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第七章 覺めて見る夢
五
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庵のだいぶ手前で警備兵に止められ、身元を確認された。天幕には前のように秘書がいたが、今度は座るよう勧められた。椅子と机は野戦指揮所に置かれるような簡素なものだった。軍を思い出す。
「わざわざありがとうございます。また、急がせてしまい申し訳ありません」
茶を淹れてくれる。熱くて香り高く、ほっと一息つけた。クロウは自分からは口を開かず、飲みながら相手の話を待っていた。
「大魔法使いが個人的に相談したいとのことです。早速ですがよろしいですか」
茶碗を置き、さっと立った。一応の礼儀として茶を出しておきながらのんびりとした世間話などしない。こういうのも軍を思い出させた。
秘書は隣の庵までクロウを連れ、大魔法使いがうなずくと出て行った。トリーンを挟んで向かい合う。気のせいか、目の下に疲れがたまっているようだった。圧倒されるような気の放出もない。
「あの通信実験があって助かりました。こんなに早く来ていただけるとは」
トリーンの肌は炉の火があるというのに寒々としていた。
「個人的な相談と伺っていますが、どのようなお話でしょう?」
「あの者はそのように言っておりしたか。そうですね。個人的と言えば個人的です」
手を拡げてトリーンを指した。
「この子を回復させねばなりません。魂を、いまだに生きているこの体に戻すのです」
「可能なんですね。方策が立ったと? わたしの役目は?」
「そう急がないでください。しかしその通りです。あなたの協力が必要です。説明します」
大魔法使いは脇の小さい机を示した。二人はそちらに寄って向かい合わせに座った。図や数式を書き付けた書類が拡げられている。皿やカップの糸底でついた丸いしみが紋のようだった。
式を指さしながら話しはじめる。クロウは習った知識を思い出しながらついていくように努力した。
「わたしはまず魂の方に着目しました。呪術文様を解析し、とらわれた魂が何をしているのか調べました」
「記憶は読まなかったのですか」
「もちろん。あなたと違って了承を得る方法がありませんから。このような状態であっても無断と言うのは倫理にもとります」
そんなことを聞かれたのは心外だという口調だった。クロウは頭を下げた。話が続けられる。
「まず黒麦の製造です。当然ですが、呪術文様はそのために作られました。しかし、ケラトゥス・ウィングの取り調べから当初はそうでなかったと分かっています。携帯できる魔宝具の製造が目的でした。その線が残っているんです。わたしからすれば雑な仕事です。使いまわしたんですよ」
指が式をなでて示す。そこには呪術文様がつぎはぎして変わっていく様子が表されていた。
「他にも破損したり薄れたりした線を繋いだ跡があります。ちょっと魔法をかじっただけの素人仕事ですが、機能はしています。トリーンの魂は超越能力を保ったまま呪術文様と結合しています」
クロウは別の式に気づいた。結合? ならこれはなんだ?
「お気づきの通りです。雑な線、薬品不足、短時間での作業、いずれも完全な結果を妨げました。二人犠牲者が出ましたね。自業自得ですが」
言葉を切って書類をめくった。結論の式が丸で囲んであった。
「そして、トリーンの魂は分割されました。超越能力を含む大半は呪術文様へ、体の方には物質的な生命維持ができる最低限が残りました。これは奇跡です。まるでトリストゥルムが突っついたかのような見事ないたずらです」
「では意識があるのですか。完全な魔宝具と化さずに考え続けているのですか」
書類から顔を上げる。近くで見ると疲労が目に本当の年齢を浮かび上がらせていた。
「そうです。それがトリーンがしているもう一つのことです。おっしゃるとおりこの子は考え続けています。心の時間をさかのぼって、自分でも覚えていないような記憶を掘り出しています。それで正気を保っているのです。ただ、魂はいずれ消滅します。焚き木の追加なしに燃やし続けてる火ですよ」
「わざわざありがとうございます。また、急がせてしまい申し訳ありません」
茶を淹れてくれる。熱くて香り高く、ほっと一息つけた。クロウは自分からは口を開かず、飲みながら相手の話を待っていた。
「大魔法使いが個人的に相談したいとのことです。早速ですがよろしいですか」
茶碗を置き、さっと立った。一応の礼儀として茶を出しておきながらのんびりとした世間話などしない。こういうのも軍を思い出させた。
秘書は隣の庵までクロウを連れ、大魔法使いがうなずくと出て行った。トリーンを挟んで向かい合う。気のせいか、目の下に疲れがたまっているようだった。圧倒されるような気の放出もない。
「あの通信実験があって助かりました。こんなに早く来ていただけるとは」
トリーンの肌は炉の火があるというのに寒々としていた。
「個人的な相談と伺っていますが、どのようなお話でしょう?」
「あの者はそのように言っておりしたか。そうですね。個人的と言えば個人的です」
手を拡げてトリーンを指した。
「この子を回復させねばなりません。魂を、いまだに生きているこの体に戻すのです」
「可能なんですね。方策が立ったと? わたしの役目は?」
「そう急がないでください。しかしその通りです。あなたの協力が必要です。説明します」
大魔法使いは脇の小さい机を示した。二人はそちらに寄って向かい合わせに座った。図や数式を書き付けた書類が拡げられている。皿やカップの糸底でついた丸いしみが紋のようだった。
式を指さしながら話しはじめる。クロウは習った知識を思い出しながらついていくように努力した。
「わたしはまず魂の方に着目しました。呪術文様を解析し、とらわれた魂が何をしているのか調べました」
「記憶は読まなかったのですか」
「もちろん。あなたと違って了承を得る方法がありませんから。このような状態であっても無断と言うのは倫理にもとります」
そんなことを聞かれたのは心外だという口調だった。クロウは頭を下げた。話が続けられる。
「まず黒麦の製造です。当然ですが、呪術文様はそのために作られました。しかし、ケラトゥス・ウィングの取り調べから当初はそうでなかったと分かっています。携帯できる魔宝具の製造が目的でした。その線が残っているんです。わたしからすれば雑な仕事です。使いまわしたんですよ」
指が式をなでて示す。そこには呪術文様がつぎはぎして変わっていく様子が表されていた。
「他にも破損したり薄れたりした線を繋いだ跡があります。ちょっと魔法をかじっただけの素人仕事ですが、機能はしています。トリーンの魂は超越能力を保ったまま呪術文様と結合しています」
クロウは別の式に気づいた。結合? ならこれはなんだ?
「お気づきの通りです。雑な線、薬品不足、短時間での作業、いずれも完全な結果を妨げました。二人犠牲者が出ましたね。自業自得ですが」
言葉を切って書類をめくった。結論の式が丸で囲んであった。
「そして、トリーンの魂は分割されました。超越能力を含む大半は呪術文様へ、体の方には物質的な生命維持ができる最低限が残りました。これは奇跡です。まるでトリストゥルムが突っついたかのような見事ないたずらです」
「では意識があるのですか。完全な魔宝具と化さずに考え続けているのですか」
書類から顔を上げる。近くで見ると疲労が目に本当の年齢を浮かび上がらせていた。
「そうです。それがトリーンがしているもう一つのことです。おっしゃるとおりこの子は考え続けています。心の時間をさかのぼって、自分でも覚えていないような記憶を掘り出しています。それで正気を保っているのです。ただ、魂はいずれ消滅します。焚き木の追加なしに燃やし続けてる火ですよ」
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