ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

文字の大きさ
上 下
79 / 88
番外編

千歳の独り立ち3

しおりを挟む

千歳くんを、私はとても強い人だと思う。
器用で人思いで、自分のことをきちんと自分で決められる人。
自分で決めたことを、自分で背負うことのできる人。
私には無いものを、いつだってたくさん持っている。
これはそんな千歳くんが私の為じゃなくて、自分の為に決めたこと。
自分で抱え込んだものを乗り越えるために決めたことだ。
数日悩んで、千歳くんの様子を見て、やっと気付いた。
……きっと自立しなければいけないのは、私の方だろうけど。
それでも、千歳くんの言葉を何度も思い返して、私も決めた。
対等になりたいと願うのは、私だって同じだから。

「大塚さん。この前相談した物件なんだけどさ、やっぱり最後に話したとこが良いと思うんだよね。決めちゃいたいんだけど、良い?」
「ああ、あそこならセキュリティもしっかりしてるし良いだろう。というか、ここでそれ話すってことは千依にもちゃんと話したんだな」
「うん、大丈夫」
「……本当だろうな。お前が妹離れなんて、こっちからしたら大事件なんだが」
「あはは、嫌だな。妹離れなんてしないけど? 1人暮らしするってだけだよ」

千歳くんは私と話した後も一切変わらず笑っていた。
すっきりした様子も見せて、私に依存していたなんて雰囲気はまるで見せないで、精力的に仕事に励んでいる。
一足遅れてやっと同じように笑えるようになった私は千歳くんの言葉に頷く。

「大塚さん、大丈夫です。千歳くん、私にたくさん時間使って話してくれたから。私達は大丈夫」
「そうか、なら良い」
「……ちょっと、大塚さん。俺とちーとで納得する速さ違くない?」
「人徳の差だ、千依は嘘つかねえからな。それにお前は自分隠すの上手すぎて心配なんだよ」
「……別に」
「うん、それは私も心配」
「え、ちーまで?」
「ほら見ろ。……ま、今の話聞いて安心したよ。大丈夫そうだな」

千歳くんが素直な気持ちを話してくれて、ようやく周りを見るようになって見えたものがあった。
心配そうな大塚さんに頷けば、千歳くんの方はあからさまに拗ねたよう口を曲げる。
今まであまりに千歳くんに盲目すぎて見え切れていなかった、千歳くんの一面だ。
私から見ればいつも前を歩いて大人に見えていた千歳くん。
けれど私と同じだけしか生きていない、私と同じく多くに悩んで必死に生きている、生身の人間だ。
……やっぱり、私も依存していたんだな。
自立しなければいけないのは、やっぱり私も同じ。

『依存と信頼、まあ難しいよな境目。でもそういうのって答えを出せるのは本人だけだと思う。千依と千歳が必死に考えて出した答えなら、それが2人にとっての正解だよ。今までだってそうやって生きてきたんだから、大丈夫。千歳のことも自分のことも信じてやりな、千依』

1人ではどうにも堂々巡りで、結局タツの力も借りながら出した私なりの答え。
これからの私と千歳くんは物理的な距離も少し離れて、関係性はきっと嫌でも変わっていく。
それを前向きに、プラスにさせるのは、私達の心次第。
私にしか、出来ないことがあるはずだ。

「千歳くん」
「うん? ちー、どうしたの?」
「うん。私も千歳くんにちゃんと言わなきゃ」
「え、何」
「昔千歳くんに言った言葉を、もう一度言うね。この先も、何度でも言うよ」
「うん?」
「私も千歳くんが決めたことなら全力応援。いつだって、絶対」
「……ちー」

私はブラコンで、千歳くんはシスコン。
傍からみたら、少し気持ち悪いくらいに私達は仲が良い。
けれど、しこりが全くないわけじゃない。
お互いを全て理解しきってるわけでもない。
だからこそ私達は言葉を惜しまず言い合う。
そうやって今までやってきた関係。
だからこそ、ここまでやってこれた。
これからも、そうでありたい。
距離が少し離れて、お互いに自分の道を歩き出す時が来ても変わることなく。

「これからもよろしくね、千歳くん」
「……うん、ありがとう、ちー」

兄妹の形も少しずつ、変わっていく。
時が流れれば、私達の立ち位置も関係性も役割だって変化する。
頑張れ、千歳くん。
頑張れ、自分。
その初めの大きな変化を、ようやく私は受け入れることができた。

「でも、タツとちーの関係性にはしつこく心配させてもらうから。シスコンを止めるつもりないからね」
「えへへ、やっぱり優しいなあ千歳くんは」
「……千依、やっぱりお前はお前だな」
「なあ大塚さん、俺はちーの純情を心配すれば良いのか千歳の歪みなさに呆れれば良いのかどっちだ?」
「知るか。どっちもだ」
「ま、らしいっちゃらしいけどよ」
「大丈夫だろ、この2人なら。何だかんだで強いからな」
「……だな」

そうして私達は20年にも及ぶ同居生活を終わらせた。
私が千歳くんの後を追うようにして、家を出て一人暮らしを始めるのはここからもう少し先のこと。
やっぱりいつでも一歩先を進む頼もしい兄と自分の不器用さを比べて落ち込むことは、この時を境に少しずつ無くなっていく。
千歳くんは千歳くんで、私は私。
そうやって千歳くんが望んだ“あるべき兄妹の姿”に変わっていくのは、やっぱり少しずつ。
私達なりの速度で、それぞれの道を歩き始めることになる。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...