凡庸魔法使いと超越能力少女のやっかいごと以上この世の終わり未満の冒険

alphapolis_20210224

文字の大きさ
上 下
40 / 90
第四章 錆色に染まる道

しおりを挟む
 トリーンは真新しい制服の香りを胸いっぱい吸い込んだ。子供の大きさなだけで、折り目の一本一本まで大人のとおなじ。交通安全部の紋もおなじ場所についている。特務隊員として今日から任に就くのだった。ただ、特務の紋はない。それに限らず部隊の性質を表す印はない。交通安全部は急いで作られたからそこまで準備できていないんだと説明があった。
 部屋の机には辞令の巻布がひろげられている。王室直属なので帝王の紋があるが、それが内容の文章より大きいのがおかしく感じられた。
 辞令の刺繍には任務の内容、すなわち祠の改修に伴う魔法使いの補助と記載されている。新しい呪文により祠の魔力消費量を減少させられるが、その改修時にトリーンが補助して強化すると作業効率が著しく上がると試算された。今回はその実証実験になる。

 心配な点もある。事前に部隊の隊長が教えてくれたが、あちこちで賊どもが祠を破壊してるらしい。一か所だけ鬼除けが途切れると周辺を徘徊する鬼を引きこんでしまう。そこに通りかかった運の悪い荷馬車を襲わせ、残された荷物を奪うという残忍極まるやり方で、すでに被害が出ていた。
 今回の実証実験はトリーンの隊の前後に部隊がつくので警備体制に抜かりはないと説明されたが、以前の闘いが頭に浮かび、それだけが不安だった。

 ノックされた。トリーンは辞令を巻いて片づけると、返事をしてドアを開けた。廊下には隊員たちがそろっていて最敬礼で迎えてくれた。通りすぎると敬礼は拍手に変わった。

 大学の門を出る。今日はだれにも止められない。そこには旅客用の馬車が待っており、隊員が手を取って乗せてくれた。

「では、交通安全部特務隊はこれより実証実験任務に入る。出発!」
 隊長のよく通る大声。馬車がぐらりと揺れて隊は出発する。すでに先行する前方部隊は出発しており、二隊八名だった。これは後からついてくる後方部隊もおなじだ。そしてトリーンの所属する本隊は三隊十二名だった。つまり実証実験部隊は総勢二十九名。街道を行くには大部隊だった。しかも広範囲を迅速に移動するため全員騎乗だった。
 ただし、本隊には一名欠員がある。トリーンの乗る馬車には治療・戦闘魔法使いが同乗し、警護と世話に当たるはずだったが、急病で任務を外れた。交代要員は次の街で乗ってくる。それまでは独りだった。

 街道に入ると早速実証実験が始まった。魔法使いが祠の呪文を書き換えていく。トリーンの強化無しだと一つの祠につき標準時の四時刻ほどかかった。おおよそ日が指四本分移動するくらいだ。
 次の祠は強化ありで行う。計時担当が緊張して箱の中の振り子と歯車を見ている。
「はじめてくれ」
「ああ、終わった」
「なに? まて、作業完了まちがいないか。振り子一往復もかかってない、一歯も動いてないぞ」
「まちがいない。強化の超越能力は予想以上だ。自分が大魔法使いになった気がする」
 改修担当者は驚きと喜びに笑っていた。計時担当は助手と顔を見合わせ、記録をつけた。
「隊長、提案があります。この速度で改修できるのであれば、騎乗したままで作業してはどうでしょう。二人乗りで、祠を通過するだけで作業を完了できます」
 隊長は笑いながら許可した。
「よし、しかしトリーンちゃんは馬は乗り慣れてないだろう。適度に休憩を取るように。しかしすごいもんだな。通過するだけとは」
 任務だというのに特務隊員をちゃん付けで呼ぶ隊長に周りの隊員はほほ笑み、全員が順調な滑り出しに機嫌を良くしていた。みんなトリーンに親切だった。

 馬の二人乗りは怖くてちょっと嫌だったけど、自分のしたことでみんなが笑顔になるのがうれしくて、そのうちにあまり気にならなくなった。

 ここが自分の居場所になるかもしれないな。
 一日目を終え、夕焼けに染まったトリーンは馬上から周りを見回した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...