縁の下の刀持ち、ぽんこつ娘をひそかに支援する任務を仰せつかる。そして、それを発端とする椿事について。なお、波乱、危険、恋慕を包含す。

alphapolis_20210224

文字の大きさ
上 下
14 / 29

十四、三十七計目は逃げるより良いか

しおりを挟む
 月明りもない中、塀を乗り越えた。後始末はしなかった。警告のためそのままにしておく。

 お嬢様はずっと話さない。道を足の感覚で探って進む戸善とぜんの手に引かれてただ黙々とついてくる。光球は使わない。敵は素人同然とはいえ、追跡しやすくしてやることはない。

 来た道をもどり、山の見晴らしのきく所まで登ったところで日が出てきた。

「ここで小休止にします」竹筒を差し出すと千草ちぐさはなにもいわずに飲んだ。
「やつらは何者だ」
「わかりません」
「おまえの呼び名を知っていたぞ」
「宿が彼らの支配下なのでしょう。先着した書状は読まれていると考えるべきです」
「どうする?」
「お嬢様ならいかがしますか」
 千草ちぐさ戸善とぜんを見上げて頭を振る。
「済まない。やはりわたしは……」
「およしください。気が動転されているだけです」言葉を続ける。「強行軍で五日から七日あれば国境は越えられましょう。しかし相手の勢力がわかりません。どの程度の網を張れる連中なのか。そこを知りたい。昨夜のできごとから考えましょう」
「わたしをさらうといっていたな。なんのためだ? 雨宮あまみやの者にはちがいないが、末子などそれほどの値打ちはないぞ」
「そう思っておられるのはお嬢様だけです。お父上ならかなりの条件にも応じられましょう」
「世辞をいっているひまはないぞ」
「ええ、ありません。これは事実です」
「では、雨宮あまみや家になんらかの要求を突きつけようというのだな」
 うなずく。「はい。つまり暗殺ではありません。これはわれらに有利に働きます」
「ならば、敵はそういう要求を持っている小集団か」
 またうなずく。「それもはい、です。お察しの通り国ぐるみではないといえます。これも役に立ちます。穂高ほだか国全体や、ある家まるごとが敵なのではありません」
「なら、いますぐ公に出頭して保護を求めたらどうだ」
 こんどはなにもいわずに首を振る。
「そうだな。敵勢力がなにかわかっていないのに出頭はできぬか」
「はい。それにどの商人が味方かもわかりませんし,関所もおなじです。むやみに書状を託せませんので、救援の要請も困難です」
 戸善とぜんも一口飲む。
「ただし、敵は素人です。こうした任務には慣れていません。昨夜も交渉に失敗し、味方をたすけもせずに逃げ去りました」
「そのことだが、明慶あきよし。おまえはほんとうに何者だ。ためらいもなく首をはねたな」
「一介の警備士です。昨夜は必死でしたので。数においてまさる敵を圧倒し、気力の闘いで優位に立つにはああするしかありませんでした」
「たしかに、やつらの腰が砕けたのはわかった。だが、愉快でも痛快でもない」
「それが闘いでございます。刃は血にまみれるのみ。栄光は貴顕のものです」

「では動こう。いつまで休んでいるつもりだ」
「まずは腹ごしらえです。山の向こう側で農家をたよりましょう」
「手配されていたら?」
「ありません。ここで様子をうかがっていましたが、山狩りがない。敵は一般の農家を巻きこみたくないか、そこまでおよぼす力を持っていないかです」

 それでも用心して農家との交渉は戸善とぜん一人があたった。刀は千草ちぐさに預け、家紋は隠した。

「あの宿のことはうわさにもなっていませんでした」
 物陰で立ったまま雑穀まじりの結びをほおばる。千草ちぐさはむせた。
「どうする? どこへ行く?」
「お嬢様、ここで隠れている間、なにもお考えではなかったのですか」
「済まない」目を伏せた。
「いいえ。きびしい言い様、こちらこそ申し訳ありません。しかし、国に帰るまでは常に考える癖をつけてください。すべてを観察し、先入観なしに最善を導き出すのです。事態は急激に変化します。先ほど話したことさえ次々と移り変わるでしょう」
「わかった。努力する」
「結構です」

 千草ちぐさは結びをほおばりながら目を閉じて考える。飲みこんで目を開いた。

「では、ここから最短距離で突き抜けて行ってはどうだ。情報が表立っていきわたることがないなら、裏社会にまわる前に国を出よう」
 大きくうなずく戸善とぜん千草ちぐさはほほ笑んだ。
「そういたしましょう。わたしもいまの場合は素早さが肝要と考えます。となれば隠れるのはやめにして、むしろ人目の多い中央街道を行きましょう」

