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一、妊婦
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めずらしく仕事がさっと片付いた。どうしようか迷ったが、週末ではないし、飲みに行かずにおとなしく帰ろうと決めた。それで、いつものよりだいぶ早いのに乗った。
この時間の地下鉄は、スーツとカジュアルが半々くらいで、車内には鮮やかな色が見られる。
途中の駅でお腹の大きい女性が乗ってきた。席を譲る。
「いいえ、すぐですから」
「いや、どうぞどうぞ、うちのもそろそろで、立ってると腰にくるって言います。ちょっとでも」
そこまで言うと、その妊婦は頭を下げて座った。こちらを見上げて微笑みながら話しかけてくる。
「わたしは再来月ですが、いつですか」
「来月です」
「お名前はもう?」
「いえ、まだ迷ってます。妻の実家に伝わる名前があるんですが、ちょっと古めかしくて。ほかの候補も考えてて」
駅にすべり込み、窓の外が明るくなった。妊婦は頭を下げ、元気なお子さんが生まれるといいですね、と言いながら降りた。
それからまた座った。発車の振動が伝わってきて、窓が暗くなった。メールを確認しながらさっきの出来事を思い返す。
私はなぜこうなのだろう? 嘘をつく必要なんかないところなのに、とっさに話をこしらえてしまう。子供なんか生まれないのに。いや、結婚だってしたことないのに。家に帰って最初にするのは灯りのスイッチを入れることなのに。
あくびが出た。
この時間の地下鉄は、スーツとカジュアルが半々くらいで、車内には鮮やかな色が見られる。
途中の駅でお腹の大きい女性が乗ってきた。席を譲る。
「いいえ、すぐですから」
「いや、どうぞどうぞ、うちのもそろそろで、立ってると腰にくるって言います。ちょっとでも」
そこまで言うと、その妊婦は頭を下げて座った。こちらを見上げて微笑みながら話しかけてくる。
「わたしは再来月ですが、いつですか」
「来月です」
「お名前はもう?」
「いえ、まだ迷ってます。妻の実家に伝わる名前があるんですが、ちょっと古めかしくて。ほかの候補も考えてて」
駅にすべり込み、窓の外が明るくなった。妊婦は頭を下げ、元気なお子さんが生まれるといいですね、と言いながら降りた。
それからまた座った。発車の振動が伝わってきて、窓が暗くなった。メールを確認しながらさっきの出来事を思い返す。
私はなぜこうなのだろう? 嘘をつく必要なんかないところなのに、とっさに話をこしらえてしまう。子供なんか生まれないのに。いや、結婚だってしたことないのに。家に帰って最初にするのは灯りのスイッチを入れることなのに。
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