上 下
3 / 40

三、寺院攻略

しおりを挟む
 最前線とは言っても、周囲の自然の様子は城の周りとさほど変わりはない。
 アイルーミヤ将軍は兵たちの敬礼を受けて馬から降り、司令部として使っている家に入った。農民の大きめの家を徴発したが、様式などは五百年前そのままだった。
 光の女王はごくわずかな変化も起こしていない。調査では人口も横ばいのままほとんど増減していない。農業などの生産性も古記録のままだった。
 変わったと言えば川の流れくらいだが、住民に聞いてみると、人工的なものではなく、過去の天災のせいらしい。

 家の中では第一軍のネーロー司令官と、第二軍のアテル司令官が待っていた。将軍の出馬に緊張している。
 それから他の将軍たちから派遣されてきた副官三人。こちらはさほど緊張していない。彼らは戦況を見守り、アイルーミヤ将軍の要請があり次第、それぞれの援軍を受け入れる準備を行う。

「着席。楽にしてくれ」
 全員が戦闘時礼装のため、金属の当たる音や、革のこすれる音をさせて着席した。特にアイルーミヤ将軍は正装なので一段と騒がしい。黒鉄の鎧兜は曇りなく磨き上げられ、それを闇の王とアイルーミヤ将軍の紋章を染めた金と赤の帯と紐が飾っていた。腰には彼女の身長に合わせて作られた儀礼刀と短剣が漆黒に染められた革帯で留められている。

 皆が姿勢を正し、将軍に注目する。その視線を感じつつ、鬼神を模した兜を脱ぐと、束ねた黒髪から香油の香りが漂い、戦化粧で整えられた白い顔が現れた。

「皆、慣れぬ包囲戦ご苦労である。報告を読むたび、兵たちの忠実さ、勇敢さに感謝している」
 アイルーミヤ将軍は一息置き、会議卓の全員を見回して言う。
「だが、包囲戦を選択しておきながら矛盾することを言うようであるが、長期化は避けたい。ネーロー司令官、交渉はどうなっているか、今だに緒もつかめないか」

「は、山頂の寺院にこもったまま、呼びかけを無視し続けています。麓にて水も漏らさぬ包囲を行い、補給は止めているのですが音を上げません」
 指名されたネーロー司令官は即座に返答する。

「貯蔵されている水や食料はとっくに尽きているはずではないのか」

 アテル司令官が横から答える。
「それは私がお答えします。現在寺院内には僧四十五人、逃げ込んだ信者百二十三人が立てこもっていますが、こちらの計算では蓄えがなくなってから十日はたっております。食料はともかく、水無しで過ごせる期間ではありません」
「隠し井戸でもあるのか」
「そのように推測されます。事前調査が行き届かず申し訳ありません」

「それは仕方がない。開戦まで時間がなかったのは分かっている。そやつら百七十人弱の人間はぜひ一人も欠けることなく手に入れたい。それだけの信仰の力があれば陛下復活やその後の力の充実にかなり役に立つ」
「私もそのように考えます。しかし狂信的な僧については犠牲もやむを得ないかも知れません。こちらの兵力は二百五十。戦闘できる敵は僧だけとすると圧し潰すに十分な数です」
 ネーロー司令官が言った。

「それも選択肢には入れている。だが、最後の選択肢だ。アテル司令官、奴らの年齢構成は分かるか」
「は、完全ではありませんが」

 そう言って、アテル司令官は会議卓に調査報告を拡げ、統計の部分を指差した。アイルーミヤ将軍はざっと目を通す。

「子供と老人を保護すると提案を行え」
「切り崩しですか」
「そうだ。それから第三軍の兵を割き、他の将軍に援軍を要請し、こちらは千人程度の集団にする。装備はできるだけ大げさに、必要ないが投石機など攻城兵器もそろえてほしい」
 アイルーミヤ将軍は副官たちの方を見た。彼らは頷く。
「保護をちらつかせ、大群で威嚇を行い、奴らの結束を乱す。逃げ込んだ信者をまず切り離したい」

「保護の勧告書は私が書こう。通信紙を」
「いえ、通信紙は……」
 アテル司令官は困った顔をしている。アイルーミヤ将軍は以前の報告を思い出した。
「ああ、そうか、魔法防御か。そうすると、普通に手書きして、矢か何かで送らないといけないか。まったく」
 五百年前の技術だが、魔法防御はその単純さから今でも有効なものの一つだった。単に影響範囲内の魔法を無効化するに過ぎない。もちろん、敵も同様で、魔法防御を作動させた以上、信仰の中心でありながら、光の女王に由来する強力な魔法を使えない。

「書記を」
「ここにはおりません。申し訳ありません」
「なら私が書く。読めるくらいの字は書ける」

 将軍はその場で未成年と高齢者保護の申し出を仕上げると封をしてアテル司令官に渡した。我ながら下手な字で、書写が日常の僧からすれば冷笑ものだろうなと自嘲した。
 それは部下に渡され、日が傾かないうちに寺院に射られた。

 また、将軍は通信紙に正式な援軍要請を口述し、第三軍司令官と、他の将軍三人にそれぞれ送信した。
 司令官たちと、将軍の副官たちには援軍の受け入れ態勢を取っておくよう指示した。

 翌朝、寺院から返事が届いた。将軍自らの交渉には効果があったようで、保護の申し出を受け入れるとあり、時刻を指定していた。
 アイルーミヤ将軍は直ちに了承の合図を送り、非武装の兵を迎えに差し向けた。

 憐れになるくらい怯え、落ち窪んだ目を下に向け、あたりを見回そうともしない五十三人が、臨時に作られた天幕の下に座っている。
 彼らは当分元の家には返せない。寺院内の状況を知るために事情聴取を行うのと、他の勢力と連絡しないようひとまとめにして監視をつけるよう指示した。

「水と食料を十分に与えよ。それと医療もだ」
 ネーローとアテル両司令官に命令した。
「はい」
 見ているのが辛い光景だが、ネーロー司令官はできるだけ感情を押し殺して返事をした。

「嫌なものだな。飢えた人間か」
「光の女王は何をしているんでしょうか。苦しむ信者を救わないのですか」
 アテル司令官は感情を隠さなかった。

「個々の信者には感心はない。それが光の女王だ。世界全体が総合的に安定さえしていれば良いと考えている。まだ復活もしていない陛下の軍が大陸のごく一部に広がったからと言って介入はしないだろうな」
「余裕ですね。光は」
「それはそうだ。我らが陛下は強力だが、一度は封印された事を忘れてはならん。油断禁物だぞ」
 アテル司令官と、話を聞いていたネーロー司令官は驚いた。アイルーミヤ将軍はどういう存在なのだろう。人の姿を取ってはいるが、五百年前闇の王とともに封印された内の一人だ。神ではないし、鬼のような伝説上の怪物でもないが、何かそれに近い存在に違いない。
 それにしても、闇の王に対してああもあけすけな事を言うとは、恐れ知らずなのか。

 翌日、元気を取り戻した者から事情聴取が始まった。同時に、闇の王の信者となるよう説得と教育も始まった。
 さらに、寺院内への呼びかけが行われた。子供が親に会いたがっている、老人が息子や娘に会いたがっている、と。

 その内に援軍が到着し始め、麓は騒がしくなってきた。特に、アイルーミヤ将軍が要請した攻城兵器がわざと、山頂の寺院からよく見えるように配置され、これみよがしに訓練を行った。

 事情聴取によると、やはり隠し井戸はあった。逆に食料の備蓄は予想していたより少なかった。子供や体の弱い者に回していたとは言え、寺院内の草木や傷んだ食べ物も配給されたとの事だった。

 そして、僧たちは、闇の王の配下はすべてを焼き尽くし、生けるもの皆殺し尽くすと言っていたらしい。

 その報告を受け、アイルーミヤ将軍は苦笑した。五百年前だな。間違ってはいない。たしかにそんな戦い方だった。今でもその記憶が伝えられているのか。

「残った者たちへの呼びかけは厄介だな」
「はい、それについて提案があります」
 将軍はネーロー司令官に頷いた。
「こちらで保護した老人の中で、回復した者に降伏の勧告と食料を持たせて返しましょう」
「それがいいだろう。勧告は私が書く。使者を選んでくれ」

 夕日があたりを赤く染める頃、勧告書を持った老人と食料を積んだ荷車が寺院のそばまで運ばれた。
 すぐに僧と老人の間で会話が始まり、やがて寺院内に収容された。

 翌朝、避難した住民全員が寺院を後にした。途中まで下山した所で、ふらつく彼らを兵たちが保護した。

 昼頃、魔法防御が解除され、全軍に緊張が走った。

 しかし、何事も起らず、子供のような若い僧が十人、虚ろな目で投降した。

 その僧たちから事情を聞き、開け放ったままの門から侵入した偵察隊は、残りの僧が全員自決しているのを発見した。それぞれの自室で、魔法攻撃によって自らの首を刎ねるか、胸を貫いていた。傷口は焼かれており、血はほとんど流れていないきれいな遺体だった。

 報告を受けたアイルーミヤ将軍はただ寺院を見上げていた。

「皆、大儀であった。戦闘はこれで終わる。しかし、これより、もっと厳しい統治が始まる。この地方の者たちを正しい信仰に導いてほしい」
 司令官二人と副官たちは深く頭を下げた。

 将軍は翌日から三日かけて寺院を含む主戦場を回り、敵味方双方の死傷者を見舞い、兵たちを激励し、援軍の帰還を見送った。

 そして、来た時と同じように自分の城に帰っていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

闇の世界の住人達

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。 そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。 色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。 ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

気まぐれな太陽の神は、人間の恋愛を邪魔して嬉しそう

jin@黒塔
ファンタジー
死ぬまでずっと隠しておこうと決めていた秘密があった。 身分の違う彼の幸せを傍で見守り、彼が結婚しても、子供を持っても、自分の片思いを打ち明けるつもりなんてなかったはずなのに…。 あの日、太陽の神であるエリク神は全てを壊した。 結ばれない恋を見ながら、エリク神は満足そうに微笑んでいる。 【王族×平民の波乱の恋】 あぁ、この国の神はなんて残酷なのだろう____ 小説家になろうで完結したので、こちらでも掲載します。 誤字等は後に修正していきます。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

処理中です...