 水をくみ、紋を覆った荷を担いだ戸善とぜんの胸元を指さして千草ちぐさがいった。「お弁当」

 冬の空は青く澄んでいた。空気は冷たいが、急ぐ二人の体をほどよく冷やした。街道を国のほうへ急ぐ。すれちがう旅人や荷馬車の商人たちは挨拶をする程度で、不審を感じさせるほどの関心を向けてくる者はいなかった。かといって道連れになったり、乗せてもらうつもりにはなれなかった。そこまで気は許せない。

 戸善とぜんはさらに考えることがあった。黒鍬党くろくわとうがどこまで関わっているか。また、この党についてお嬢様に説明するかどうか。現状を考えれば話をしておくべきだが、それは任務を放棄することにもなる。与えられた任務を自分のみの判断で終了させるのは最後の手段だ。あくまで自分は警備士で従者でいなければならない。
 ちらりとお嬢様を見る。もし事の初めからお膳立てされていた任務と知ったらなんと思われるだろう。養成所や父親など、周囲からあつかいされていたと知ったら。
 加えて、正確に現状を分析せよなどとえらそうに説教しておいて、肝心の情報を隠しておくなど公正ではない。

 それにしても、人をだまし、操り、情報を持ち帰ることをなりわいとしておきながら、お嬢様相手だとこうもうしろめたいのはなぜだろうか。味方だから、というのでもない。戦いの際は味方であっても無用の情報を与えないのは基本中の基本だ。ある情報にかかわる人数が多いほど、その情報は漏洩しやすくなる。知らないことは漏れようがない。
 黒鍬党くろくわとうや隠し田に関する事実や情報はこれからの両国の力関係に直接影響するだろう。であればお嬢様は知るべきではない。本人がどう思おうと、このような情報をあつかう実力はお持ちではない。人に対してなどという言葉をあてはめたくないが、自分は非情でなければならない。
 奥歯をかみしめる。

明慶あきよし、脱出までの間、われらの身分はどうする?」歩きながら小声で話しかけてきた。もっともな疑問だった。
「隠しようがありません。移動中は目を引かぬため、このように紋を覆っていますが、宿の届け出はさすがにごまかしきれません。露呈したらかえって目を引きます」
「敵の支配下にない宿を見分けられるか」
「困難です。敵の正体がわかっていませんので。しかし、そろそろわれらは見つかっていると考えておくべきでしょう。手を出す機会をうかがっているだけと思っておいたほうがいい」戸善とぜんとしては、とりあえず客層を見て、黒鍬党くろくわとうの息がかかってそうな宿はさけるつもりだったが、それはいえなかった。
「農家などに世話になれないかな」
「かえって危険です。人目がないのはまずい。これからわれらはふつうの商人や旅人のごとく町をたどり、常に周囲に他人がいるようにしたほうがいいでしょう」
「それから、もしもの時のために信用のおけそうな者を見つけて書状を託さねば」
「お願いできますか。おっしゃるようにわれらにはたすけが必要です。それに、深山守みやまのかみ様のご病気が心配でなりません」
 千草ちぐさは固い表情でうなずく。結局はそれが問題なのだ。とにかく早く帰国しなければならない。

 いつもより慎重に吟味して今夜の宿は確保できた。客層は近辺から買い付けに来た商人などが主だった。食事をし、風呂に入り、書状を認める。平文ではお嬢様と異なる記載はしないように起こった事実のみ書き並べ、救援を要請した。しかし、その下層の暗号文では黒鍬党くろくわとうと隠し田についての最新の情報に自分の考察をつけて記載した。
 ひととおり書き終わると数通おなじ書状を作り、風呂場で知り合った商人と旅人に託した。お嬢様は、もしもの時のため、とおっしゃったが、もしも、ではなくほぼ確実に無事帰還は望めないだろうと考えていた。特に自分は生かしておく理由がない。

 だが、と戸善とぜんは笑みを浮かべた。一方で敵の来るのを望んでいる自分がいた。あの素人どもの集団であればなんとかなる。逆に捕まえて尋問を行いたい。
 あくまで希望的な観測だが、あの男が指揮していた点が戸善とぜんを楽観させていた。通常であれば一度接触した者は襲撃では外す。相手に手がかりを与えるからだ。しかしそれどころか指揮をとっていた。つまり人材がほとんどいないと推測できる。
 実際のところ、考えていたような大げさなものではないのかもしれない。大きな組織の中のちょっとした裏切りと小競り合いに巻きこまれただけなのだろうか。ならば国のために利用できる。

 さらに悪魔的な計画を立てている自分に気づく。お嬢様を餌に……。

 首を振って打ち消した。だめだ。受けた任務を放棄した上に独自行動などあり得ない。それに、これにはほまれがない。
 だが、一度浮かんだ計画は勝手に形を取り始めた。戸善とぜんは心の棚の奥深くに封をしてしまいこんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

白い結婚をめぐる二年の攻防

藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」 「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」 「え、いやその」  父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。  だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。    妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。 ※ なろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...