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「よう、何分待たせれば気が済むんだ? 俺は侯爵なんだぞ?」
「お待たせしてしまい申しわけありません。最低限の身嗜みは整えたうえでご挨拶するのが礼儀かと……」
「言いわけなんていらんよ。伯爵令嬢である以上、毎朝身嗜みくらい整えて来客が来ることを想定してもいいだろう」

 デルム侯爵の言い分はわからなくもない。
 普段だったら私もそのようにしている。
 だが、今日は本当に部屋から一歩も出ずに大人しくしているつもりだったのだ。
 悔しいが、こればかりはなにも言い返せなかった。

「大変申しわけありません。以後、気をつけます」
「そうそう、それで良いんだ。それに、俺の嫁になるんだからありがたく思うんだな」
「嫁……?」
「おまえ、レオルドと喧嘩しただろ?」
「え……? どうして……」
「王都で俺が知らないことはないんだよ! おまえが昨晩、泣きながら公爵邸から出てこの家に走っていく姿を目撃しているんだ」

 まさか夜中だというのに見られていたとは……。
 だが、どうしてデルム侯爵が公爵邸に張り付いていたのだろうか。
 ともかくバレている以上、隠すことはできないだろう。
 正直に愛人関係が終わったことを話した。

 デルム侯爵は笑顔になってゲラゲラと声に出して喜んでいた。
 私がどんな気持ちなのかも知らずに……。

「レオルドと愛人関係である以上、今まではおとなしく引き下がっていた。だが、終わったのであれば今度こそ俺の婚約者になるのだ」

 私は返答に言い淀んでいる。
 もしもここで『はい』と言ってしまえば、理不尽であっても婚約が決まってしまう。

 少しでも抵抗をしておきたかった。
 デルム侯爵は、私がなかなか返事をしないから徐々に苛立ちをみせてきた。

「あらかじめ言っておく。お前が俺のことを避けていることも知っている。だが、俺はおまえなどを愛することはない」
「でしたら、無理に婚約しなくとも良いのでは」
「生憎だな。お前が王都の中では一番マシなんだよ。伯爵令嬢としてだが。俺との子を産み、立派な後継を育てるのだ。あとは勝手にしていい」

 デルム侯爵から愛されることはないとわかったものの、彼の発言がどこまでが本当なのかがわからない。
 嘘をつくことで有名でもある。
 本人だけが、嘘を貫き通せていると勘違いしているのだ。

「まさか、俺の言うことを疑っているのか?」
「デルム様との子を授かったあとは、お飾りとしているだけでよろしいのですね?」
「あぁ。わかったら、さっさと俺の家に来い。色々と覚えてもらわなければならないからな」
「そ、そんな……。まだなんの準備もできていませんし」
「大丈夫だ。今日のところはまだ子作りはしない。そんなことよりも、俺の嫁になる以上は絶対に覚えておいてもらわなければならないことがある」

 噂どおり、いや、噂以上かもしれない。
 身勝手で強引かつ人を道具としてしか見れていないお方だった。
 逆らってばかりでは、この先が余計に大変なことになりそうだ。
 侯爵邸へ行くだけだと言っているわけだし、素直に従うことにした。
 仮に嘘であって、私がめちゃくちゃにされたとしても、いずれそうなってしまう。

 割り切るしかない。

「承知しました。参りましょう……」
「俺に感謝するんだな。お前たちが言うことさえ聞けば大金持ちになるんだから」

 デルム侯爵は、勝ち誇ったような表情を浮かべて椅子から立ちあがる。
 私はため息をはきたい気持ちを抑えて、作り笑みで対応した。

 ♢

「すごい……」
「そうだろう! 俺の実績でここまで増設できたんだ」

 おそらく王都の中で一番広い固有敷地。
 本邸の他に家が数軒建てられていて、広い庭にはオシャレに噴水が噴き出ていて、そこから川が流れている。
 流れた先には畑や果樹園があり、侯爵邸だけで自給自足生活ができてしまうのではないかと思うほど……。

「デルム様が侯爵になってから、この屋敷も数倍の規模になりましたね」

 だが、ここまでの大富豪になるためにどれだけの犠牲を払ってきたのかと思うと、居た堪れない気持ちになる。

「世の中、金が全てだ。いかに愚民どもから効率よく金を回収するかで、これだけの規模の家にすることもできるんだよ。俺の両親は割り切りができないから大したこともない稼ぎしかできなかった……」
「でも、デルム様のご両親は民衆からも人気がありましたよね。事故で亡くなってしまって惜しむ声を聞きましたよ」
「ふん……。人気などどうでも良い。おまえにも俺の金稼ぎには協力してもらう」

 私はこれからどうなってしまうのだろう。
 不安しかない状態で、侯爵邸の本邸へ入る。
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