凡庸魔法使いと超越能力少女のやっかいごと以上この世の終わり未満の冒険

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第六章 夢覺ませ

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 トリーンの看護と研究が行われている庵にもたれかかるようにつなげられた天幕で、四人は大魔法使いの秘書にサンダルを提出した。事情説明は主にディガンが行い、三人は補足したり質問に答えたりした。
「……以上となります。わずかな情報ですが、お役に立てば幸いでございます」
 秘書はサンダルに書き付けをつけて部下に渡すと耳打ちし、大股で出て行くのを見送るとまた四人の方を向いた。
「ご苦労様でした。わずかな、とおっしゃいましたが、この件に関しての情報に優劣はつけられません。それに母茸の体内から発見されたとは謎です。我々は大小問わず謎は好みません」
 マールが目を細める。ディガンが頭を垂れたまま言う。
「お言葉良く分かります。我々はこのまま任務に戻りますが、一つお伺いしても厚かましくはございませんでしょうか」
「どうぞ」
「トリーは、いえ、トリーンの具合はいかがでしょう? また、元のように治るのでしょうか」
「ご老人、わたしはなにがあったのか知っております。皆さんとトリーンの関係もです。ご心配はもっともだと思います。ただ、現状に変化はありません。生命と健康は維持していますが、治癒についてはどのような言葉もさし上げられません。申し訳ありません」
「もったいないお言葉です。悪い方に向かっていないと知っただけで安心いたしました。あと一つ、顔を見たいのですが、差し障りございませんでしょうか」
 ディガンは庵の壁の方を見た。秘書は顎に手をやり、少し考えて首を振った。
「再度謝罪いたします。関係者以外面会謝絶です。大魔法使いは調査に影響が出ることを恐れております」
 クロウは拳を握った。我々はもう関係者ではないのか。ディガンは声に感情が乗らないように返事をする。
「分かりました。大事ないと知っただけで良しとしましょう。お答えありがとうございます。それでは戻ります」
 四人が天幕から出ようとしたとき、先ほどの部下が入れ替わりに入ってきた。急ぎ足で秘書に書き付けを示して耳打ちする。
「皆さん、お待ちください」
 立ち止まるのを見てから書き付けに目を通した。
「大魔法使いが皆さんに御用があるとのことです。トリーンに反応がありました。一緒に参りましょう」

 秘書に連れられて庵に入った。狭い部屋の中央に寝台が据えられ、トリーンが寝かされていた。事情を知らなければ、また、青白い肌をのぞけば、本当に寝ているようにしか見えなかった。あのサンダルが右足に履かせてあった。
 そして、寝台を挟んで奥に大魔法使いが立っていた。偉丈夫で、顔や服から見えている肌は若々しかった。ディガンより年上のはずだがクロウとペリジーの間くらいに見えた。濃い茶色の目やしわのない幅広の口には幼さすら残しており、黒髪には白髪が一本も混じっていない。秘書が回りこんで耳打ちする。四人は狭い中体をぶつけあって膝をついた。

「まったく狭いですな。オウルーク・イクゥス‐ブレード氏は老後の居場所について贅沢するつもりはなかったのでしょう」
 大魔法使いは腰を下ろした。ここで作業するため衣服のあちこちを縛って絞っており紋が歪んでいたが、歴史ある名家だけに許される簡素さゆえに判別に支障はなかった。円のなかに縦線一本、直角に交わる横線二本。ケストリュリュム家の紋はそれだけだった。

 口調は優しい。しかしクロウは脇の下に汗をかいていた。大魔法使いの蓄えた知識と積んできた修業、体と魂の魔力と霊力の量は魔獣の一匹や二匹を滅するなど造作も無いだろう。規制条約さえなければ、だが。それでも気を探れる者にとってはそこにいるだけで圧倒されるようだった。

「緊張しておられますな? だがその必要はないですぞ。わたしとあなた方には共通点がある。この謎がさっぱり分からないという点です」
 ペリジーの肩が震えた。笑いを堪えている。大魔法使いはクロウに顔を向けた。
「皆さんは特別な存在のようです。だからこそお呼びしました。特にあなた。クロウさんですね。サンダルを履かせてみると、あなたの名を一言だけ口にしました」
 三人もクロウを見る。
「なにかお心当たりは? ない? 残念ですね。重要な手がかりなのです」
 口を閉じる。また開いたとき、口調は打って変わって沈んでいた。
「クロウさんにお願いがあります……」
 頭を下げた。
「……以前二度強化されたと聞いておりますが、その状況を詳細に知りたい。どうかお心に入り、記憶の探査をお許しいただけないでしょうか」
 四人は驚いた。クロウは頭を上げて大魔法使いの顔を見た。若い外見の向こうに一瞬、年齢相応の顔が見えた。
「これは命令ではありません。お願いです。ゆえにお断りになっても一切不利にはならぬと誓います。ここにいる秘書とあなた方三人が証人です」
 さらに驚かされる。家名も持たぬ民間人を証人として認め立てると言う。クロウは下を向いて考えた。
「分かりました。それがトリーンの役に立つならどうぞ」
「ありがとう」
 クロウは立つと寝台越しに頭を寄せ、大魔法使いは額を包むように両手を当てた。探査は一瞬で終わった。
「感謝します。この紋に誓って記憶の秘密は守ります。さて、わたしはいまの情報を分析せねばなりません。よろしいでしょうか」
 秘書がこちらにまわりこんで扉を開けた。四人は礼をすると一人ずつ出て行った。大魔法使いがクロウの背に言葉をかけた。

「あなたはご自分で思っていらっしゃるより重要な方です。お心に留めておいてください」
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