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第一章 緑の瞳の少女
四
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「おやじぃ、こっちはいいよ」
にきびの残る細身の若者が積みこみの終わった一頭立ての荷馬車の向こうから顔を出した。茶色の髪はぼさぼさで、これから伸ばして整えようというのだった。大きな目、小さな鼻と口はいずれもまだ少年っぽさを残していた。傷のほとんどないきれいな手で荷を叩く。大型の木箱でご大層にローテンブレード家の封印が施されていた。
「仕事中はあだ名を使うな、小僧。俺にはマールって名がある」
おやじと呼ばれた四角い顔の中年男は額の汗を拭った。これはあだ名であって若者の親ではないがそのくらいの歳で、黒髪には白いものが混じっていた。目は猛禽のように鋭く、鼻から幅広の口にかけて傷痕が走っていて見た目は恐ろしげだった。
中年男は若者の合図を受け、荷の固定具合を確かめて覆いをかけた。それから荷馬車の下にもぐって木槌でこんこん叩いてみている。馬は叩く音がするたびに耳をぴくりと動かしていた。
「俺にだってペリジーって名があらぁ。で、どしたんだ? おやじ、車軸はさっき見ただろ?」
「こいつ、荷馬車のくせにずいぶんちゃんとしたばねつけてる」
マールはわざとあだ名を使うペリジーを木槌で殴るふりをしながら答えた。ペリジーも覗き込む。
「ふうん。まあ、魔宝具って聞いてるし、霊をおどかさないためじゃね?」
「そうかな。いや、ちゃんとしてる分にはいいんだがな。おい、そろそろ隊長呼んで来い」
「あだ名はだめなんじゃないの?」
そう言って駆けていくと、積み下ろし場に静けさが戻ってきた。
しばらくするとペリジーがほとんど白髪の初老の男を連れて戻ってきた。丸顔の真ん中の大きな鼻の頭がちょっと赤い。目もご機嫌で優しいが、若いころは獲物を貫き留める眼光を放っていたに違いないと思わせた。年齢がいたるところにしわを刻み込んでいる。首筋には火傷があり、襟で覆っているが隠しきれていない。
「朝っぱらからそいつはまずいっすよ、隊長。すぐ仕事だし、これから大砲と初顔合わせだってのに」
笑いながら鼻を指さす。
「こら、仕事中はディガンだろ? みんなで決めたのに守りゃしねえ。それと、こいつが俺様の朝飯なんだ」
鼻をこする。赤いのを取るつもりだろうか。その様子を見てまた笑うとマールは荷馬車の下を指さし、さっきの話をした。
「小僧の言う通りじゃないのか。霊の安定のためだろ。おまえなにをそんなに気にしてる?」
「ううん、もういいか。でもこの仕事、おかしな点ばっかなのは隊長も認めるでしょ?」
「そうだな。おまえが神経質になるのも分かる。そもそも魔宝具輸送の護衛が雇われの寄せ集め、霊の反発とか言う怪しげな理屈で荷馬車はばらばら、車列も作らない、なんて、な……」
赤い鼻に似合わず、目が鋭くなった。
「……だがな、払いがいい。三世五枚なんて景気のいい話は戦後初めてだ。細かいことは置いとこうや」
「だよね。俺、それ元手にしてちゃんと勉強するんだ。会計の」
「ふん、小僧が商売でも始めるのか。身ぐるみはがされるぞ」
「隊長こそ、白髪頭でいまさら金持ったって仕方ないじゃん。墓でも買うのかい?」
ディガンは大笑いした。それから急に真面目な顔になってつぶやいた。
「そうさな。それもいいかもな。そろそろ俺にも墓がいる」
「お、来たぞ」
木槌で指す。男が歩いてきた。
にきびの残る細身の若者が積みこみの終わった一頭立ての荷馬車の向こうから顔を出した。茶色の髪はぼさぼさで、これから伸ばして整えようというのだった。大きな目、小さな鼻と口はいずれもまだ少年っぽさを残していた。傷のほとんどないきれいな手で荷を叩く。大型の木箱でご大層にローテンブレード家の封印が施されていた。
「仕事中はあだ名を使うな、小僧。俺にはマールって名がある」
おやじと呼ばれた四角い顔の中年男は額の汗を拭った。これはあだ名であって若者の親ではないがそのくらいの歳で、黒髪には白いものが混じっていた。目は猛禽のように鋭く、鼻から幅広の口にかけて傷痕が走っていて見た目は恐ろしげだった。
中年男は若者の合図を受け、荷の固定具合を確かめて覆いをかけた。それから荷馬車の下にもぐって木槌でこんこん叩いてみている。馬は叩く音がするたびに耳をぴくりと動かしていた。
「俺にだってペリジーって名があらぁ。で、どしたんだ? おやじ、車軸はさっき見ただろ?」
「こいつ、荷馬車のくせにずいぶんちゃんとしたばねつけてる」
マールはわざとあだ名を使うペリジーを木槌で殴るふりをしながら答えた。ペリジーも覗き込む。
「ふうん。まあ、魔宝具って聞いてるし、霊をおどかさないためじゃね?」
「そうかな。いや、ちゃんとしてる分にはいいんだがな。おい、そろそろ隊長呼んで来い」
「あだ名はだめなんじゃないの?」
そう言って駆けていくと、積み下ろし場に静けさが戻ってきた。
しばらくするとペリジーがほとんど白髪の初老の男を連れて戻ってきた。丸顔の真ん中の大きな鼻の頭がちょっと赤い。目もご機嫌で優しいが、若いころは獲物を貫き留める眼光を放っていたに違いないと思わせた。年齢がいたるところにしわを刻み込んでいる。首筋には火傷があり、襟で覆っているが隠しきれていない。
「朝っぱらからそいつはまずいっすよ、隊長。すぐ仕事だし、これから大砲と初顔合わせだってのに」
笑いながら鼻を指さす。
「こら、仕事中はディガンだろ? みんなで決めたのに守りゃしねえ。それと、こいつが俺様の朝飯なんだ」
鼻をこする。赤いのを取るつもりだろうか。その様子を見てまた笑うとマールは荷馬車の下を指さし、さっきの話をした。
「小僧の言う通りじゃないのか。霊の安定のためだろ。おまえなにをそんなに気にしてる?」
「ううん、もういいか。でもこの仕事、おかしな点ばっかなのは隊長も認めるでしょ?」
「そうだな。おまえが神経質になるのも分かる。そもそも魔宝具輸送の護衛が雇われの寄せ集め、霊の反発とか言う怪しげな理屈で荷馬車はばらばら、車列も作らない、なんて、な……」
赤い鼻に似合わず、目が鋭くなった。
「……だがな、払いがいい。三世五枚なんて景気のいい話は戦後初めてだ。細かいことは置いとこうや」
「だよね。俺、それ元手にしてちゃんと勉強するんだ。会計の」
「ふん、小僧が商売でも始めるのか。身ぐるみはがされるぞ」
「隊長こそ、白髪頭でいまさら金持ったって仕方ないじゃん。墓でも買うのかい?」
ディガンは大笑いした。それから急に真面目な顔になってつぶやいた。
「そうさな。それもいいかもな。そろそろ俺にも墓がいる」
「お、来たぞ」
木槌で指す。男が歩いてきた。
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