Little Devil’s Mythology~小さな悪魔の誰も知らない神話~

天乃クサナギ

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プロローグ 滅亡

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 そこらじゅうから、悲鳴が聞こえてくる。
 そこらじゅうから、懺悔ざんげの声が聞こえてくる。
 そこらじゅうから、咆哮が聞こえてくる。
 ここは地獄か。彼・・・・・・グランは思わずそう思った。そう思わずには居られなかった。
 あちこちから火の手が上がり、そこら辺に沢山死体が転がっている。
 もはや、赤色を見すぎて血なのか火なのか分からない。
 もう見飽きて、何も感じなくなってしまった。
 これが・・・・・・・・・地獄。いや寧ろ・・・・・・・・・

 「これこそ・・・・・・・・・本来あるべき姿・・・・・・なのかもしれないな」

 もはや歩く気力すら無くなり、その場に立ち尽くす。すると、不意に体がフッ、と宙に浮いた。
 そのままグランは抱えられて、空中を移動する。

 「馬鹿グラン死にたいのか!」

 「兄さん・・・・・・・・・・・・」

 グランの体が空中を移動している原因は彼の兄だった。グランの兄「カイル・ステイシア」は、この都を守っている組織・・・・・・「守護警備隊」に属していた。このように空を飛んでいるのは、守護警備隊の装置・・・・・・「第二煌型滑空飛翔機」、通称「飛翔機」のお陰だ。グランも以前カイルに誘われて使ってみた事があったが、全くと言って良いほどに出来なかった。

 「都に怪物モンスターが攻め込んできたんだ。もう守護警備隊も全滅に近い」

 「兄さんは、どうしてここに?警備隊の仕事は?」

 「言っただろう。警備隊はほぼ全滅だ、もはや居ても意味がないのだから、家族の元に行くのは当然だろう。母様と父様は?」

 「死んだよ。屋敷にいた人は全員死んだ」

 炎龍の火球が直撃したのだから当然だ。
 本来、それで生きていたグランの方が異常、異質と言われるだろう。

 「ッ!  そうか・・・・・・・・・・・・」

 この地獄っぷりだ。おそらく、別の場所にいる妹も既に手遅れだろう。果たして生きていても、五体満足でいられるものだろうか・・・・・・・・・。

 「なら、俺たち兄妹だけでも生き残ろう。きっと、この地獄から抜け出すんだ」

 それが不可能に近いという事は、カイルだって分かっているはずだ。空高く悠然と飛翔している飛龍どもに、地を駆けて虐殺を繰り返す地龍。
 もはや、逃げ場など無いも同然だ。
 ここに来てグランの感情は冷たく、澄み渡っていた。
 周りがよく見える。たった今、恐竜種のグラステゴに噛みちぎられた女性の恐怖の表情や、グララプトスから逃げている・・・・・・・・・・・。
そこで、グランの視線がとある一点に固定された。

 「兄さんそこだ!シエラが逃げてる!」

 「何!?よく見つけた!」

 半ば諦めていたが、逃げている妹を見つけた彼は咄嗟に叫んでいた。どうやら、彼にもまだ妹を助けたいという心は残っていたようだ。
 飛翔機の進行方向を変え、グランとカイルは妹であるシエラの方へ向かった。
 グランは兄さんの腕から離れると、シエラに駆け寄りその身体を抱き寄せた。

 「お兄様・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・生きていて良かった。後は、カイル兄さんに任せよう」

 「・・・・・・・・・・・・・・・はい」

 そうしてグランは、彼らとグララプトスの間に割り込んだカイルを食い入るように見つめた。

 「悪いが、加減してやる余裕は無いぞ・・・・・・」

 そう言うと、カイルはその場で純白の刀身の太刀を取り出す。この一振りの名は「白華鏡」という刀だ。貴族家であるステイシア家に伝わる宝刀。ちなみに、グランはまだ触らせてもらっていない。
 妹であるシエラは触らせてもらったのに・・・・・・だ。

 「・・・・・・・・・・・・参る!」

 その声と同時に、カイルは地を蹴りグララプトスに接近する。同時にグララプトスもカイルに向かって突撃するが、彼は斜め前に転がって回避し、すぐさま起き上がると渾身の力で袈裟懸けに斬りつけた。

 「ギャァァァァァッッ!」

 斬られた痛みにグララプトスが声を上げるが、カイルは更に横に斬り、上に斬りあげ、休む間もなく追撃を続ける。
  連撃の終わりにグララプトスに刀を突き刺し、その刀を足場にしてグララプトスの背に飛び乗る。
  暴れ回るグララプトスにしがみつくと、ふところから大振りのナイフを取り出し、その背を我武者羅に斬りつけた。
 ナイフを振るうたびに血が飛び散り、カイルの頬に付くが、気にした様子もなく何度も何度も何度も何度も何度も何度も斬りつけた。
  だが、ついに腕に力が入らなくなってきたらしく、グララプトスの背から振り落とされてしまう。

 「くっ、もう少し傷を増やしたかったが・・・・・・」

 グララプトスは、カイルに向かって憎悪の目を向けた。どうやら、自分に傷を負わせたのが誰か分かっているらしい。
 カイルを殺すべき敵として見たグララプトスは自慢の脚力を活かして大きく跳躍し、上からカイルを狙ってきた。
  だが、彼は飛翔機のワイヤーをグララプトスに突き刺し、自らグララプトスに向かって行った。自ら飛んできたカイルに驚いたのか、グララプトスはなんの反応も出来なかった。カイルは上から来るグララプトスをよく見てタイミングを合わせ、すれ違いざまにその両の眼を斬り、視覚を奪った。
  視覚を奪われたグララプトスは上手く着地が出来ず、地面に叩きつけられ、叫びながらのたうち回っている。
 飛翔機により宙に舞ったカイルは、地面に這いつくばっているグララプトスを見ると、覚悟を決めたように下を見た。
  飛翔機のワイヤーを、グララプトスではなくそこから数ミリずれた地面に向かって突き刺した。
 そして、ワイヤーを巻くと同時に空気を吹き出す。それによって、普通に落下する以上の推進力とスピードを得たカイルは、更に体を回転させる事で、その皮膚を貫き通すほどの攻撃力を得た。
 そして、吸い込まれるようにグララプトスに向かって落ちた彼は、勢いをそのままに──その首を切り落とした。

 「・・・・・・ぷっはぁ!きっつ・・・・・・・・・練習と実戦は全然違うな。だからもっと実戦を経験させろって言ったんだよ・・・・・・・・・」

 グララプトスを殺したカイルは、緊張が解けたようにブツブツと呟きながら、こちらに歩いてくる。恐らくは初の実戦なのだろう、乗り越えた事による安心感は大きいはず。
 だが、ここは怪物が攻め込んできた事により、既に戦場と化しているのだ。
 ─────ここでは、一瞬の気の緩みが死に繋がる。
  ふと、巨大な影がカイルを覆い尽くすように現れた。
 それに驚いたグランは思わず上を見上げて──

 「───────ッ!」

 そこには、都が火の海と化した元凶が威圧的に、神々しく、そして優雅に浮遊していた。
 「炎龍」バーンリオン。この世界の空を支配する者の一つ。赤黒いその皮膚は人々に否応なく恐怖を覚えさせ、この辺り一辺では畏怖の象徴となっている。

 「兄さん後ろ───」

 「しま───」

 「飛翔機」を使ってその場から緊急脱出しようとするカイル。だが、この辺りの覇者である炎龍はそれ許すほど温い存在では無い。
 前方にワイヤーを引っ掛けて逃げたカイル。炎龍はそれを追うように、高速で飛ぶ。
 超低空飛行での鬼ごっこを始めるカイルと炎龍。翼の大きな炎龍が市街地で飛行した事により、多くの家屋は破壊されてしまった。
 だが、炎龍はそれを気にとめることもなく、彼を追う。
  そこでカイルは、前への移動から上への上昇に切り替える。恐らく、炎龍の視界から逃れるつもりだったのだろう。
 だが、その目論見は外れて炎龍は上へと逃れた彼を見逃す事無く追った。

 「くそ・・・・・・・・・・・・くそ!」

 上に逃げるカイルとそれを下から追う炎龍。
 だが、カイルは本来の飛翔機の適正高度を遥かに超える位置まで飛び上がっている。
 あの位置まで上がると、気圧の極わずかな変化により、飛翔機は上手く作動しなくなるらしい。
 当然、彼はそれ以上飛ぶことが出来なくなり落下し始める。
 カイルを追っていた炎龍は、落下に合わせてその口腔こうくうを広げる。落ちてくる彼を喰らうつもりなのか。
  だが、希望はある。もしかしたら落下した事により適正高度まで降りてきて、再び飛べるか、あるいは食べられる直前でどうにか・・・・・・・・・。

 「いや・・・・・・・・・希望なんて・・・・・・・・・・・・もうない」

 その言葉と同時に僕は下を向いた。
 上からバリバリという
 その音を聞きたくなくて今度は耳を塞いだ。すると、何か冷たいものが手に付いた。

 「あれ・・・・・・・・・赤い雨なんてあったっけな」

 頭では分かっているし、いちいち教えてもらう必要も無い。
 兄はたった今炎龍に捕食されている。耳を塞いでいる為に聞こえないがもしかしたら絶叫すらこの場に響いているのかもしれない。
 だが、グランはその事実を直視することが出来るほど精神は成熟していなかった。

 ***

 既に炎龍は飛び去った。破壊と殺戮を繰り返して満足したのだろう。
 当たりを見渡すとその破壊の残骸が残っている。
 燃え広がる炎。倒れ、破壊され尽くした家屋。
 もはや、都の復興は望めない。
 道には砕け散った透明なガラスが散乱している。グランは妹を引き連れてそのガラスを踏みしめて行った。
 もちろん散乱しているのはガラスのみではない。
 寧ろガラスよりも人の方が多い。引き裂かれたり、砕け散ったりした

 「なんで・・・・・・・・・こんな事になったんだろうな」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それは返事を期待した問では無い。
 ただの自問自答。どうすればよかったのか。どうすれば兄さんは死なずに済んだのか。
 どうすればこの都の人々は幸せに暮らせたのか。
 どうすれば、僕達は幸せに暮らせたのか。
 だが、考えても答えは出ない。答えなど無いのだ。
 それは運命。この星に生まれ、この場所に生まれ・・・・・・・・・人間として生まれた運命さだめ
 我らははその運命を、理不尽を受け入れなければならない。

 そこまで考えて、今度は唐突に怒りが湧き上がってきた。僕達が何をした。確かに人間は欲深く傲慢で怠惰で最低な種族かもしれない。だが、情や愛も同じくらいに存在する。それが人間だ。
 常にお互いを傷つけ、愛し、憎み、また愛す。
 それが、人間の生き方なのだ。
 断じてただ鳥籠の中で理不尽を甘受し、部屋の中の端っこでガタガタ震えているだけの臆病者ではない!

 「ならばは、自由という確かな一つの理想を掲げ、達成する為にこの星に存在する理不尽を一匹残らず消し去り、殺戮の限りを尽くす事をここに誓おう!」

 その瞬間、彼の中で何かが弾け飛んだ。そして襲ってくる、まるでこれまで溜まっていたうみが溢れだしてきたような感覚。
 だが、不思議と悪い気はしない。
 寧ろ本来の自分に戻ったような気さえする。
次いで襲ってきたのは猛烈な痛みだ。
 例えるなら全身の血管が腫れ上がって、血液が逆流しているような痛み。必死に唇を噛んで耐えているが、相当な精神力が無ければショック死してもおかしくないかもしれない。



 どれほどそうしていただろうか。気がつくと、グランは仰向けで天を見上げていた。だが、見えるのは都の全焼により、巻き上げられた灰によって灰色に染まった空と、妹の顔のみ。

 「お目覚めになりましたか・・・・・・?」

 これは、よくカイルが言ってた膝枕というヤツだろうか。なるほど確かに悪くない気もする。まぁ、他の女がこんなことをしようものならば、今すぐ勢いよく起き上がりその額に頭突きを繰り出してやる所だが。

 「なんとか・・・・・・・・・な」

 ゆっくりと状態を起こすと、そこは我が家・・・・・「ステイシア家」の倒壊した家の中だった。
 中と言っても天井が吹き飛んでいる為に、外も同然だが。

 「突然苦しみ始めたので、どうして良いか分からず、この家に運びました」

 どうやら、相当長い間苦しみ続けたらしい。我ながらよく耐えたと思う。今気付いたが、来ている服は汗でびしょ濡れになっている。汗も凄かったようで、今は異様に腹が減り、喉が乾いている。
 にしても、一体どうしてあれほどの痛みが襲ってきたのだろう。

 シエラによると、見た目は多少変化したらしいが、それ以外特に変わったことは無い。
 その時に、なにやらシエラの言い方がというか、態度がおかしかったのが気になるが、それはあえて触れなかった。


 「お兄様。この後、私たちは一体どうすれば・・・・・・」

 「よく分からない。が、一先ずここは離れよう。死体を漁りにアイエナどもがやってくる。それぞれ必要な物を用意したら直ぐにここを出る」

 「分かりました」

 ***

 グランは自分の部屋に行き、必要なものをかき集めていた。まず間違いなく、この先はしばらくサバイバルをする事になるだろう。ならば、ナイフは幾つあっても困らないし、布なども必要だろう。
 彼の兄が、困った時ように作っていたサバイバルの本も使えるかもしれない。
と、その本を手に取った瞬間、ふとこの家の地下室の事を思い出した。
 このステイシア家には、絶対に入っていはいけない秘密の部屋というものがある。
 貴族の家に生まれたこともあり、彼ら兄妹はかなり不自由なく暮らしていたが、その部屋にだけは絶対に入ってはいけないと言われていた。
 もはや、諦めていたが。

 「今なら・・・・・・行けるか」

 必要な物を揃えたグランはその地下室に向かった。
 鍵は錆び付いていたが、炎龍が暴れ回った衝撃によって扉は壊れている。
 これなら開けられそうだ。そう思って扉に恐る恐る手をかける。そして、ゆっくりと押すと、ギイイィィ・・・・・・という不気味な音を立てて扉は開いた。
  部屋の中には、予想を裏切る光景が広がっていた。ほとんど何も無かったのだ。壁は白く塗られ、窓もなければ家具の一つもない。
 あるのは、部屋の奥の謎の台座だけ。

 「なんだよこれ・・・・・・・・・何も無いじゃないか」

 だが、一縷いちるの望みをかけて、奥の台座へと歩みを進める。途中で何らかの変化があるかもしれないと期待したが、ついぞ何の変化もない。
 台座にたどり着くとそこには、絵の書かれた木の板があった。大きさは様々で、形は三種類ある。
一つは、扇形おうぎがたの木の板で合計八枚ある。
 一つは、二等辺三角形で、底辺を弓なりに反らせたような形、合計八枚だ。
 一つは、シンプルな長方形で、枚数は一つ。

 これを並べろ、と言うことだろう。
 どのように並べろなどの指示が無いため分かりにくいが、この形と枚数は恐らく・・・・・・・・・

 「黄金比・・・・・・・・・・・・か」

 ならば話は簡単だ。適当に並べて自分の美しいと思う場所に板を置けばいい。
 黄金比とは、人が無意識に綺麗だと感じる場所なので、こうすればこのパズルは解ける。
 木の板を使って黄金比を作り上げると、台座が床に沈み込み始めた。何らかのカラクリだろう。
 この手の物はグランは苦手なのでよく分からないが。
 沈み込み始めた台座に飛び乗ると、台座は彼を乗せたまま、地下のさらに地下へと向かう。

 ***

 着いた所は、狭い小部屋だった。薄暗く、カビ臭い。
 少し歩くだけでホコリが舞うところから、しばらく誰も立ち入って居なかったのだろうと予測できる。
 そして、グランはアレルギーがあるのでくしゃみが多くて辛い。さっさと出ていきたいものだ。
 そう思って狭い小部屋を見渡す。すると、奥の方に何やら、人影が見えた。
 近寄ってみると、それは人ではなく、真っ黒な服を着た人形だった。長めの刀を二つ腰に指し、白い仮面を顔につけ、頭はフードで覆っている。
 グランは妹と違ってあまり衣服には詳しくない為、何という名称なのかは知らないが、服も全て黒で統一している。黒いコートに、ブーツなど仮面以外は全て黒だ。恐らく闇に潜む用なのだろう。
 だとすれば、戦闘用の装備である可能性が高いか。

 「秘密の部屋は、この装備を守る為にあった・・・・・・・・・のか?」

 だとすれば、これを持っていかない理由はない。
 そう思って、黒い装備を手に取ってみる。思ったよりも重い。丈夫ではありそうだ。
 装備の方は大丈夫だろう。仮面だけは、何故ここにあるのか分からなかったが。
 だが、問題は刀だ。彼は、刀はかなり物を選ぶ。
 相当に質の良いものでないと使いたくは無いのだ。
 と、思っていたが、それも特に問題は無かった。。自分でも信じられない程にしっくりくる。

 「マジか・・・・・・こんなにしっくりくる刀今までに無かったぞ」

 ついでに、装備一式も試してみようと思い、着ようとしたその時。装備の中から何かが落ちた。

 「なんだこれ・・・・・・ペンダント?」

 床に落ちたそれを拾うと、それはペンダントだった。紅い宝石が飾られている。おそらく、これは模造品の類いではなく、真に宝石だろう。
 彼の目が正しければルビーだ。

 「綺麗だな。なんでこんな高価な・・・・・・ん?」

 ルビーに触れていると、その部分が開いて鏡が現れた。小さいが確かに鏡だ。
 だが、そんな事はどうでもいい。
 問題は別にある。鏡の中からグランの見知らない顔が見返しているのだ。銀色の髪に、美しい端正な顔立ち。更には片目は紅く妖しく輝いている。
 恐らくは女性、それもシエラと同年齢程。

 「おいおい・・・そんなおとぎ話みたいな・・・・・・鏡の魔法とか言わないよな?」

 だがここで考えても分からない上、これ以上は時間を浪費したくはない。という事でひとまずこのペンダントと装備を持って彼はシエラの元へ戻った。

 ***

 シエラは既に準備を済ませ、玄関の所でグランを待っていた。流石は貴族家の女と言うべきか。
女は基本、準備にはかなり長い時間を取ると聞いていたのだが、シエラは違うらしい。

 「お兄様・・・・・・その手に持っている服は一体・・・」

 「あぁ。それに関しては後で話すよ。それよりも、このペンダントを見てくれ」

 ペンダントをシエラに手渡すと、シエラはひと目で宝石がルビーだと見抜いた。

 「綺麗ですね・・・・・・・・・・・・」

 「あぁ、まあ確かに綺麗なんだが、問題はそこじゃない。その中の鏡から見知らぬ女が見返しているんだ」

 「まさかそんなこと・・・・・・・・・・・・」

 そういうと、シエラは鏡を見た。
 だが、なんの反応もしない。何も反応せずじーっと見続けている。
 まさか、俺にだけ見えるとか言い出さないよな?と、若干の不安に駆られるグラン。

 「・・・・・・ちなみにお兄様。その女はどのような見た目でした?」

 「髪は長くて、銀色だった。あと片方の目が紅かった」

 すると、何やらシエラは唐突に天を仰ぎ始めた。
 額に手を当てて「あちゃー」と呟いている。
 何かあったのだろうか。少しして今度は恐る恐るグランの方を見る。

 「えと、大変言いにくいのですけど・・・・・・その女はお兄様です」

 一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

 「ん?どういう事?」

 その映っている女が俺?悪い冗談だ、そんな事があってたまるか。と、グランはまったく信じていない。
すると、明らかに信じていないグランをみて、シエラは自室から大きな鏡を持ってきた。それはそれは大きく、彼の全身が映るほどで、そこに映っていたのは・・・・・・

 「マジかよ・・・・・・・・・・・・」

 そこにいたのは、確かに先程の銀髪女だった。
 黒と紅の瞳でグランを見返している。
 彼は自分の頬を抓ってみた。すると、鏡の中の女も同じことをした。次にジャンプしてみた。それも体を捻って一回転してだ。だが、また女は同じ動きをする。
 ・・・・・・・・・・・・間違いないようだ。

 「これが・・・・・・・・・・・・俺?」

 「恐らく、先程苦しんでいる中でお兄様の体に何らかの変化が起きたのです。その際に、髪の色素が失われていき、こうなったのでは無いかと。その瞳についてはよく分かりませんが、仮説を立てるならば、より良く見るために瞳により多くの血を流している可能性があります」

 姿が変わったことについては特に問題はない。どうせ、もはや生き残りは少ないのだ。それ程人目を気にする必要も無い。
 だがこの世界では、銀髪は忌避の対象となっている。数百年前に何やら大変な事を起こした人物が銀髪だったらしい。

 「縁起悪いな・・・・・・・・・・・・」

 「私は気にしません!」

 必死に訴えてくるシエラ。だがその時、彼の頭に電球が光った。
 先程の装備にあった白い仮面とフード。あれはこの見た目を隠すのにかなり使える。
 人目を気にしなくていいとは言え、やはり他人の協力が必要な事もある。その為普段から姿を隠しておくに越したことはない。

 「どうだろう・・・・・・・・・?」

 「はい!とてもお似合いです!」

 これは顔を覆い隠す為、似合っているも何もない気がしなくも無いが、置いておこう。
 装備した感じはだいぶいい。上手く髪も顔も隠れている。
 全身黒ずくめでその上、仮面を被るという中々に怪しい見た目をしているが、悪くない。

 「ちなみに、この刀は「魔導一文字」と「闇蓮華」というそうです。どちらも失われた妖刀だったのですが・・・・・・・・・」

 「そんなものがどうしてこの家に・・・・・・・・・」

 謎は残ったが、今考えても分からないことばかりだ。
 色々な事があった。カイルの死についてはグランもシエラも敢えて触れていない。今触れると、誓いが揺らぐ気がするからだ。
 都は滅亡したし、それは恐らく他の国も同じだろう。人類は負けたのだ、怪物に。
 だが、それでもこの終末の世界で彼らはは生き残るだろう。なんとしても、この世界に我が物顔で跋扈ばっこし始める怪物どもを一匹残らず消し去ると、そう誓ったのだから。
 その為に、彼ら兄妹は共に先へ進む。
 
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