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番外編
千依と竜也4
しおりを挟む『タツさん! ちぃさんとの交際を公表されましたが、何かコメントをお願いいたします!』
『お互いのご両親に挨拶まで済ませていると伺いましたが、本当ですか!?』
『ご結婚の予定は!』
『あー……っと、皆さん早くからお疲れ様です。お騒がせしてます。彼女との件は先ほど送らせていただいた書面の通りです。どうか温かく見守って頂けると幸いです』
『ちぃさんとはいつからお付き合いを?』
『馴れ初めを教えてください』
『どちらから告白されたのですか!』
『あはは、すみません。さすがにこの歳で恋愛事情赤裸々に語るのは照れくさいので勘弁して下さい』
『タツさん!』
……想定の何倍もの大騒ぎだった。
運よく私は今日オフだったから家に籠ることに成功しているけれど、タツはそうはいかない。
タツの事務所前は記者でごった返し、多くのカメラとマイクを向けられ集中攻撃を受けている。
矢継ぎ早の質問に苦笑しながら、それでも穏やかに対応しているタツは流石だ。
一方の私は、その一部始終をテレビ越しで眺めて絶句していた。
「わ、私……これ、乗り越えられる、のかな」
思わず遠い目にもなってしまう。
とてもタツのように上手に対応できる気がしない。
ぐるぐると悩んでいると、ポンポンと肩を叩いて励ましてくれたのは真夏ちゃんだ。
「千依、大丈夫! あんたには千歳がいるから! 千歳が何とかしてくれるって」
「いや、何とかするけどさ。真夏、俺に対するフォローは?」
「え、でも千歳は大丈夫でしょ? 取材攻撃もベテランの域だし、経験豊富だし」
「たかだか一回程度でベテランになれないって。俺がトラウマレベルで参ってたこと真夏が一番知ってるだろ、俺達の結婚報道の時なんだし」
「あ、あはは! 頑張れ! 千歳の好物作って待ってるから! 私達の妹の一大事だし!」
「……全く、仕方ないなあ」
真夏ちゃんがお泊りに誘ってくれて本当に良かった。
昨日の週刊誌のことを千歳くんから聞いたらしく、おいでと提案してくれたのだ。
ちなみに萌ちゃんも昨夜心配して会いに来てくれた。
今日はお仕事だからと、そのまま泊まらず帰ったけれど。
「にしても、照れくさいから勘弁してくれ……ね。タツの奴、よくもまああんな嘘ペラペラ言えるもんだよね」
「……千歳、人のこと言えないと思うんだけど。けど、千依のとこもついに公認かー、長かったねここまで。案外ここから結婚までは早いんじゃない?」
「え、あ、た、タツは私の気持ちが追いつくまで待つって言ってくれたよ?」
「ちー、良い? 男はみんなケダモノで、タツなんてその最たる例で、あいつ今ガツガツちーの外堀埋めにかかってるからね。いくら好きな男でも信用しちゃ危ないよ?」
「へ、外堀? タツそんなにガツガツしてないよ?」
「……本当あの男タチ悪い。本人に気付かせずにやること全部やっちゃうとか信じられない」
「……千歳、何度も言うけどアンタ本当人のこと言えない。そっくりだよ、アンタ達」
相変わらず2人は仲良しだなあ。
軽口を叩き合いながらも、2人とも楽しそうにしている。
拗ねた千歳くんに呆れた顔を見せながらも、千歳くんの頭を撫でて宥める真夏ちゃん。
千歳くんは人に触られることをあまり得意としない人。
けれど真夏ちゃんにはいくら触られても嫌な顔をしなくて、いつも大人しく身を任せているように思う。
千歳くんにとって、それだけ真夏ちゃんは気を許せる相手ということだ。
見ているとほんわか温かい気持ちになれる。
結婚、夫婦。
私もタツと結婚したら、こんな風に温かな家族になれるんだろうか。
こんな、想像するだけで幸せになれるような関係に。
『タツさん! それじゃあひとつだけ、ひとつだけお答えください!! ちぃさんのどのようなところがお好きですか!?』
ふとテレビの向こうから、そんな声が聞こえた。
内容が内容だから、思わず視線と耳をそこに集中させてしまう。
『……温かいところです。一生懸命で愛情深くて、素のままの俺をいつも受け入れてくれるので』
照れたように笑ってそう言うタツ。
思わず正座していた私の顔は一気に熱くなった。
タツはよく私に触れてきて言葉をくれる人だけれど、それでもこういうことを聞く機会は多い方じゃないから。
……嬉しい。
タツがそうやって私のことを考えてくれていたこと。
いつも大事に大事に見守ってくれながら、誰よりも愛情を傾けてくれること。
私もそんなタツに見合う人間になりたいだなんて、そんなことを思うのはもう何度目だろうか。
「……ま、心底腹立つけどさ。でもちーを拾い上げてこんな顔させてくれる奴もあいつだけだからね」
「うん。それに私達の時だって千依はいつも応援して支えてくれた。今度は私達の番だよね」
「……だな」
「というか千歳ってさ、何だかんだ言ってあのおっさんのこと結構好きでしょ?」
「皆まで言わないでくれる? 俺自身、自分が許せないんだから」
「……素直に認めてやろうよ、本当あまのじゃくなんだから」
後ろの兄夫婦の声はその時にはもう耳に入ってなくて、ただただ一重に私はタツを見つめる。
頑張ろう。
相変わらず小さなことでも大きく悩んで、当たり前のことすら躓くような日々を送っているけれど。
それでも一歩一歩進めるように。
自分の足で立てるように。
「あ、ちぃさん! タツさんとの交際は順調でしょうか?」
「は、はい! お、おかげさまで」
「ちぃさんはタツさんのどのような所が好きですか!?」
「え!? え、え、えっと……」
「あー……、横から入ってすみません。けれどちーはこういうこと慣れていないので、どうかお手柔らかにお願いします」
「ならばチトセさん! チトセさんはタツさんをどう思っていらっしゃいますか?」
「あはは、決まってるじゃないですか。悪い虫です」
「あら、ではチトセさんは2人の交際には反対?」
「いいえ、していませんよ。大事にしてもらっているのは分かりますから」
オフ明けの仕事場への道。
取り囲むように現れたマスコミの人達相手に、私はやっぱり挙動不審だ。
けれど千歳くんのサポートもあって何とか乗り切ることができた……と、思う。
『千依、頑張ってるな。えらいえらい』
「あ、あのね、タツ」
『ん?』
「私は、タツのぐいぐい引っ張ってくれながらも鈍くさい私を待っていてくれる温かさが好きだよ」
『……っ、まさか見た? 俺が取材受けてるとこ』
「えへへ」
『うわ、勘弁して。さすがにそれは恥ずかしいって』
皆の前では言えない言葉はちゃんと本人に。
面と向かって会える機会は少なくとも、ちゃんと繋がっていると私は信じることができる。
そうやって一歩一歩、私は進んでいくんだ。
「タツ。きっと私、そう長くは待たせないから」
『……ん、楽しみにしとく』
優しい時間は、慌ただしい中でも続いていた。
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