ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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番外編

真夏の事情2

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「はい、もしもし?」
『もしもし、真夏ちゃん? 駄目だよ、見知らぬ番号からの電話なんて気軽に取っちゃ』
「え、え……!? ちょ、ま、まさか千歳さんですか!」
『うん、そう。あのさ、真夏ちゃんの番号俺のスマホに登録しちゃったから事後報告しとこうと思って』
「え、いや、なぜ」
『ほら、ちーに何かあった時相談できる先とか必要かと思って』
「はあ、まあそれは確かに」
『ということだから、これからもよろしく』

そんな電話がかかって来たのは大学2年に上がって少しした頃。
今思えば、この時点で気付くべきだったのかもしれない。
千依のことで千歳さんから何かを相談されたことなんてなかったし、萌の方にはそんな連絡がいった様子もなかったのだから。
何の疑いも抱かなかったのは、千歳さんが千依の大事な兄であり千歳さん自身も千依を大層溺愛する人だったから。
少し千依を好きすぎるけれど、でも家族やその大事な人を傷付けるような人ではないと分かっている。
だからあっさりと千歳さんの言葉を信用して気にもとめていなかった。
千歳さんの言われるままに頷き、妙なやり取りが始まったのはその後だ。
いつの間にやらラインでフレンドになり、何かにつけて千歳さんからトークが来るようになった。

そりゃ、私は元々チトセの大ファンだし嫌なことなんてない。
けど超多忙なはずの千歳さんがやたらと私に構ってくるのは何なのかと疑問に思ってしまうこともまた事実だ。
ああ、そういえば当時は千歳さんも1人暮らしを始めて半年ぐらいの頃で、ホームシックにでもかかって寂しくなってしまったのだろうかなんて思ったことを覚えている。
千依へのシスコンを少し和らげるためなんて言っていた気がするけれど、正直さして和らいだ感はない。
まあ千依も千歳さんもお互いが大事で一緒にいれば楽しそうに音楽を語り合う仲の良い兄妹だから、全然そのままで良いと思っていてやっぱりそれもさして気にはとめていなかった。
千依の代わりになるかは分からないけど、たまに千歳さんを襲う寂しさを少しでも和らげられれば良いかなくらいに思っていたのだ。

けれど、それから1年近く経った今になっても千歳さんからのトークは来続けている。
いや、その数は前以上かもしれない。
2,3日おきぐらいだった千歳さんからの連絡が、最近ではほとんど毎日。
そのほとんどが返事をしなくても良いような内容で送ってくれるから、煩わしさも全然ないけど。
でもそんな状態がこうも続けば、今起こってることは何事なのかと思っても仕方ないと思うのだ。

「……ちなみに、そのトークの内容は?」
「本当、普通の内容だよ。誕生日だとおめでとうって来たり、テレビの出演情報くれたり、あと大学の話とか聞いてきたり。あとただおはようとかお休みとかの時もあるかな」
「……カップルか」
「ん?」
「何でもない」

細かく説明すればするだけ、何故か萌のため息が重なる。
その理由が私には分からない。
もしかして萌には分かるのだろうか、なぜこんな事態に陥っているのか。
期待を込めて見つめたら、スッと視線をそらされた。

「千依、千歳さんに伝えといて。真夏相手に策巡らせても無駄だって。壊滅的に鈍いから」
「う、うん」
「あと自覚も遅いから多少強引に攻めた方が上手く行くとも言っておいて。流石に不憫だわ」
「え、えーっと……はい」

なにやらすごい失礼な話をされている気がする。
「酷い!」と抗議してみれば逆に「酷いのはあんたでしょ」と怒られた。
少し理不尽さを感じる私。
萌からこぼれるのは何故だかため息ばかり。
首を傾げればやっぱり萌は呆れたように肘をついて顔をのせる。

「真夏、ここまできたらもう正直に聞くけど。あんた千歳さんのことどう思ってるの?」

そうしてされた直球の質問に私はピキッと固まった。
あれ、と自分でも思う。
少し前までなら遠慮なく「完璧なアーティスト!」と答えられていたはずなのに。
いや、今でも完璧なアーティストだと思っているんだけど、どうにも最近そう即答できない。

「ど、どうって、千依のお兄さんで、奏のチトセで」
「うん。で? 千歳さん自身はどう思うの」
「す、素晴らしいアーティストだと、思うな」

ちょっと腹黒だけど。
そして素直じゃなくて意地悪くて子供っぽいところもあるけれど。
千歳さんとのトークを交わすうちにそんなことをも知って来たからだろうか。
昔のように純粋にカッコ良くて良い歌を歌って完璧なアーティストとは即答できなくなってきた。
嫌いじゃない。
勿論嫌いなんかじゃないんだけど、妙に気恥かしさを覚えてしまうんだ。
純粋にチトセを素晴らしいアーティストだと胸を張ることに。

「……これは、千歳さんに頑張ってもらうしかないかな」
「う、うん。私はすごく応援してるから、ハラハラドキドキ」
「まあ最近本当に綺麗になったもんね。焦る気持ちもよく分かる、本当無自覚って怖い」
「も、萌ちゃん言ってることが千歳くんとそのまんま一緒」

本当に2人が何を言ってるのか分からない。
まるで異次元の話をしているようだとも思う。
けど、その言葉の意味を私はその1カ月後に身を持って知ることになった。


「……で、何で俺まで呼出受けてんの。別に今日オフだから良いんだけどさ」
「央は私達のストッパー。正直最近焦れすぎてやきもきしてるから」
「は?」
「ご、ごめんね宮下くん。千歳くんのためにここまで呼んじゃって」
「まあ、良いけどさ。その代わり歌の指導頼むぞ中島。今度ライブあるんだよ、アイドル系の役の」
「うん、任せて! 喜んでお手伝いします」
「……なんかすごい大ごとになってるんだけど。君達そういう熱血系じゃないでしょ、どういうこと」
「千歳くん? でも、力貸してって言ったの千歳くん」
「ちー? 俺が協力お願いしたのはちーであって、そこの2人にまで頼んでないんだけど?」
「……おお、チトセさん顔真っ赤」
「へえ、千歳さんも照れたりするのね」
「ちょっと、そこ2人うるさいよ」

私が中島家にやってくる前、そんな会話がされてたことなんて知らない。
私は純粋に皆で中島家に集まると聞いていただけだ。
声優界でずいぶん名が売れたらしい宮下に現在絶好調の千依、変な噂が立ったら嫌だからセキュリティのばっちりな千依の家が良いだろうと聞かされていただけ。
まさか仕組まれていただなんて、勿論知るはずもない。

千依がオフということは当然奏の活動だってオフだ。
そして千依大好きな千歳さんが中島家に帰って来ていたって別に何の違和感もなかった。
けれど久しぶりにその姿を認めた瞬間、なぜだかせわしない気持ちになる。
何だかむずがゆいような、ジッとしていられないような、そんな気持ち。
無意識のうちに千歳さんからは少し距離を置いて萌と千依に挟まれながら、最初は何てことない近況を皆で話していた。

そうして何故だか1人ずつ部屋からいなくなっていくことに気付いたのはいつのことだったか。
初めは宮下が仕事関係の電話だと言ってスマホ片手に外に出た。
次に萌がトイレに行った。
そして何故だかとても怪しい手つきでお菓子の交換に行くと千依が席を立ったのがついさっきのこと。
あまりの千依の危なっかしさに心配になり、そういえばいつもそういう時にフォローするはずの萌が未だに全然戻って来る気配がないことに違和感を覚える。
第一常日頃から千依の一番のサポーターであるはずの千歳さんがこういう場面で動かないこと自体おかしい。

あれ?
ようやく何もかも違和感だらけの現状に気付く私。

そうして静まり返った2人きりの部屋に、今度はどうしようもなく緊張した。
意識してしまうとどうにも言葉が上手く出てきてくれない。
千歳さんに会うのはどれくらいぶりだろうか、半年以上経っている気がする。
いつだってテレビでチトセの姿を見ていたはずなのに、すごく久しぶりに生でその顔を見るとあまりに整っていてキラキラしていて落ち着かない。千歳さんの顔を見れないのだ。
ああ、顔が熱い。手汗もヤバい。心臓だって煩い。
多少どころか、明らか今の私は挙動不審だ。
けれどどうすれば良いのかまるで分からなくて、半年前の普通に千歳さんと接していられた自分を思い出そうと必死になる。
千歳さんがため息をついたのは、そんな時だった。

「あのさ、真夏ちゃん。俺、いい加減そろそろ距離詰めたいと思ってるんだけどさ。それは、多少俺のこと意識してくれてる証と取っても良いわけ?」
「へ。な、なんの」
「……萌ちゃんやちーの言うことが正しかったか。あまり強引に行くのは好きじゃないんだけど」

相変わらず千歳さんの言葉は何だかフワフワする頭を素通りして上手く入って来ない。
無性に恥ずかしくて仕方なくて、顔が上手に見れない。
俯き小さくなって、ひたすら混乱しつづける私の脳みそ。
再びため息をついた千歳さんの次の言葉で、いよいよ私は思考を停止させた。

「ねえ、真夏ちゃん。俺と恋人になってくれないかな」
「……は?」

そうして、状況は今回のお話の冒頭に戻る。
千歳さんにまさかの告白をされ、壁ドンをされるという理解不能の事態。
ジッと見つめられて、私の頭は飽和寸前だった。


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