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番外編
千依と竜也2
しおりを挟む私達が事務所に到着するのとほぼ同時に、タツ達も到着していた。
シュンさんやぼたんのマネージャーさん、広報担当の人までいる。
いつもとは少し違う緊迫した空気。
その原因が自分たちにあるのだと分かるから、なおさら私の体は強張ってしまう。
そんな雰囲気タツだって気付いているだろうに、いつもと変わらずほほ笑んで私のもとへと真っ直ぐやって来た。
「千依、お疲れ。大盛況だったって? 相変わらずすごいな」
「え。えっと、あ、ありがとう?」
「はは、まだ状況整理ついてない?」
「う……、ごめんなさい。けど、なんでタツはそんな落ち着いて」
「んー、まあそろそろかとも思ってたし」
ああ、こんな状況でも平静でいられるタツが羨ましい。
けれど、タツがこういう人で良かった。
だって私1人じゃパニックになったままだったはずだから。
タツはいつもどんな状況でも落ち着いていて、安心させてくれる。
ずっと隠してきた関係がいよいよバレたということは私にとっては大きな出来事で、正直不安は山ほどだ。けれど、タツのその声と表情だけで強張る体が溶けていく感じがする。
うん、やっぱり好きだなあ。
今置かれた状況と完全にかけ離れたお花畑の思考。
おまけに優しく頭なんて撫でてくれるから、なおさらほっと一息ついてしまう。
「……へえ、仕組んだわけ、タツ?」
ハッと我に返ったのは、千歳くんの声が耳に届いたから。
自分だけの世界に入ってしまっていた私は、その瞬間恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。
「酷い言い様だな、千歳。別に仕組んでないぞ、隠してもなかっただけで」
「……やっぱり確信犯だろ」
「まさか今さら反対とか言い出さないよな、千歳? お前頭良いもんな、どうなるのが一番か分かるだろ」
「……本っ当性格悪いよね、タツ。ちーに猫かぶってんのも腹立つ」
「失礼な、猫なんてかぶってない。あれはあれで素だ」
……話していることの意味がよく分からない。
相変わらず千歳くんもタツもその場の空気を読むのが上手で、こういう言葉のやりとりも上手だ。
もう少し成長できれば、いずれついていけるようになるんだろうか?
……もうしばらくは難しい気がする。
「あぁ、まあ、焦れたかあいつも。そりゃ30越えてりゃ気にもなるわな」
「やるな、タツ。あのシスコンやり手な千歳かわすとは、案外あいつ腹黒いんじゃねえのか」
「今さら何言ってんだ、藍。あいつは元来そういうの得意分野だろ、器用で人たらしなんだから。じゃなきゃあの曲者揃いのフォレストに選抜なんざされるか」
「大塚さんは本当人見抜く力異常だよな、分かんねえよ普通あそこまで爽やかな笑み浮かべてたら」
「……ま、確かにあいつの理性鉄壁だからな、お前が気付けなくても仕方ねえよ。早々に見抜いた千歳はさすがだな、若いころから鍛えた甲斐があったか」
後ろで大塚さんとアイアイさんも何やら難しい話をしていた。
おかしい、私も当事者なはずなのに全く話についていけない。
「チエ」
高度すぎる会話達にぐるぐる頭を回していると、私に声をかけてくれた人がいた。
振り向けば、そこにいたのはシュンさんだ。
「あ、こ、こんにちは!」
「こんにちは。大丈夫か、顔赤かったり青かったりしてる」
「その……情けないやら難しいやらで」
「気にしなくて良い。好き勝手言ってるだけだ、チエは悪くない」
淡々と、けれど優しくそう言ってくれるシュンさん。
この人は相変わらず大きな器をもった温かい人だと思う。
パニック状態の私に真っ先に気付いて声をかけてくれるシュンさんと話すと何だかほっとする。
タツとはまた別の意味で心が温かくなるんだ。
私にとって第二のお兄ちゃんのような感情を、勝手ながら抱いてしまっている。
「シュンさんにも、迷惑かけます……よね? ごめんなさい」
「チエは何も悪くない。謝る必要もない」
「で、でも」
「それに僕も近い将来きっと迷惑かける。お互い様だ」
「へ?」
「……少し、思い当たる節がある」
端的に伝えるべきことだけを言うシュンさんの言葉はたまに理解できないこともある。
けれど、シュンさんが私達を応援してくれているというのは伝わった。
表情があまり表に出てこない人だけれど、それでもわずかに感情によって変化はある。
シュンさんとももうずいぶん長い付き合いになるから、それが分かるようになった。
シュンさんの表情は今、とても穏やかだ。
思わず私の頬も緩む。
「ちょ、シュン。お前、なんでいつもおいしいとこ持っていくんだよ。俺の役割とるな」
「……彼女ほったらかして口喧嘩してる方が悪い」
「シュン、もっと言ってやってよ」
「……千歳もタツで遊ぶのほどほどにした方が良い」
……なんだかシュンさん、皆の保護者みたい。
賑やかで穏やかな雰囲気の中、私達は笑う。
決して笑える状況ばかりではないけれど、それでも今回はそこまで深刻な事態ではないと皆思ってくれているみたいだ。
会話の中からも私達に対するお叱りや非難は無くて「長かったな」「まあ頃合いか?」なんて声が聞こえてくる。
反対はされていないみたいだと、それだけは分かって少しほっとした。
「おや、皆集まってるね。遅れてすまない」
社長さんが現れたのはそれから多分5分も経っていなかったと思う。
事務所の比較的大きな部屋で関係者が一同に座れば少し緊張は増した。
「大丈夫」
気付いてくれたのは隣に座るタツだ。
そもそもこの状況で隣に座ることを許してくれているのが、本当にありがたい。
タツが横にいてくれるだけで少しだけ、冷静になれる。
机の下でそっと手を握ってくれるから、緊張で冷たくなって強張る体が少し緩む。
心臓はドキドキとやっぱりうるさいけれど、それでも安心できるのだ。
そうして私は真っすぐ顔を上げて、社長さんを見上げることに成功した。
社長さんはにこやかに笑んだまま頷く。
「ちゃんと人の目を真っ直ぐ見れるようになって何よりだ、千依。成長したね。だが、そんなに緊張しなくても良いよ。君たちにとって悪い話はしないから」
「は、はい」
「週刊誌の記事、少し見させてもらってね。見た感じ撮られた写真は過激でもないし、書かれた記事の文章も下世話なことはあまり書いていなかった。この程度なら、イメージダウンにはならないだろう。電話での話通りこのまま公表する方向で我々は考えていますが、そちらはどうですか?」
「ええ、こちらとしましても同様の意見です。ちぃさんならば好感度も高いですし、タツの年齢や経歴を見ましてもまあ良いタイミングなのではないかと。奏の10周年という節目に少々心苦しさはありますが」
「いえいえ、お気づかいいただかなくても結構ですよ。来年にいたっては海外公演を控えていますし、再来年はぼたんの10周年。おそらくいつでも何らかのイベントがあるでしょう、特段配慮すべきことではないと思います」
「そう言っていただけると助かります」
話し合いは双方意見が合致していたからか、とてもスムーズに進んだ。
懸念していた反対意見はなくて、話の軸はどちらかというとどうやって公表するかというその点のみ。
公表の仕方、公表後の対応、それから公認となった私達の対マスコミ、セキュリティについて。
細かな調整がかかった話も多く、分からない部分の話もあったけれど、少なからず私達の気持ちを尊重して話を進めてくれているのはきちんと分かる。
タツと顔を見合わせて頷き合った私は、タツと一緒に頭を下げた。
「ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします!」
社長さんもぼたんの事務所の人達も笑って返してくれる。
「さて、これからは私達の事務処理だ。明日から騒がれて中々会うのもままならなそうなことだし、今の内に話せること話しておきなさい。いつもの休憩室、空けておくから」
そして告げられるのはそんな言葉に、私達は目を丸くする。
だってまだ話の途中だ。
事前に聞いた話だと、関係各所に送る手紙も書かなければいけない。
「……良いんですか? 俺達の私情なので、対応は俺達でも出来る限りしますが」
「はは、君達はそういうところ真面目で有難いけどね。そっちの方はもう少し話が詰まったらお願いするよ。それにシュンの方もあるしね、こっちは少々時間がかかりそうだ」
「ああ、なるほど。それじゃあお言葉に甘えて」
「え、シュンさん? えっと……」
「社長すみません、俺はここ残ってて良いですか? 個人的に気になるもんで」
「千歳? まあそれは構わないが……良いのかい? お前たしか体調崩してただろう」
「大丈夫ですよ、体頑丈なので。1日寝れば治ります。それよりこっちの方が面白そ……心配なので」
「……千歳」
「なにシュン、その恨めしげな顔は。一応心配もしてるよ」
「え、えっと……」
「相変わらずだな、千歳。素直になればいいのに」
「……タツ、ちーに無体働いたら容赦しないから」
「お前ほんっとう変わらないな。俺にだけ辛辣。無体なんざ誰が働くか、少しは信用してくれ」
そうして何が何だか分からないままに首を傾げていれば、隣でタツが席を立った。
優しく腕を引かれて私も一緒に立ち上がる。
「おいで、千依」
私は、タツの言葉に引かれるようにその場を後にした。
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