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第七章 覺めて見る夢

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 狭い洞窟。湿った汚い岩壁。足元に呪術文様。中央にトリーンが立っていた。
「クロウさんもここに来たの? どうやって?」
 サンダルを示す。笑った。
「これのおかげ。送ってくれたから」
「みんなは?」
 首を振る。
「本当は、わたしはわたしじゃないんだ。本物は外で待ってる。それと、君が戻る体も」
 目が見開かれ、瞳の緑色がはっきりした。編んだ髪を揺らす。
「さっぱり分かんない。ちゃんと教えて」
 どう説明すればいいんだろう。まずトリーンがここにいる理由と経緯を話した。オウルーク・イクゥス‐ブレード、ケラトゥス・ウイング、マルゴット・シュトローフェルドたちがなにをしようとしてどうなったか。黒麦を作る計画。それから自分について。
「ある人が見たり聞いたり行ったりして覚えているすべてがあれば、本物とほとんどおなじように考えるその人を頭のなかに組み上げられる。外の大魔法使いがやったんだ。クロウの心の中を読み、わたしを作った。で、本物のクロウに言われて君を連れ出しに来た。大魔法使いに教えてもらったから道は分かってる」
 クロウ、とわざと他人のように呼ぶ。トリーンは一歩下がる。頭の整理をするのだろう。それと、こちらを怖がっている。
「だって、わたし……、ここ、そんなに悪くないの。知らなかった昔が見えるし、お父さんとお母さん見たの。赤ちゃんの自分も」
「それはこの不完全な呪術文様のせいだと思う。でも良くない。行こう。ここにいちゃいけない。魂は容れ物である体と一体でなきゃ」
 近づいて手を取りたかったがやめておいた。
「あたし、どうなるの?」
「このままずっとだと、小さな火を燃やし続けてるようなもんだ。大魔法使いが魔術式を見せてくれた。いずれ焚き木がつきて消える。かなり先だけどね」
「それまでは?」
「いまのままでいられる。なにも変わらず、ずっと昔にひたっていられる」
 下を向き、また見上げる。
「サンダルを投げたの。へんなぶよぶよの怪物も。そういうのもずっと出来る?」
「出来る、と思う。けどしちゃいけない」
「なんで?」
「君が思い出をいじると、本物がいる世界が変わる」
 小さな口で笑う。
「すごい! 強くなれるの? だってあんな怪物放り投げたんだよ」
「その怪物は母茸と言って、鬼を産むんだ。退治したよ。大変だった」
「けがしなかった?」
「かすり傷。でも、しちゃいけないって言う意味分かった?」
 目を閉じて考え、ぱっと開いた。
「でも、その母茸を投げたから、あの時わたしは助かったんじゃない? なら良かったとも言える。そうでしょ?」
 ため息をつく。一方で嬉しくもあった。
「トリー、君は頭がいいし、ちゃんと自分で考えてる。もし君が会ったばかりの頃の君だったらすぐわたしについてきてただろうな」
「それはここで昔を見たから。何度も何度も。そして自分について知ったから。父さん母さん、燃えてた」
 輝く緑の瞳を見、膝をつく。
「君はちゃんと大人になった」
「大人か。大人はなにをするの?」
「世界で生きる」
 トリーンは近寄り、手を取った。
「行きましょう。道を教えて」
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