凡庸魔法使いと超越能力少女のやっかいごと以上この世の終わり未満の冒険

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第四章 錆色に染まる道

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「それですか。例の特別な麦というのは」
 机には地図が広げられ、四隅を朝食の皿で押さえられていた。まだパンのかけらが残っている。その地図の上に小袋が置かれ、黒い種皮の麦が十粒ほどこぼれ出ていた。
「ああ。開発が放棄されたものを手に入れた」
 そう言いながらオウルークは黒麦をつまみ、地図の青灰色に塗られたところに置いた。

 青灰色は邪法に汚染されたローテンブレード家の拝領地を意味している。そこは広大だが有害で使い道のない土地で、本領地と飛び領地の近辺、そしてオウルーク山のふもとに広がっている。この最新の地図では街道と領地周辺のごく狭い領域のみ浄化が終わった印がついていた。魔王の邪法ゆえにまったく利益を生まない土地だが、ただ一つ、その有害な影響から他国との防衛線になっているという点でのみ役に立っていた。

「放棄の理由は? 実を言いますとそういった改造作物を使うのは良い案に思えますので、中止は意外でした。理由も公表されていませんし」
「単純だ。費用だよ」
「しかし、単位当たり通常の麦の三倍程度と聞いております。そのくらいであれば邪法に汚染された土地でも収穫できるというのは利点では? 他国からの防衛線をかねた農地になるのですから」
「そんな試算を信じていたのか。甘いな。三倍というのは純粋に栽培にかかる分だけだ。農民や家畜を邪法から守るのに必要な装備や呪文の費用だな。だが改造作物は一世代限りだから毎年種子が必要になる。その生産にかかる分が入っていないのだ」
「では、入れると? そんな試算はありましたか」
「正式なものはない。だが十から百倍と見積もられている。とにかく魔力消費が尋常じゃない」
 ケラトゥスは肩をすくめた。
「だろ? 苦労して金をどぶに捨てるより、こつこつと浄化を進めたほうがましなんだ。いまのところは」

 言葉を切って立ち上がり、茶を淹れる。ケラトゥスには手伝わせてくれない。よほど気に入っている葉らしい。オウルークは湯呑みをケラトゥスの前に置くと、自分は座らずに窓際に行き、風を通す分だけ開けると湯呑みを持ったまま壁に寄りかかった。
「行儀は悪いが、こうして風に吹かれながら茶を飲むとうまいんだ。許せ」
 しわだらけの顔がほほ笑んだ。そういう顔を見るたびに、ケラトゥスはもうなにもかもやめて、本当に隠居しましょうと言いたくなる。ここで古代の神話や詩を研究するのんびりした毎日を過ごしませんか、と。

 だが、そんな表情は一瞬で入れ替わる。たくらみを宿した目。大きな口が引きしまり、黒麦を指さして言葉が飛び出す。

「それに、改造に使う魔力の量は規制条約に引っかかりかねない」
「いいところが無いではありませんか」
「ケラトゥス、おまえにはなにも見えていないのか。難点だらけと言うことは、うまくやれば独占できるということだ」
「うまくやればでしょう? 改造にはあの呪術文様を使うとして、そんな魔力はどこから? それに呪術文様だって秋まで使えればいい方だ」
「その両肩の上に乗っているのはなんだ? パンと茶を吸い込む入り口か。そこに考える魂は入ってないのか。トリーンだよ。呪術文様を強化できれば量を抑えられるし崩壊も防げる」
 ケラトゥスはうつむいてしまう。
「すみません。それについては……。お許しください。いまや大学の預かりです。手の出しようがありません」
「ふん。おまえ、情報収集を怠っているな。まだ手駒は残っているか」
 顔が上がった。
「はい。何人かは」
「ならば使え。大学を出て交通安全部に協力するらしい。そこを確認してくれ。いつなのか、出てなにをするのか、ここら辺に来るのか……」
 オウルークは息を吸い込んだ。
「……これは賭けだ。トリーンが本当に大学を出て間に合ううちにこのあたりに来るようであれば魔宝具化計画を再開する。呪術文様に組み込んで強化し、王室や他家には秘密裡に改造作物の量産を行い、我らは力を手に入れる。そうでなければおとなしく隠居する。どうだ、乗るか」

 しわだらけの顔から目を移し、湯呑みをのぞきこむ。茶が揺れていた。
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