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束の間の休息

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 シルヴィは久しぶりに静かな朝を迎えていました。エルブン神官から自室で待機するよう指示が下り、しばらくは自分の時間を過ごそうと思っていたのです。しかし、昨日のランスロットの「明日からまた仕えよ」の一言も気になっていました。シルヴィはベッドから起き上がり、まずは落ち着いて湯浴みをすることにしたのです。そこへ「コンコンコン」と、部屋をノックする音が聞こえてきました。

 「おはようございます、シルヴィウス様」

 現れたのは侍女のカロリーナ。代々貴族という由緒ある家柄に生まれた少女です。まだ行儀見習いである彼女もまた王家に仕えるべく、この城に勤める人間の世話係として働いていたのです。

 「エルブン様よりご病気だと伺いました。お加減はいかがでしょうか?」

心配そうにじっとシルヴィを見つめるカロリーナに、

 「おはよう、カロリーナ。小さな看護師さん。私は大丈夫。心配しないでください」

と、シルヴィはにっこり微笑んで優しく答えるのです。ところが、

 「あら?その痣はいかがなされたのです?赤くなっていますわ」

カロリーナが指摘したのはシルヴィの首筋です。昨夜のランスロットのキスの跡でした。焦るシルヴィでしたが、まだ幼いカロリーナにはその跡が何のことかわかっていません。「虫に刺されたのでしょう」と誤魔化すのです。

 「それよりカロリーナ、湯浴みをしたいのですが、浴室は空いていますか?」

 「どなたもいらっしゃいませんわ。お湯を張ってまいります」

 「いえ、いいのです。自分でします。朝食は食堂で食べます。その旨調理場へ伝えておいてください」

カロリーナは「かしこまりました」とおじぎをして、食堂へと向かって行きました。

 浴室で裸になったシルヴィはとても驚きます。ランスロットのキスの跡は、カロリーナが指摘した首筋だけではなく胸や背中、そして、太ももの付け根にもあったのです。シルヴィは浴槽に浸かりながらその跡を見つめていました。激しく過ごした熱い夜のことを思い出して、心が切なくなっていくのを感じていたのです。以前の『王太子とその護衛』という関係に戻りたいと、深く思いを巡らせていくのでした。

 湯浴みを終えたシルヴィは食堂へと向かいました。テーブルについていたのは皆王家に仕える貴族達です。

 「シルヴィウス、体調を崩したと聞いたが、起きてて大丈夫なのか?」

声を掛けてきたのは、騎士団長であるリカルドです。大変優れた能力を持つ彼は、若いながらもすでに爵位を授かり、城内でも熱い信頼を寄せられている人物でもあります。

 「リカルド様、ご心配おかけして申し訳ございません。大したことはありません。少し休んでまたお仕えします」

 「そのことなんだが、シルヴィウス。其方そなたがしばらく休むというので、王太子付きの護衛が私になったのだ。先程エルブン神官から話があった。護衛は私を含めて4人になる。長年殿下に仕えていた其方そなたには敵わぬが、我らも同じく研鑽を積んできた者。安心して休むといい」

 衝撃的なリカルドの説明に、シルヴィは自分の居場所がなくなったことを悟りました。複雑な思いでしたが、自分を労ってくれている彼の手前、「有り難き幸せ」と膝を折って礼に尽くすのでした。

 朝食を済ませたシルヴィは、自室で過ごすことにしました。本を読んだり、剣の手入れをしたり、祖国キリーナからの手紙に返事を書いたりと、今までのことを全て忘れるかのように、何事もなく穏やかに過ごしていったのです。時折部屋を訪れるカロリーナとたわいもない会話をして、ただ静かに休息を楽しむことにしたのです。

 数日が過ぎ、ある日カロリーナと散歩をしていたシルヴィは、城内の東屋で侍女達と和やかにお茶を嗜むシャルロットを見かけました。

 彼女が『清らかな乙女』であったことは限られた者しか知りません。無論、シルヴィもその場にいたとはいえ、知らぬふりを貫かなければなりません。

 (…ご挨拶せず通り過ぎるのが無難だな…)

通り過ぎようとするシルヴィでしたが、向こうから侍女の1人がやってきたのです。シャルロット姫がお呼びであると、シルヴィの足を止めたのです。

 「シルヴィウス様、お呼び止めして申し訳ありません。あなたの姿を見かけたものだから、つい」

シャルロットはシルヴィに話しかけると、椅子に腰掛けるよう即しました。丁重に断るシルヴィでしたが、筆頭侍女の「お話が」という耳打ちに、仕方なく座ることにしたのです。カロリーナはシャルロットの侍女達と一緒に、花冠を作って無邪気に遊んでいます。

 「その、シルヴィウス様、お話と申しますのは、王太子殿下のことですの」

予感が的中したシルヴィの胸はドキドキとして落ち着きがありません。どんな話が飛び出るかわからないからです。

 「いかがなさいました?」

平静を装い、シャルロットの話を聞くシルヴィ。するとシャルロットも落ち着いて話をし始めるのです。

 「実は、殿下から贈り物を頂戴しまして。大変美しい羽根飾りのついた帽子や、扇などを…。お礼がしたいのですが、殿下のお好きなものは何でしょうか?甘いものはお好きなのでしょうか?」

シルヴィはシャルロットの言葉に凍りつきました。あの無愛想なランスロットが女性に贈り物をするなど、今までなかったことです。ということは、ランスロット側もシャルロットをお妃候補として認めているということになります。

 (やはり、そうなのだな…)

シルヴィはうつむき、少し考えました。現実を受け止めるよう冷静になるためでもあったのです。

 「シルヴィウス様?いかがなさいました?」

 「姫君、なんでもありません」

気を取り直したシルヴィは続けます。

 「ご心配なさらず。シャルロット様が差し出したものなら何でも受け取って下さるでしょう。ただ、王太子殿下は甘い物はあまりお好みではありません。ですが、クミンの焼菓子だけはお好きでよくお茶の時間にご所望されます」

それを聞いたシャルロットはとても穏やかな笑顔を浮かべ

 「そうでしたか、やはりあなたに相談して良かった。早速用意することにします。シルヴィウス様、ありがとうございます」

と、シルヴィに感謝するのです。話が済んだシルヴィは「それでは」と、出されたお茶を一口で飲んで、カロリーナを連れて帰ることにしたのでした。

足早に帰るシルヴィの様子に、カロリーナも気付いていましたが、きっと体調が悪いせいだと考え、それ以上深く思わないのでした。

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