ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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番外編

千歳の独り立ち1

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「チトセさん、ちぃさん、おめでとうございます!」
「目線こちらに頂けますか?」
「振袖姿、よくお似合いですよ」

見事な快晴で、見事な成人式日和だった。
私と千歳くんは今、有名な神社の一角で多くのフラッシュを浴びている。
20歳を迎えた冬、他の新成人である芸能人と混ざってカメラに手を振る私達。

「ありがとうございます。俺のことはどうでも良いので、ちーのとびっきり綺麗な姿をとびっきり綺麗に撮ってあげてくださいね。そして俺にその写真を分けて下さい」
「ち、千歳くん!?」
「あはは、チトセは本当ちぃちゃん大好きだなあ。シスコンにも程があるぞ、相変わらず」
「いやあ、学生時代は千歳がここまで妹大好きとは知らなかった。生で見るとすごいな、本当」

千歳くんは鉄壁の笑みで私をフォローしながら、元同級生たちと談笑していた。
芸能科の高校にいた千歳くんだから同じ場所には友達や顔見知りも多くて、しきりに声をかけられ再会を喜びあっている。
その隣の私は相変わらずあわあわと動揺しきりで、成長出来ているのかかなり不安だ。
それでもやっとカメラを前にしても顔が土気色にはならなくなった。
音楽以外の時間でも少しずつ、自分を表に出せるようになってきたんだろう。

「さあ、おめでたい日ということで、定番の質問をしましょうか。皆さん、どのような大人になりたいですか?」
「あはは、本当にされるんですねその質問。答えばっちり用意してますよー?」
「おお頼もしい。では坂本さんからお聞きしましょうか」

囲み取材での軽快な会話に笑みを見せる余裕だって生まれてきた……と、思う。
相変わらず頭を必死にさせてぐるぐる考えながらも、それでも準備してきた回答を忘れることはもうない。
表面上だけでも、きちんと取り繕えるようになってきた。

「次に奏のお二人はどうでしょう?」
「月並みな表現にはなりますが、自分の言動に責任を持てる大人になりたいと思います。俺達を支えてくれる方々やここまで育ててくれた方々への感謝を忘れずに」
「あら、素敵ですね。ちぃさんは?」
「はい。きちんと自分の足で立てる大人になりたいです。支えられっぱなしではなくて、千歳くんや大事な人達を少しでも今度は私が支えられるように頑張ります」
「ふふ、今日も素敵な兄妹愛をありがとうございます。コメント、いただきます」

すらすらと出てきてくれた言葉に内心ほっとする。
マイクを向けてきたアナウンサーさんもにこりと笑ってくれて、千歳くんも変わらず柔らかな笑みで見守ってくれる。
何とかその気遣いに返したくて精一杯笑み返す。
そうして今日の仕事を私達は終えた。


『千依、見たぞテレビ。振袖、生で見たかったな。よく似合ってた』
「ほ、本当? あのね、初めて真っ赤な色を着たの。鮮やかで綺麗な色で、私、負けてなかったかな?」
『全然。可愛かった』
「か、かわ……っ」
『おーい、固まるなー? 声聞かせて』
「た、タツ……無理、だよ。慣れない、よ」
『……うん、本当可愛い。会いたくなるわ、今すぐ』
「わ、私も、タツに会いたい」
『待ち遠しいな、来週会うのが』
「……うん。でも、頑張る」
『……ん、俺も』

家に帰った後の、もはや日課ともなったタツとの電話。
日課と言っても、有難いことに今も私達は2人とも多忙の毎日で数日に一度くらいではあるけれど。
それでも声を聞けばたちまち元気になれてしまうのだから、本当にタツには敵わない。
会えるのは月に2度あれば良い方で、それも千歳くんや事務所の人達に手伝ってもらいながらの隠れたお付き合い。
きっと普通の恋人同士に比べれば、私達が一緒に過ごせる時間はうんと少ない。
それでも幸せを噛み締められるのは、いつだってこうやって思いを確かめ合えるから。

タツは変わらず優しくて寛容で、私の心を軽くしてくれる。
恋愛も漏れなく下手くそな私を受け入れて、大事にしてくれる。
……応えられるような自分になれるかな?
まだまだ私の人生勉強はスローペースだ。

「タツ。頑張って大人になるから、これからもよろしくお願いします。ちゃんとタツのことも引っ張れる私になりたいな」
『今でも十分だけどな、ありがと。まあ、しばらくは俺に引っ張られて下さい。年長者の役得だから』

じゃあ、またな。
そんな言葉を聞いて、通話終了のボタンを押せばたちまち部屋は静かになった。
珍しく今日は曲を作る気にはならなくて、なんとなくテレビの電源を入れる。
ちょうどニュースのエンタメコーナーで、そこにいたのは着飾って決意表明をする私達だ。


「やっぱり、不思議だなあ」

テレビの向こう側に自分の姿がある。
他の華々しい芸能人の人達と一緒の場所にいて笑い合う。
学校にすら行けていなかった自分がついこの間のように感じるから、やっぱり実感が湧かなかった。
奏になって、ちぃになって、学校に通い始めて、友達が出来て、テレビデビューして、恋人ができて、ここ5年くらいは本当に矢のようにあっという間に日々が過ぎていく。
あまりの速さに何かを取りこぼしてしまっていないか、不安になるほど。


「うん、でも成長できている、はずだよね」

今でも私はひとつひとつ確認しながらの毎日だ。
独り立ち出来ているわけではなくて、気遣われることの方が多くて、けれど何とか前向きに頑張れているのは多くの人に支えられ続けているから。
支えに、期待に、応えられる自分にならなきゃ。
その思いは、私を取り囲む人が多くなればなるほど強くなっていく。

コンコンと、扉を叩く音が響いて振り返ればそこにいたのは千歳くん。
「今良い?」と顔を出してくれた千歳くんに笑って頷く。
ベッドに腰かけて息をつく千歳くんは、心なしか少し緊張している様子だった。
……一番に私を支え続けてくれる大事な相棒。
私が一番に支えられるようになりたいと思うお兄ちゃん。
千歳くんのいつもとは違う様子に、何の話か分かって私は深呼吸する。

「千歳くん、どうしたの? なにか、あった?」

たちまち千歳くんは苦笑した。
ずっとずっと一緒に育ってきた私達だから、お互いの考えは筒抜けだ。
ベッドに座る千歳くんと、作曲用の電子ピアノの椅子に座る私。
どっちも部屋着で完全にプライベートな姿で、けれど背筋が伸びる。
目線がかみ合って10秒ちょっと、千歳くんが真剣な表情で口を開いた。


「ちー。俺、家を出るよ」

それは千歳くんが自分自身で決めた、強い意志だった。


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