?」
サンダルを示す。笑った。
「これのおかげ。送ってくれたから」
「みんなは?」
首を振る。
「本当は、わたしはわたしじゃないんだ。本物は外で待ってる。それと、君が戻る体も」
目が見開かれ、瞳の緑色がはっきりした。編んだ髪を揺らす。
「さっぱり分かんない。ちゃんと教えて」
どう説明すればいいんだろう。まずトリーンがここにいる理由と経緯を話した。オウルーク・イクゥス‐ブレード、ケラトゥス・ウイング、マルゴット・シュトローフェルドたちがなにをしようとしてどうなったか。黒麦を作る計画。それから自分について。
「ある人が見たり聞いたり行ったりして覚えているすべてがあれば、本物とほとんどおなじように考えるその人を頭のなかに組み上げられる。外の大魔法使いがやったんだ。クロウの心の中を読み、わたしを作った。で、本物のクロウに言われて君を連れ出しに来た。大魔法使いに教えてもらったから道は分かってる」
クロウ、とわざと他人のように呼ぶ。トリーンは一歩下がる。頭の整理をするのだろう。それと、こちらを怖がっている。
「だって、わたし……、ここ、そんなに悪くないの。知らなかった昔が見えるし、お父さんとお母さん見たの。赤ちゃんの自分も」
「それはこの不完全な呪術文様のせいだと思う。でも良くない。行こう。ここにいちゃいけない。魂は容れ物である体と一体でなきゃ」
近づいて手を取りたかったがやめておいた。
「あたし、どうなるの?」
「このままずっとだと、小さな火を燃やし続けてるようなもんだ。大魔法使いが魔術式を見せてくれた。いずれ焚き木がつきて消える。かなり先だけどね」
「それまでは?」
「いまのままでいられる。なにも変わらず、ずっと昔にひたっていられる」
下を向き、また見上げる。
「サンダルを投げたの。へんなぶよぶよの怪物も。そういうのもずっと出来る?」
「出来る、と思う。けどしちゃいけない」
「なんで?」
「君が思い出をいじると、本物がいる世界が変わる」
小さな口で笑う。
「すごい! 強くなれるの? だってあんな怪物放り投げたんだよ」
「その怪物は母茸と言って、鬼を産むんだ。退治したよ。大変だった」
「けがしなかった?」
「かすり傷。でも、しちゃいけないって言う意味分かった?」
目を閉じて考え、ぱっと開いた。
「でも、その母茸を投げたから、あの時わたしは助かったんじゃない? なら良かったとも言える。そうでしょ?」
ため息をつく。一方で嬉しくもあった。
「トリー、君は頭がいいし、ちゃんと自分で考えてる。もし君が会ったばかりの頃の君だったらすぐわたしについてきてただろうな」
「それはここで昔を見たから。何度も何度も。そして自分について知ったから。父さん母さん、燃えてた」
輝く緑の瞳を見、膝をつく。
「君はちゃんと大人になった」
「大人か。大人はなにをするの?」
「世界で生きる」
トリーンは近寄り、手を取った。
「行きましょう。道を教えて」
「クロウさんもここに来たの? どうやって?」
サンダルを示す。笑った。
「これのおかげ。送ってくれたから」
「みんなは?」
首を振る。
「本当は、わたしはわたしじゃないんだ。本物は外で待ってる。それと、君が戻る体も」
目が見開かれ、瞳の緑色がはっきりした。編んだ髪を揺らす。
「さっぱり分かんない。ちゃんと教えて」
どう説明すればいいんだろう。まずトリーンがここにいる理由と経緯を話した。オウルーク・イクゥス‐ブレード、ケラトゥス・ウイング、マルゴット・シュトローフェルドたちがなにをしようとしてどうなったか。黒麦を作る計画。それから自分について。
「ある人が見たり聞いたり行ったりして覚えているすべてがあれば、本物とほとんどおなじように考えるその人を頭のなかに組み上げられる。外の大魔法使いがやったんだ。クロウの心の中を読み、わたしを作った。で、本物のクロウに言われて君を連れ出しに来た。大魔法使いに教えてもらったから道は分かってる」
クロウ、とわざと他人のように呼ぶ。トリーンは一歩下がる。頭の整理をするのだろう。それと、こちらを怖がっている。
「だって、わたし……、ここ、そんなに悪くないの。知らなかった昔が見えるし、お父さんとお母さん見たの。赤ちゃんの自分も」
「それはこの不完全な呪術文様のせいだと思う。でも良くない。行こう。ここにいちゃいけない。魂は容れ物である体と一体でなきゃ」
近づいて手を取りたかったがやめておいた。
「あたし、どうなるの?」
「このままずっとだと、小さな火を燃やし続けてるようなもんだ。大魔法使いが魔術式を見せてくれた。いずれ焚き木がつきて消える。かなり先だけどね」
「それまでは?」
「いまのままでいられる。なにも変わらず、ずっと昔にひたっていられる」
下を向き、また見上げる。
「サンダルを投げたの。へんなぶよぶよの怪物も。そういうのもずっと出来る?」
「出来る、と思う。けどしちゃいけない」
「なんで?」
「君が思い出をいじると、本物がいる世界が変わる」
小さな口で笑う。
「すごい! 強くなれるの? だってあんな怪物放り投げたんだよ」
「その怪物は母茸と言って、鬼を産むんだ。退治したよ。大変だった」
「けがしなかった?」
「かすり傷。でも、しちゃいけないって言う意味分かった?」
目を閉じて考え、ぱっと開いた。
「でも、その母茸を投げたから、あの時わたしは助かったんじゃない? なら良かったとも言える。そうでしょ?」
ため息をつく。一方で嬉しくもあった。
「トリー、君は頭がいいし、ちゃんと自分で考えてる。もし君が会ったばかりの頃の君だったらすぐわたしについてきてただろうな」
「それはここで昔を見たから。何度も何度も。そして自分について知ったから。父さん母さん、燃えてた」
輝く緑の瞳を見、膝をつく。
「君はちゃんと大人になった」
「大人か。大人はなにをするの?」
「世界で生きる」
トリーンは近寄り、手を取った。
「行きましょう。道を教えて」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
遥かなる物語
うなぎ太郎
ファンタジー
スラーレン帝国の首都、エラルトはこの世界最大の都市。この街に貴族の令息や令嬢達が通う学園、スラーレン中央学園があった。
この学園にある一人の男子生徒がいた。彼の名は、シャルル・ベルタン。ノア・ベルタン伯爵の息子だ。
彼と友人達はこの学園で、様々なことを学び、成長していく。
だが彼が帝国の歴史を変える英雄になろうとは、誰も想像もしていなかったのであった…彼は日々動き続ける世界で何を失い、何を手に入れるのか?
ーーーーーーーー
序盤はほのぼのとした学園小説にしようと思います。中盤以降は戦闘や魔法、政争がメインで異世界ファンタジー的要素も強いです。
※作者独自の世界観です。
※甘々ご都合主義では無いですが、一応ハッピーエンドです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる