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告知あります
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赤く光る目さえなければ、そいつはふつうの背広を着た中年男性だった。
「わたしを呼び出したのはあなたですか」
「そうだ。ゆえに太古からの盟約により、おまえはわたしの願いをかなえなければならない」
「ええ、わかってますよ。呼び出されたからにはあなたが主人ですし、その魔法円のなかにはわたしの力はおよびません」
魔法円のなかの男は中年を過ぎかけたくらいで疲れ切った顔をしていた。この悪魔を呼び出すために人生と財産の大半をささげたのだった。
悪魔は呼び出した者の願いをひとつだけかなえ、その代償として今後は今回使った魔法円の効力がなくなる。魔法円に使える言葉や文字や材料の組み合わせは有限なので、呼び出した人間の願いをかなえるたびに悪魔は自分の力の届かない魔法円の数を減らすことができる。そして、いずれはどんな魔法円にも妨害されることがなくなり、完全な自由を手に入れられる。
そうなった悪魔がなにをするのか、それは男にはわからなかったし、知ろうともしなかった。今まで悪魔を呼び出した者もそんなことは気にしなかった。自分の願いさえかなえられればいい。
「それでは、わたしの願いだが……」
「あ、ちょっと待ってください」
「なんだ、わたしには逆らえないはずだが」
「それはそのとおりですが、わたしども悪魔は神との約定もありまして、願いを聞いてかなえる前に告知をしておかないといけません」
男は驚いた。悪魔についてのどんな資料にもそんなことは記録されていなかった。これはなにかの罠なのだろうか。それによってはあらかじめ考えておいた願いを変えなければならない。
「よし、その告知とやらをいってみろ」
「はあ、二つあります。一つ目は願いをかなえる前に、それがかなったときの負の側面を指摘します。その上で本当にその願いを実現させるかどうかはあなたが判断します。二つ目はあなたのすべての願いをかなえられるわけではありません。他人の生死を直接操作するとか、宇宙の終わりなど神の管轄にあたるような願いはだめです」
「なるほど、それはそうだろうな。しかし、わたしの生死に関する願いはいいんだろ」
「もちろんです。あなたの願いですから、あなた自身の生死についてはかまいません」
悪魔はかすかな笑みをうかべた。男はとりあえず以前から考えていた願いを口にした。
「なら、不老不死だ」
「わかりました。では、その負の側面を指摘します。不老不死の人間はいずれそのことが露見し、あやしまれ、他人のねたみをかう可能性があります。それでもいいですか」
「隠し通すさ」
「無理でしょう。今でさえ高度な情報化社会になっています。個人についての情報を隠すことは今後ますます困難になるでしょう」
男は考えてみた。たしかに悪魔の言うとおりだ。秘密はいずれあきらかとなる。不老不死という秘密は魅力的すぎる。わたしはひどい目にあうかもしれない。それこそ死んだほうがましというような目に。
「不老不死はやめておいたほうがいいかもしれないな。ならば金だ」
「はい、現金や貴金属、宝石類、美術品などの換金性の高い品物、なんでも結構です。しかし、まず指摘しておきます。出所を証明できない金品はあなたをたいへん困った状況におくかもしれません。また、仮にうまくいったとしても、多量の金品が社会に流れると経済を混乱させ、めぐりめぐってあなたに悪影響があるかもしれません」
「それなら、なにもないところから金品を出現させるんじゃなくて、すでにあるものをもってこい」
男はいらだってあまり考えずに言い返した。
「そうした場合の負の側面についてはあえて言う必要はないと思いますが」
男はちいさくうなった。悪魔は常に冷静だった。
「ならば女性だ。わたしと相性がよく、おたがいに愛しあえる女性だ」
「結構です。そういう女性とつきあえるようにすることはできます。しかし、その後はわかりません。残りの人生であなたや相手が心変わりしないという保証はできません。永遠の愛は空想のなかだけです」
「嫌な奴だな。願いをかなえる気はあるのか」
「ありますよ。今までの願いだってすぐにかなえます。わたしがしているのは負の側面の指摘であって、願いを拒否しているのではありません。実現させるかどうかはあなたがきめてください」
「わたしがまったくなにも願わなければどうなるんだ」
「わたしは帰ります。願いをかなえなかったのでその魔法円の効力は残ります。それは残念ですが」
男は考え込んだ。もう一回呼び出すだけの時間も資金もない。このことを公表してほかの誰かにこの権利をゆずってやる気もない。こんなことなら悪魔を呼び出そうなどとせずにまじめに働いて貯金していたほうがよかった。なにか危険の少ない願い事はないのか。そうだ、危険を減らすという方向から願いを考えればいい。
「よし、では、わたしは今後地道に努力して働くから、それに見合った正当な報酬を確実に受け取れるようにしろ」
「申し訳ありません。それはできません」
「なんだと、なぜできない」
悪魔が拒否したことに驚いて思わず声を荒げた。
「それは幸運の女神の管轄です」
了
「わたしを呼び出したのはあなたですか」
「そうだ。ゆえに太古からの盟約により、おまえはわたしの願いをかなえなければならない」
「ええ、わかってますよ。呼び出されたからにはあなたが主人ですし、その魔法円のなかにはわたしの力はおよびません」
魔法円のなかの男は中年を過ぎかけたくらいで疲れ切った顔をしていた。この悪魔を呼び出すために人生と財産の大半をささげたのだった。
悪魔は呼び出した者の願いをひとつだけかなえ、その代償として今後は今回使った魔法円の効力がなくなる。魔法円に使える言葉や文字や材料の組み合わせは有限なので、呼び出した人間の願いをかなえるたびに悪魔は自分の力の届かない魔法円の数を減らすことができる。そして、いずれはどんな魔法円にも妨害されることがなくなり、完全な自由を手に入れられる。
そうなった悪魔がなにをするのか、それは男にはわからなかったし、知ろうともしなかった。今まで悪魔を呼び出した者もそんなことは気にしなかった。自分の願いさえかなえられればいい。
「それでは、わたしの願いだが……」
「あ、ちょっと待ってください」
「なんだ、わたしには逆らえないはずだが」
「それはそのとおりですが、わたしども悪魔は神との約定もありまして、願いを聞いてかなえる前に告知をしておかないといけません」
男は驚いた。悪魔についてのどんな資料にもそんなことは記録されていなかった。これはなにかの罠なのだろうか。それによってはあらかじめ考えておいた願いを変えなければならない。
「よし、その告知とやらをいってみろ」
「はあ、二つあります。一つ目は願いをかなえる前に、それがかなったときの負の側面を指摘します。その上で本当にその願いを実現させるかどうかはあなたが判断します。二つ目はあなたのすべての願いをかなえられるわけではありません。他人の生死を直接操作するとか、宇宙の終わりなど神の管轄にあたるような願いはだめです」
「なるほど、それはそうだろうな。しかし、わたしの生死に関する願いはいいんだろ」
「もちろんです。あなたの願いですから、あなた自身の生死についてはかまいません」
悪魔はかすかな笑みをうかべた。男はとりあえず以前から考えていた願いを口にした。
「なら、不老不死だ」
「わかりました。では、その負の側面を指摘します。不老不死の人間はいずれそのことが露見し、あやしまれ、他人のねたみをかう可能性があります。それでもいいですか」
「隠し通すさ」
「無理でしょう。今でさえ高度な情報化社会になっています。個人についての情報を隠すことは今後ますます困難になるでしょう」
男は考えてみた。たしかに悪魔の言うとおりだ。秘密はいずれあきらかとなる。不老不死という秘密は魅力的すぎる。わたしはひどい目にあうかもしれない。それこそ死んだほうがましというような目に。
「不老不死はやめておいたほうがいいかもしれないな。ならば金だ」
「はい、現金や貴金属、宝石類、美術品などの換金性の高い品物、なんでも結構です。しかし、まず指摘しておきます。出所を証明できない金品はあなたをたいへん困った状況におくかもしれません。また、仮にうまくいったとしても、多量の金品が社会に流れると経済を混乱させ、めぐりめぐってあなたに悪影響があるかもしれません」
「それなら、なにもないところから金品を出現させるんじゃなくて、すでにあるものをもってこい」
男はいらだってあまり考えずに言い返した。
「そうした場合の負の側面についてはあえて言う必要はないと思いますが」
男はちいさくうなった。悪魔は常に冷静だった。
「ならば女性だ。わたしと相性がよく、おたがいに愛しあえる女性だ」
「結構です。そういう女性とつきあえるようにすることはできます。しかし、その後はわかりません。残りの人生であなたや相手が心変わりしないという保証はできません。永遠の愛は空想のなかだけです」
「嫌な奴だな。願いをかなえる気はあるのか」
「ありますよ。今までの願いだってすぐにかなえます。わたしがしているのは負の側面の指摘であって、願いを拒否しているのではありません。実現させるかどうかはあなたがきめてください」
「わたしがまったくなにも願わなければどうなるんだ」
「わたしは帰ります。願いをかなえなかったのでその魔法円の効力は残ります。それは残念ですが」
男は考え込んだ。もう一回呼び出すだけの時間も資金もない。このことを公表してほかの誰かにこの権利をゆずってやる気もない。こんなことなら悪魔を呼び出そうなどとせずにまじめに働いて貯金していたほうがよかった。なにか危険の少ない願い事はないのか。そうだ、危険を減らすという方向から願いを考えればいい。
「よし、では、わたしは今後地道に努力して働くから、それに見合った正当な報酬を確実に受け取れるようにしろ」
「申し訳ありません。それはできません」
「なんだと、なぜできない」
悪魔が拒否したことに驚いて思わず声を荒げた。
「それは幸運の女神の管轄です」
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