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第三章 空はだれの物?
四
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以前面談した時とは別の部屋に通された。どこの国の様式だろう? 低い長方形の卓があり、四人はそれぞれ床に直接置いたクッションに座らされた。足のおさまりが悪い。マダム・マリーは風を通す分だけ開けた窓を背にし、ひざを折って卓の短い辺に上品に座っている。クロウたちは二人ずつ長い辺にいるが、あんな座り方はとうてい真似できそうにない。
すぐに仕事の話には入らず、街の噂など世間話をする。それぞれの目の前には取っ手のないカップに入れられた飲み物が置かれている。透明な緑で湯気が立っている。カップは湯呑みで、飲み物は茶と言うのだと教えてくれた。この部屋の調度と共に最近はやりだした異国の飲み物だそうだ。マダム・マリーのようにすすってみる。苦いが不快ではない。不思議と落ち着いた。
「……それじゃ、ご苦労様だったね。受け取りと荷馬車の返還を確認したよ。契約の報酬を渡そう」
手を打つと、あの時の若い娘が現れ、各人の前に小袋を置いた。卓に当たる感じだけでも中身が分かった。娘は配り終わっても退出せず、マダム・マリーの背後の隅に行儀よく座った。
「大砲さんよ、おまえだけ袋が違うな」
ディガンの向かいに座ったマールがななめ前から言ってきたので手のひらに出して見せてやった。
「二世か」
「そのかわり枚数が少ない。値打ちとしてはおなじはず」
「でも、なんで?」
真向いのペリジーも口を出した。
「ああ、これが終わったら中央の方に行ってみようかと思ってたんだ。あっちは二世の方が使い出があるから。ま、いまとなっちゃ無しになったな」
マダム・マリーが湯呑みを置いて顔をあげた。
「その無しになった件だけど、これからしばらく四人で固まってるってんなら、もうちょっとここで働いてみる気はないかい?」
ディガンが茶を飲み干す。すぐに娘が急須という変わった形の道具から茶のお代わりを注いだ。目で礼をする。
「仕事? 話によるな」
「そりゃそうだろう。ま、聞くだけ聞きな」
話は単純だった。魔王大戦が終わって復興に入った帝国は徐々に景気も回復してくるだろう。そこでは人でも物でも情報でもとにかく運ぶという仕事の切れ目は無くなるはず。だから早めに手を打っておきたい。そういう内容だった。
「……要はね、おまえたちみたいな優秀な奴らを集めたいのさ。犬鬼を退け、妙な陰謀にも屈せず依頼された荷物をちゃんと届けた。雇う価値のある連中だと思ってる。どうだい? 乗ってみないかい」
三人はディガンを見た。火傷痕を掻いている。
「誉めていただいてうれしいね。俺たちには雇う価値がある、と。じゃあ、あんたの運送業には俺たちが加わる値打ちはあるのかな? いまの話だとよそに行ってもいいんだろ? 高く買ってくれる方に」
「いいえ、よそに行くべきではありません」
部屋の隅からだった。あの若い娘が立ち上がった。マダム・マリーはいままで自分が座っていたクッションを裏返して娘に座を譲ると、自分は隅に引っこんだ。見たことのない作法だった。
娘は凛とした声で話し出した。
「申し遅れました。わたくしはニキタ・エランデューアと申します。マダム・マリーとは後援者兼共同経営者、でしょうか。修業のようなものなので奉公人に身をやつしておりますが、名乗らずにおりましたご無礼の段はお許しを」
四人は言葉もない。紋もなにもない町人のような服装をし、黒髪を奉公人のように後ろでくくったこの小柄な娘がエランデューア家の末娘とは。光加減で黒くなるこげ茶の瞳に低い鼻、子供っぽさの残る小さい口。言われて見てもまだ貴族とは思えなかった。
「さて、改めてお話をいたしましょう」
ニキタ・エランデューアはいたずらっぽくほほ笑んだ。
すぐに仕事の話には入らず、街の噂など世間話をする。それぞれの目の前には取っ手のないカップに入れられた飲み物が置かれている。透明な緑で湯気が立っている。カップは湯呑みで、飲み物は茶と言うのだと教えてくれた。この部屋の調度と共に最近はやりだした異国の飲み物だそうだ。マダム・マリーのようにすすってみる。苦いが不快ではない。不思議と落ち着いた。
「……それじゃ、ご苦労様だったね。受け取りと荷馬車の返還を確認したよ。契約の報酬を渡そう」
手を打つと、あの時の若い娘が現れ、各人の前に小袋を置いた。卓に当たる感じだけでも中身が分かった。娘は配り終わっても退出せず、マダム・マリーの背後の隅に行儀よく座った。
「大砲さんよ、おまえだけ袋が違うな」
ディガンの向かいに座ったマールがななめ前から言ってきたので手のひらに出して見せてやった。
「二世か」
「そのかわり枚数が少ない。値打ちとしてはおなじはず」
「でも、なんで?」
真向いのペリジーも口を出した。
「ああ、これが終わったら中央の方に行ってみようかと思ってたんだ。あっちは二世の方が使い出があるから。ま、いまとなっちゃ無しになったな」
マダム・マリーが湯呑みを置いて顔をあげた。
「その無しになった件だけど、これからしばらく四人で固まってるってんなら、もうちょっとここで働いてみる気はないかい?」
ディガンが茶を飲み干す。すぐに娘が急須という変わった形の道具から茶のお代わりを注いだ。目で礼をする。
「仕事? 話によるな」
「そりゃそうだろう。ま、聞くだけ聞きな」
話は単純だった。魔王大戦が終わって復興に入った帝国は徐々に景気も回復してくるだろう。そこでは人でも物でも情報でもとにかく運ぶという仕事の切れ目は無くなるはず。だから早めに手を打っておきたい。そういう内容だった。
「……要はね、おまえたちみたいな優秀な奴らを集めたいのさ。犬鬼を退け、妙な陰謀にも屈せず依頼された荷物をちゃんと届けた。雇う価値のある連中だと思ってる。どうだい? 乗ってみないかい」
三人はディガンを見た。火傷痕を掻いている。
「誉めていただいてうれしいね。俺たちには雇う価値がある、と。じゃあ、あんたの運送業には俺たちが加わる値打ちはあるのかな? いまの話だとよそに行ってもいいんだろ? 高く買ってくれる方に」
「いいえ、よそに行くべきではありません」
部屋の隅からだった。あの若い娘が立ち上がった。マダム・マリーはいままで自分が座っていたクッションを裏返して娘に座を譲ると、自分は隅に引っこんだ。見たことのない作法だった。
娘は凛とした声で話し出した。
「申し遅れました。わたくしはニキタ・エランデューアと申します。マダム・マリーとは後援者兼共同経営者、でしょうか。修業のようなものなので奉公人に身をやつしておりますが、名乗らずにおりましたご無礼の段はお許しを」
四人は言葉もない。紋もなにもない町人のような服装をし、黒髪を奉公人のように後ろでくくったこの小柄な娘がエランデューア家の末娘とは。光加減で黒くなるこげ茶の瞳に低い鼻、子供っぽさの残る小さい口。言われて見てもまだ貴族とは思えなかった。
「さて、改めてお話をいたしましょう」
ニキタ・エランデューアはいたずらっぽくほほ笑んだ。
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