夜這いは王子のお好きなように

はちみつスフレ

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月下の二人

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 ランスロットの執務室を出たシルヴィは、外で待機していたリカルドと話します。ランスロットが落ち着きを取り戻し、公務に戻ったと伝えるのです。

 「殿下は続きのご公務をされると仰っています。あと、お茶をご所望です」

 「シルヴィウス、ありがとう。それではそのように侍女に伝えよう」

ランスロットの落ち着きにリカルドも安心し、それを見届けたシルヴィは自分の部屋へと帰って行くのでした。

 そして、夜。ランスロットの言う通りに彼の部屋まで行くことにしたシルヴィは、例の隠し通路を通っていました。小さな扉を開け、ランスロットの寝室へとやって来たのです。しかし、部屋にランスロットは見当たりません。しばらく待っていると、天井からランスロットの声が聞こえて来たのです。

 「シルヴィ、ちょうどいい時間に来たな」

天井の僅かな隙間から顔を覗かせたランスロットにシルヴィは驚き、何処にいるのかを尋ねます。

 「お前も上がって来い。今、梯子はしごを下ろす」

ランスロットはそう言って、その隙間から縄製の梯子はしごを下ろし、シルヴィに登って来るよう指示します。枕とシーツも持って来るよう伝えるのです。天井裏に部屋があったなんて初めて知ったシルヴィは、驚くばかりです。

 「こんなところに隠し部屋があったなんて、知りもしませんでした」

 「そうだろう。俺の曾祖父ひいじい様が、王太子だった頃に作られた隠し部屋だ」

着いたところは、大人2人がやっと過ごせる小部屋でした。外からは何かの明かりが漏れています。ランスロットは「よく見とけよ」と言って、小部屋の隅にあった回転式の取っ手をぐるぐると回し始めました。すると、その小部屋の天窓が開き始めたのです。空には満点の星と大きな満月が輝いていました。

 「何という…美しさなのでしょう…」

シルヴィは展望台となったその小部屋に驚きつつ、また夜空の見事な輝きにも感動を隠せません。

 「今日は満月だから、お前と『月光浴』をしようと思ってな」

月の光を浴びて癒されようと言うランスロットに、シルヴィも喜んで賛成します。しかし、ランスロットから素っ裸になることを勧められるのです。「裸で浴びないと意味がないだろ」という彼に、恥ずかしながらもシルヴィも服を脱いでいくのです。そして、持ってきたシーツを床に敷いて、枕を頭に、準備は整いました。

 穏やかな春の夜風に吹かれて、小さな小部屋に裸で横たわる2人。身体に降り注ぐ月の光が、その幻想的な夜をより深くしています。ランスロットは昼間自分が付けたシルヴィの両手首にある紐の跡を見つけ、そこに唇を触れていくのです。「痛かったか?」との問い掛けに、シルヴィは首を横に降ります。

 「俺の気持ちも考えろよ。儀式が終わったらお前はいないし、4人の男に囲まれて執務室に閉じ込められるし…」

 ランスロットはシルヴィに会えなかったこの数日間のことを語っていきました。

 「『クミンの焼菓子』だって、2人だけの秘密だったのに。昔、甘い物が嫌いな俺に、『滋養がある』と言ってお前が食べさせたのではないか」

はっと気付いたシルヴィは、ランスロットが怒った理由をやっと理解したのです。

 「あの夜お前と一緒にいたことを父上にも伝えたと言ったのに、どうして俺のところに来ないのかと苛立っていたし」

 「国王陛下は何と?」

 「『はらませるな』と。ただそれだけだ」

ランスロットは言い付けを守ることを条件に、今まで通りシルヴィと過ごしていいと父から許しを得ていたのです。

 「やっと会えたと思ったら、シャルロットの話しなんて、冗談じゃない」

シルヴィは申し訳なさで顔が曇っています。しょげてもいます。そんなシルヴィを見て少し言いすぎたと思ったのか、ランスロットは小さい頃の思い出話をしだしました。

 「お前は鹿肉も食べさせてくれたな。匂いが嫌いだと言ったらナイフで小さく切ってくれて、口に運んでくれて」

 「そんなことも、ありましたでしょうか」

 「お前が覚えてないだけで、俺はよく覚えている」

 「私が覚えているのは、殿下がキリーナの遣いの者を毛嫌いされていたことです」

 「お前が国に帰ってしまうのではないかと、いつも不安だったのだ」

ランスロットの言葉にシルヴィも思い出していくのです。キリーナの遣いがやってくると、いつもランスロットが前に出て追い払っていたことを。

 「私はあの国に必要のない人間なのです。帰るところなどありません。先日来た手紙には父に10番目の孫が産まれたと書いてありました。私の居場所はもうないのです」

 「ならば、ずっとここにいればよい」

ランスロットは横たわったまま、シルヴィになおも話しかけます。

 「お前は自分の境遇について話していたな。ならば俺もそうだ。一国の王子ではなく1人の男として生まれていたら、お前をさらって旅に出るのに」

シルヴィの顔を見つめたランスロットは、彼女の手をぎゅっと握り

 「世界はこんなに広いのに、俺たちはとても小さな縛りの中で生きている。もっと自由にお前と生きていたい。どうしてただ1人の男として生まれなかったのかと、毎日思う」

と、打ち明けたのです。その言葉にシルヴィも自然と涙が溢れてきました。自分が置かれた境遇に悩んでいたのは、ランスロットも同じだったのです。

 お互いの気持ちを分かち合った2人。しっかりと抱き合う彼らに、月の光はただ優しく揺らいでいくのでした。
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