凡庸魔法使いと超越能力少女のやっかいごと以上この世の終わり未満の冒険

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第三章 空はだれの物?

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 帝国において情報が伝わる経路は脇街道だ。主街道と異なり安全性や利便性はほとんど無く、移動の早さのみを考えて作られている道。
 トリーン事件の波紋は、池に小石を投げ込んだ時のように飛び領地から脇街道を伝って拡がっていき、それは通り過ぎて行くいたるところで浮いている木の葉や小枝を揺らし、別の新たな波紋を生み出した。

 オウルーク・ブレードは病気を理由に引きこもっていた。ケラトゥスも同様だった。ウィング家当主からの命令だろう。
 ローテンブレード家当主には騒動を引き起こしたことへの謝罪と釈明を非公式に行ったが、現在の地位にいられるとは思っていなかった。いや、いまはそんなものにしがみついている場合ではない。ブレード家そのものを保てれば良しとしなければならない。あちこちに掛けておいた保険と貸しの回収でなんとかなるだろう。もちろん代償は大きい。
 トリーン・トリストゥルムの移送についてはほかの魔宝具と同様、飛び領地の方が保護や秘密保持に良いとする従来の立場を説明し、睡眠魔法については安全移送のためと主張した。超越能力者の気がどのような邪悪な存在を引きつけるか未知のため用心したのだと強弁した。
 だが、結果として能力者を失った。王室が身柄を預かり、首都オウグルーム市の帝国大学に送られるようだが、そうなっては当主と言えども返還申し立てすらできないだろう。

 しかし、無能ウィングめ。買い被りすぎていたようだ。奴の魔宝具化計画と二度の襲撃の失敗。これは謝罪や釈明ではどうにもならない。当主はなにも聞かなかったが、たぶん知っていて泳がされているのだろう。わたしもやるが、弱みを握っているならむやみに断罪せず手元に飼っておいた方がいいと言う判断はあり得る。
 それに、扱いをまちがえるとお家騒動と見なされ、管理不行届きけしからんとばかりに王室は嬉々としてローテンブレード家を取り潰して領地財産を没収するだろう。

 とにかく、戦力拡充を目的とした計画は終わったと考えるべきだ。

 それにしても奴らに感謝せねばなるまい。襲撃者の首をはねてくれたおかげで余計な情報を握られる恐れはない。ケラトゥスの命令書を取られたが、奴の署名しかない紙切れ一枚程度どうにでもなるし、あの護衛どものような家名を持たぬ下賤の者の証言は情報ではあっても証拠とはならない。
 いや、ウィング自身がいるか。とは言え、そこまで非情にはなれなかった。
 オウルークは両手で顔を洗うようになでながら、机に散乱した書類を意味もなく手に取っている。そう、奴は汚れ仕事をよくやってくれていた。切り捨ててしまうのも……。

 顔を覆った両手の指のすき間から鏡を見る。そこには、しわだらけの疲れ切った老人がみじめにこっちを見ていた。

 これこそが、わたしが三流の貴族であり、家を興隆できない理由だろうな、と自嘲する。切り捨てるべき者を切り捨てるべき時に処分できない。情け深い、のではない。臆病なのだ。柔弱なのだ。
 ブレード家を思うならば、わたしはどうすべきだろう? 髪は少なく、残っているのも白い。無駄に時間を重ねたしわ。しみだらけの肌。変われるのか。変わらなければ。

 そうだ。わたしは変わる。オウルーク・ブレード。先祖より受け継いだブレードの家名を辱めてなるものかよ。

 鏡の中の目は涙にぬれ、光っていた。一瞬だけの、若者の輝きだった。
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