63 / 90
第七章 覺めて見る夢
三
しおりを挟む
四人はマダム・マリーの事務所を後にした。次の仕事まで半日ほど間がある。マールとペリジーはそれぞれ自分の用事を済ますと言って駆けて行った。ディガンがクロウの肩を叩いて杯を傾ける仕草をする。
「どうだ? 最初の一杯はおごるぞ」
「いい店あるかい」
ディガンに連れられ、表通りを一本外れた。ふつうの家の裏口にしか見えない扉を入ると狭いが落ち着いた雰囲気だった。初めに出てきたのは少し辛口だった。
「食うだろ?」
そのつもりだったのかとクロウはうなずいた。魚と根菜の皿が届く。見た目はまるっきり家庭料理だった。
「こりゃいい。こんな店あったんだな」
「探せばどこにでもある。ちゃんとした酒と食い物を出すけど、忙しくなるのが嫌で隠れてるような店さ」
店主の方を見ると、こちらにほほ笑み返す。腹を満たし、いいかなと思ったが酒をさらに辛口にした。仕事までにはなんとかなるだろう。窓から心地よい風が入ってきた。雨のおかげで埃っぽくない。
「世の中どんどん変わってくな」
「どうしたんです? 隊長。弱気じゃないすか」
「ああ、ついてくのがきつい。大砲よ、あの中継通信の話、分かったか」
「ええ、いい話だってくらいには。なんでも早く動かすのなら儲かるに決まってる」
「分かってないな……」
一口すするように飲む。鼻が色づいてきた。
「……通信が早くなって、街に居ながらにして出したり受け取ったりできる。もし大戦の頃にそんなのあったらどうだ?」
「そりゃだいぶ助かっただろう。命令とか報告があっちこっちになったり遅れたりしなくて済む」
「だろ? そういう統治ができるようになるんだ。王室は大喜び」
「貴族もじゃないのか」
だんだん話が読めてきた。クロウも一口すすった。
「朝起きたことをその日のうちに知れて、各地を直接支配できるのに、地方に貴族置いとく意味は?」
声が小さくなった。
「よしてくれ、隊長。また揉めんのかよ」
「多分な。それで全部繋がるだろ。鬼除けと称して祠の設置を急ぎ、王室直属の部隊を作り、かい……」
クロウが続きを横取りする。
「……改修を急いだ。完全に解明されてない超越能力使ってまで。隊長、これが言いたかったのか」
うなずく。
「でも、どうしようもない。この動きは止められないし、止めていいかも分からない」
またうなずいた。
「あいつ、自分たちのやってること分かってんのかな。隊長、どう思う?」
「エランデューア家か。分かってるだろうな。だからこそ数学技術者の養成をするって言ってるんだろ。領地経営で生き残るのは困難だって見通し立ててるんだ。これからはそんなふうに考えて動ける家とそうでないのとで差が出てくる」
「隊長、あんたこれからどうするんだ?」
答えるまで間が空いた。皿の残りをつついている。
「どうもしない。俺は世の中が完全に変わる前に逝っちまってるさ。それよりおまえたちだな。上手に火の粉を避けろよ」
「ご親切痛み入るよ。まったく大戦終わったから落ち着けるって思ってたのにな」
ディガンは笑ったが、心の底からではなかった。クロウは苦笑いした。
「どうだ? 最初の一杯はおごるぞ」
「いい店あるかい」
ディガンに連れられ、表通りを一本外れた。ふつうの家の裏口にしか見えない扉を入ると狭いが落ち着いた雰囲気だった。初めに出てきたのは少し辛口だった。
「食うだろ?」
そのつもりだったのかとクロウはうなずいた。魚と根菜の皿が届く。見た目はまるっきり家庭料理だった。
「こりゃいい。こんな店あったんだな」
「探せばどこにでもある。ちゃんとした酒と食い物を出すけど、忙しくなるのが嫌で隠れてるような店さ」
店主の方を見ると、こちらにほほ笑み返す。腹を満たし、いいかなと思ったが酒をさらに辛口にした。仕事までにはなんとかなるだろう。窓から心地よい風が入ってきた。雨のおかげで埃っぽくない。
「世の中どんどん変わってくな」
「どうしたんです? 隊長。弱気じゃないすか」
「ああ、ついてくのがきつい。大砲よ、あの中継通信の話、分かったか」
「ええ、いい話だってくらいには。なんでも早く動かすのなら儲かるに決まってる」
「分かってないな……」
一口すするように飲む。鼻が色づいてきた。
「……通信が早くなって、街に居ながらにして出したり受け取ったりできる。もし大戦の頃にそんなのあったらどうだ?」
「そりゃだいぶ助かっただろう。命令とか報告があっちこっちになったり遅れたりしなくて済む」
「だろ? そういう統治ができるようになるんだ。王室は大喜び」
「貴族もじゃないのか」
だんだん話が読めてきた。クロウも一口すすった。
「朝起きたことをその日のうちに知れて、各地を直接支配できるのに、地方に貴族置いとく意味は?」
声が小さくなった。
「よしてくれ、隊長。また揉めんのかよ」
「多分な。それで全部繋がるだろ。鬼除けと称して祠の設置を急ぎ、王室直属の部隊を作り、かい……」
クロウが続きを横取りする。
「……改修を急いだ。完全に解明されてない超越能力使ってまで。隊長、これが言いたかったのか」
うなずく。
「でも、どうしようもない。この動きは止められないし、止めていいかも分からない」
またうなずいた。
「あいつ、自分たちのやってること分かってんのかな。隊長、どう思う?」
「エランデューア家か。分かってるだろうな。だからこそ数学技術者の養成をするって言ってるんだろ。領地経営で生き残るのは困難だって見通し立ててるんだ。これからはそんなふうに考えて動ける家とそうでないのとで差が出てくる」
「隊長、あんたこれからどうするんだ?」
答えるまで間が空いた。皿の残りをつついている。
「どうもしない。俺は世の中が完全に変わる前に逝っちまってるさ。それよりおまえたちだな。上手に火の粉を避けろよ」
「ご親切痛み入るよ。まったく大戦終わったから落ち着けるって思ってたのにな」
ディガンは笑ったが、心の底からではなかった。クロウは苦笑いした。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる