33 / 90
第四章 錆色に染まる道
三
しおりを挟む
早朝、庵のそばを流れるせせらぎに沿って散歩していると、変わったものを見つけた。毛の塊のようで握りこぶしくらい。赤黒かった。ひとつ見つけるといくつか転がっているのが分かった。なんの獣かと思ってはっとする。犬鬼だ。流れてきたのだろうか。オウルーク・イクゥス‐ブレードは上流を見る。秘密基地があるがもちろん見えはしない。
その時、そちらの方から落ち葉を踏む足音がした。
「こんな朝早くから散歩ですか」
「どうだった?」
「見てきました。あまりよくありません。雨水が入ってきてます」
近くまで来ると、ケラトゥス・ウィングはオウルークが見つけたものに気がついた。
「前に来た時に倒した奴です。もう骨だけになってますよ。流れからは引き上げといたんですが」
「それはいい。雨水か。呪術文様は使えるか」
「いまは使えます。ただかなり悪い状態ですね。なにもしなければ夏か秋の嵐でだめになるでしょう」
「思ったより脆かったな。自然の洞窟だから仕方ないか。よし、後は庵で話そう」
庵はこぢんまりとして、この季節は快適だった。しかし、真夏や真冬には少しばかり辛抱がいるだろう、とケラトゥスは天井のむき出しの藁を見上げて思った。
四脚の机と椅子に飾りはない、そればかりかここの家具には装飾はない。よく言えば簡素、ブレード家先代の隠居所としてはみすぼらしいが、顔には出さない。
「ここは静かでいい。いくらでも考え事ができる」
炉でたぎっている鉄瓶を降ろし、オウルーク自ら茶を淹れてくれた。執事や召使などいないし、立とうとしたケラトゥスは押しとどめられた。
「なにをお考えになるのですか」
茶は道具の簡素さからは思いもつかぬ上質の品だった。
「いい葉だろ。こうなってもまだ友人はいる。少なくなったがな。手間をかけて贈ってくれるのだ。ありがたいことだよ」
湯呑みを持ったまま小さな窓を少し開けて風を通した。そのまま窓際から話す。
「なにを考えているのか、か。無論家の興隆についてだ」
「隠居されたのに?」
「隠居したからこそだよ。イクゥスとなった以上、なにをしても累は及ばん」
「なにをしてもとは? なにをなさるおつもりですか」
「聞くな。おまえはまだウィングだ。はっきり言うが、いままでご苦労だった。しかしもういい。もうここに来てはならん」
ケラトゥスは首を振った。
「わたしは一度謹慎になった身です。家名は残してもらえましたが、もう跡は継げません。兄弟のだれかがうまくやるでしょう。しかし、だからと言って自分の人生をあきらめはしません。家の陰でひっそりと目立たぬようにしているつもりもありません。まだなにかできるのであれば、わたしは舞台を降りません」
茶色の目が射通すかのようだった。
オウルークは内心あきれていた。この芝居がかりはなんだろう。自分の人生をあきらめないなどと大きなことを言っておきながら再起の計画についてはなにも考えていない。考えるのはわたしまかせにするつもりだ。だからこいつはわたしの計画は……とは言わない。
……にも関わらず、別のわたしはうれしさに震えている。こんなに熱い味方がいる。その喜びに負けてしまいそうだ。やはり、わたしは三流なのだろう。切り捨てるべき時に切り捨てられない。
ならば芝居を見せてやろう。この世という舞台の観客に。
それが大向こうを唸らせるか、腐った野菜を投げつけられるか。さて、どうなることやら。
その時、そちらの方から落ち葉を踏む足音がした。
「こんな朝早くから散歩ですか」
「どうだった?」
「見てきました。あまりよくありません。雨水が入ってきてます」
近くまで来ると、ケラトゥス・ウィングはオウルークが見つけたものに気がついた。
「前に来た時に倒した奴です。もう骨だけになってますよ。流れからは引き上げといたんですが」
「それはいい。雨水か。呪術文様は使えるか」
「いまは使えます。ただかなり悪い状態ですね。なにもしなければ夏か秋の嵐でだめになるでしょう」
「思ったより脆かったな。自然の洞窟だから仕方ないか。よし、後は庵で話そう」
庵はこぢんまりとして、この季節は快適だった。しかし、真夏や真冬には少しばかり辛抱がいるだろう、とケラトゥスは天井のむき出しの藁を見上げて思った。
四脚の机と椅子に飾りはない、そればかりかここの家具には装飾はない。よく言えば簡素、ブレード家先代の隠居所としてはみすぼらしいが、顔には出さない。
「ここは静かでいい。いくらでも考え事ができる」
炉でたぎっている鉄瓶を降ろし、オウルーク自ら茶を淹れてくれた。執事や召使などいないし、立とうとしたケラトゥスは押しとどめられた。
「なにをお考えになるのですか」
茶は道具の簡素さからは思いもつかぬ上質の品だった。
「いい葉だろ。こうなってもまだ友人はいる。少なくなったがな。手間をかけて贈ってくれるのだ。ありがたいことだよ」
湯呑みを持ったまま小さな窓を少し開けて風を通した。そのまま窓際から話す。
「なにを考えているのか、か。無論家の興隆についてだ」
「隠居されたのに?」
「隠居したからこそだよ。イクゥスとなった以上、なにをしても累は及ばん」
「なにをしてもとは? なにをなさるおつもりですか」
「聞くな。おまえはまだウィングだ。はっきり言うが、いままでご苦労だった。しかしもういい。もうここに来てはならん」
ケラトゥスは首を振った。
「わたしは一度謹慎になった身です。家名は残してもらえましたが、もう跡は継げません。兄弟のだれかがうまくやるでしょう。しかし、だからと言って自分の人生をあきらめはしません。家の陰でひっそりと目立たぬようにしているつもりもありません。まだなにかできるのであれば、わたしは舞台を降りません」
茶色の目が射通すかのようだった。
オウルークは内心あきれていた。この芝居がかりはなんだろう。自分の人生をあきらめないなどと大きなことを言っておきながら再起の計画についてはなにも考えていない。考えるのはわたしまかせにするつもりだ。だからこいつはわたしの計画は……とは言わない。
……にも関わらず、別のわたしはうれしさに震えている。こんなに熱い味方がいる。その喜びに負けてしまいそうだ。やはり、わたしは三流なのだろう。切り捨てるべき時に切り捨てられない。
ならば芝居を見せてやろう。この世という舞台の観客に。
それが大向こうを唸らせるか、腐った野菜を投げつけられるか。さて、どうなることやら。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

遥かなる物語
うなぎ太郎
ファンタジー
スラーレン帝国の首都、エラルトはこの世界最大の都市。この街に貴族の令息や令嬢達が通う学園、スラーレン中央学園があった。
この学園にある一人の男子生徒がいた。彼の名は、シャルル・ベルタン。ノア・ベルタン伯爵の息子だ。
彼と友人達はこの学園で、様々なことを学び、成長していく。
だが彼が帝国の歴史を変える英雄になろうとは、誰も想像もしていなかったのであった…彼は日々動き続ける世界で何を失い、何を手に入れるのか?
ーーーーーーーー
序盤はほのぼのとした学園小説にしようと思います。中盤以降は戦闘や魔法、政争がメインで異世界ファンタジー的要素も強いです。
※作者独自の世界観です。
※甘々ご都合主義では無いですが、一応ハッピーエンドです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ビアンカの熱い夏 ~死別したはずの夫が戻りました~
ROSE
ファンタジー
ビアンカがその美しい人に嫁いだのは僅か九歳の時だった。七つ上の優しい人は、ビアンカを妹か娘の様に可愛がってくれていた。しかし、別れは突然訪れた。
悲しみで心を閉ざしたビアンカは、17歳の夏に再婚することになった。その結婚式の最中、死別したはずの彼が戻ってきた。
女性向け異世界ファンタジー×ホラー。ほんのり怪奇風味です。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【完結】Dance of Death(ダンス・オブ・デス)
邦幸恵紀
ファンタジー
【ファンタジー/少年傭兵と元神父】
絶望的な戦場で、笑いながら人を切る少年傭兵と、人の首を刎ねる元神父。
〝赤い悪魔〟と〝青い死神〟の血まみれ戦場放浪譚。
ガールズバンド“ミッチェリアル”
西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。
バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・
「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」
武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる