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番外編
真夏の事情3
しおりを挟む「真夏ちゃんはさ、ぶっちゃけ俺のことどう思ってるの?」
「ど、どうって、素晴らしいアー」
「うん、それはもう聞いた。俺のファンでいてくれてるのは本当嬉しいよ。でもさ、最近だよね俺相手にそこまで緊張するようになったの」
「そ、それは……!」
千歳さんの攻勢は続く。
普通じゃ有り得ないほどの近距離で千歳さんが私を見つめている。
心臓がもう破裂するんじゃないかというくらいうるさくて、正常に考えられない。
お、お願い。少し休ませて。
けれどそんな願いなんてこの腹黒大魔王は気付いてて聞いてくれない。
じっと私を見つめたまま逃がしてくれる気配はなかった。
だから私も泣きそうになりながら大声で返す。
「ち、千歳さんこそ何なんですか! 最近理解が追い付かないんですよ! な、何か企んでるんですか? 私を騙したって何の得になるものもないですよ!?」
「……ずいぶんな言われ様だね、酷くない?」
「だっていきなり恋人になろうとか! 意図が分からなくても仕方ないでしょう!? 第一恋人っていうのは好き合ってる人がなるもので」
うわあっと叫ぶように、濁流のごとく正直な言葉を吐き出していた。
緊張しすぎて多少語気が荒くなってもいるのは認める。
決して褒められた言葉を使っているわけじゃないことも承知だ。
けれど隠すことのない本音だったのだからどうしようもない。
ぷちんと糸が切れていたのだ。
だってどうしようもなく私は混乱している。
何が一体どうなってこんな状況になっているのか。
一から百までまるで分からない。
誰に聞けば答えがもらえるの?
どう聞けば答えが返ってくる?
それすら分からない私は最早半べそだった。
そっと、左右の視界の端から千歳さんの腕が消える。
いよいよ混乱で涙をこぼしそうになっている私に同情してくれたのか。
そう思ってそろそろと顔を上げれば、何故か千歳さんは恨みがましそうに私を睨んでいる。
「だから恋人になろうって言ったんだけど。俺、真夏ちゃんのこと好きだから」
そうして耳に入ったその言葉に、完全フリーズした。
千歳さんがそんな私を見て「何で気付かないかな、これだけされて」なんてブツブツ言っている。
え、なに。
私、今告白された……?
そんな事実に気付くことさえ数分要した。
そして気付いた瞬間心臓が最大音量で鳴りだす。
「え!? 私ですか!? この男勝りでガサツな私!?」
「男勝りでガサツかどうかは知らないけど、正真正銘君のことだよ真夏ちゃん」
「いや、なんで!」
「あのさ、そもそも俺って元来自分勝手な性格してるから自分の大事なもの以外本気でどうでも良いタイプだって知ってるよね。なのにこんなにマメに連絡してる時点で何か気付いてくれても良くない?」
「い、いや、だって私なんてそんな対象にならないと思ってたし!」
「何でそう思うのか本気で謎なんだけど。ちなみに言っておくけど、俺が真夏ちゃんのこと好きだって自覚したの、もう何年も前だからね」
「は!?」
「君が高校生の頃からずっとってこと」
次々明かされる事実に私の脳みそはついていけない。
一体全体どうしてこうなったと、そればかりが頭の中で大合唱だ。
というか高校の頃って、本気で……?
理解がやっぱり追い付かない。
いや、だってそうでしょう?
そもそも告白なんてされたのも生まれて初めてのこと。
それが自分が大好きなアーティストとか、話が出来すぎじゃないか?
「……俺だって、ずっと迷ってたんだからね。これでも俺は芸能人だし、君はずっと前から俺のファンだって公言してくれてたし、こういうのも迷惑かとかさ。俺の職業が原因で真夏ちゃんを巻き込んで嫌な思いもさせたくなかったし」
「う、あ、その」
「でも、そんな期待しちゃうような反応ばっかされて我慢できるほど、俺は人間出来てないんだよ。というか、本当無理」
初めて聞くような千歳さんの言葉に思わず顔を上げる。
どこか怒ったような恥ずかしがっているようなその表情に、何故だかすごく引っ張られて視線が外せない。
私を見つめる千歳さんの表情は、今まで見たこともないような少し幼さの感じる顔だ。
ドキドキと胸がうるさくなって、けれどやっぱり視線は外せない。
私のこんな反応に何か感じることがあったのだろうか。
千歳さんはそれからゆるりとまた表情を変えて今度は真剣な顔つきになる。
「俺は本気。だから真夏ちゃんも真剣に考えて欲しい。君が俺に対して最近挙動不審なのは何で? もしかして俺と同じだからって感じるのは、俺の自意識過剰かな」
それはさっきの告白以上に決定的な言葉だと思った。
真っすぐな視線と真剣な声色が本当のことなんだと私を納得させる。
千歳さんが、私を好き?
一体どうしてそんなことになったのか、やっぱり今も分からない。
けれどこれはきっと逃げてはいけない。
千歳さんは本気で私に向き合ってくれている。
いくら鈍い私でもそれくらいは分かった。
だから混乱しながらも、分かっていないなりに、私は正直に気持ちを打ち明ける。
「あ、ありがとうございます。でも、その私……自分でもなんでこうなってんのか分かんなくて」
ああ、本当どうしようもなく曖昧な答えだ。
真っすぐきっぱりと言ってくれた千歳さんに対していい加減にも程がある。
それでもこれが私の今の正直な気持ちであって、それ以上どう返せば良いのか分からない。
千歳さんはそんな私に対して今度はため息をつかなかった。
代わりにそっと近づき私の頬に手を添える。
再びの超至近距離に、一瞬息が詰まった。
「例えばこういうことされるの嫌?」
ブンブンと私は首を振る。
ああ、うん。全然嫌じゃない。
頭は真っ白になるけれど。
やっぱり訳わかんなくなるけれど。
そんな私の答えに少し安心したような千歳さんが、今度は私の体を腕で囲んできた。
一瞬どころじゃなく数秒息が詰まる。
「……あのさ。こんなに心臓バクバクさせてるくせして、分かんないとか言うの君」
「だ、だって、経験がないし」
「嫌じゃないんだよね? ただ緊張してるだけだよね」
「は、い」
「じゃあ、例えば宮下とかにコレされたらどう思う」
「は、宮下? このセクハラ浮気野郎って言って殴りますけど」
「……それが答えで良いんじゃないの?」
千歳さんの声色はもはや呆れに近かった。
そして、そこで私自身もやっと千歳さんに対する自分の感情が他の男子に対する感情と違うのだと気付く。
ああ、そうか。
このモヤモヤとした落ちつかない感情。
自分自身訳が分からなくてどうすれば良いのか分からなくていてもたってもいられなくなる不思議な気持ち。
これが、噂の。
ここまできてようやく私は理解した。
きっかけは、何だったのだろう。
出会った時は純粋に彼はチトセだったはずだ。
けれどテレビで見る姿とかけ離れた千歳さんをひとつ見つけるたび、何だか嬉しかった。
千依のことを溺愛して、そのために意地悪な真似もして、けど最後にはとびきり優しい千歳さん。
テレビだけでは知らない千歳さんを多く知って、その度にもやもやとした気持ちが広がっていったのは何故なのか。
そう、そうなんだ。
これが所謂、
「千歳さんを好きって感覚ですか? これ」
「……俺に聞く、それ? 第一そう聞かれたら俺が都合よく答えるって分からない? 知ってるだろ、俺がどういう性格してるか」
千歳さんの声はやっぱり呆れたままだ。
けれど耳はいつもに比べて綺麗に赤い。
囲われた腕は全然離れなくて、ギュッと少し強く抱きしめられた。
やっぱり私の心臓はバカみたいにうるさく反応して、いつもと少し違う新たな千歳さんの様子がやっぱり嬉しくて、私は今度こそはっきり自覚する。
それだけで今までのもやもやがすっと引いて、すっきりだ。
「うん。都合よく答えてください。全然、困らない」
「は?」
「私、千歳さんのこと好きみたい」
気付いてしまえば、何てことはない。
今までわあわあ騒いで大事にしたことすら棚上げして、あっさり頷ける私がいた。
我ながら何て現金な。
そんなことを思いながらも、どうやら私はやっと理解できた自分の気持ちに喜びの方が大きいらしい。
昔から比較的思い切りが良くて一度振り切れると潔い。
数少ない私の長所だった。
あははと笑えば、何故だか私を囲う両手がバッと離れて目の前の人が後ずさる。
急に距離が開いて不思議に思えば、千歳さんが口元を抑えて固まっていた。
今度は顔まで真っ赤だ。
私はにやりと笑ってしまう。
「いやー、新しい発見だったな! チトセは強引だけど、案外押されると弱い」
「……うるさいよ、真夏ちゃん。何で急に余裕出してるわけ」
「何か吹っ切れちゃうとスッキリするタイプみたいで。このモヤモヤの原因が分かって安心したみたいです」
「……なんか面白くない。男勝りか分からないけど、男前だよね無駄に」
本格的に拗ね始めた千歳さんが何だかものすごく可愛く見えた。
カッコいいよりも、可愛い。
歳とか経験値とか、案外関係ないものなんだなあと変に感心してしまう。
「……そんな余裕あるなら、もう一足飛びで色々しても大丈夫だよね」
「はい?」
「遠慮いらないってことだよね。潔いんだもんね、真夏ちゃん」
「な、何する気」
「さあ? 覚悟しておくと良いんじゃない?」
まあ、そうは言っても何もかも千歳さんが私よりうんと上手なことには変わりない。
そうそう簡単に立場が逆転するはずもない。
すぐにいつもの調子を取り戻して反撃されることになるんだけど、それすら嬉しく思ってしまうんだからどうしようもない。
絶対……、絶対そんなこと千歳さんには言えないけれど。
「……千歳さんの意地悪、腹黒」
「嫌だな、今までの仕返しだよ。安心して、ちゃんと手加減するから」
「い、いじめっ子だ! 千歳さん人を貶めるの大好きでしょ、元々のチトセイメージのまんまなんでしょ実は!?」
「人聞きの悪い。甘えてるだけなんだけど。ああ、こんな姿ちーとか萌ちゃんとかには言わないでよね。俺にも照れはあるから」
「照れって顔してないー!!」
……流石にこれ以上は恥ずかしいから、割愛。
とにもかくにも、私達の関係はこうやって変わっていったのだ。
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