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番外編
萌の事情3
しおりを挟む「良い友達持って良かったな、萌」
真夏と千依が帰った後、央はそう言って私の頭を撫でた。
「うん」とも「別に」とも言えない私に、央は気にした様子もなく笑顔のままだ。
昔から央は少しも変わらない。
面倒見がよく、優しく、頼りがいがあって、同い年なのに兄のような安心感がある人。
正直私には勿体ないくらいだ。
家が隣同士で昔から接点がなければ、私なんてきっと央の目にはとまらなかったと思う。
「お前また何か後ろ向きなこと考えてんだろ。仕方ないな、ほら、こっち来い」
「……別に、何も考えてない」
「今さら繕ったって無駄。良いから来い」
きっと真夏や千依が見たら驚くんだろう。
央と2人きりになると、私はどうにも甘え症になってしまうらしい。
央の優しい声に抗えず、近くまでいくとすっぽりと包みこまれた。
私は、央にこうして緩く抱きしめられるのが好きだ。
守ってくれているようで安心する。
「2人きりになれる時間少ないんだから、甘えられるときぐらい甘えろよ」
央はいつもそうやって私を甘やかす。
もう散々甘えているのに、それでもまだ甘えて良いと許可をくれる。
このままだと本当に1人で立つ力も無くなりそうだと密かに危機感を覚えるこのごろ。
それでもやっぱりこの場所が心地良いんだからどうしようもない。
「仕事、どうなの」
「ん? あー、今のとこまだ精一杯だな。仕事も礼儀作法とかも覚えることだらけで余裕がない」
「ふーん」
「でも楽しいよ。充実してる」
「そう、良かった」
央が声優になったと知ったのは高校生2年になったばかりの頃。
声優学校に通っていたのは知っていたけど、まさかプロに引き抜かれる程の才能を央が持っているとまでは思っていなくて、ひどく驚いたのをよく覚えている。
昔から私は外で遊びまわるより、家の中で本を見るのが好きな子供だった。
ジャンル問わず人が生みだす物語の世界が大好きで、いつだって本や舞台映像、ゲームを探してはその世界に没頭する。そんな幼少時代だ。
宮下家は兄弟が多くて、その分本も漫画もゲームだって山のようにあって、私は入り浸りだった。
皆で集まってよく本を貸し合い読み合う。
央からは少年漫画を、私からは少女向けのファンタジー本を、弟達は戦隊ものだったり乗り物系だったり、とにかく全員ジャンルは雑多だ。
私や央にとってはそんな風にお互いの好きなジャンルを紹介し合っては語り合うのが当たり前の日常だった。
そうして読者側から創り出す側へと央の気持ちが傾いていったのは中学に入り始めた頃から。
とにかく行動力のあった央は、高校入学と同時に親を説得して声優の学校に通い始める。
正直なところ、趣味や習い事の一環くらいにしか私も央のご両親も思ってはいなかった。
声優の世界が厳しい競争社会であることも、それを仕事として生計を立てることも、とても難しく狭き門であることを知っていたから。
……まさか、早々に才能を見出され大手事務所から引き抜かれるだなんて誰も想像していなかった。
央は私達皆が想像していなかったスピードでプロの階段を上る。
今まで当たり前のように一緒にいた宮下家と私の中から、央だけがいなくなった。
一読者の私達、作品を生み出す方へと立場を変えた央。
テレビから慣れ親しんだ声が届くたび、どうにも不思議で実感が湧くまでだって随分時間がかかった。
そうして仕事が軌道に乗り始めて、少しずつ多忙になる央と会えない時間が増すごとに私は思い知るのだ。
ああ、私って央のことが好きなのだと。
『なあ、もしかして萌も俺のこと好きか?』
央にばれたのはいつからだろうか。
世間話のついでくらいあっさりと言われた言葉。
やっぱり私は頷くことも返事をすることも出来なくて、ただただ固まっていた。
私自身も全くついていけない間に、私と央は恋人同士になる。
私は、他の人と比べて感情が表に出てこないだけで決して落ち着いた性格ではなかった。
当たり前のように央に触れられると、どうすれば良いのか分からず押し黙ってしまう。
央から恋人らしいことを言われると、固まって動けなくなってしまう。
ただただ戸惑って自分からは中々行動できない。
それでも央はいつも笑ってどうすれば良いのか分からない私を導いてくれる。
本当に落ち着いている人というのは、きっと央のような人なんだろう。
いつだって笑みを絶やさず、私の不器用さにも寛容で、いつも自分から動くことのできる人。
私にとって央は人生の先生のような、そんな人だ。
けれどそんな央でも、さすがに千依のことは本当に動揺したらしい。
「にしても中島のことは本気で驚いた……未だに信じられねえ」
央が2度も3度もこうして言葉を繰り返すのは珍しい。
そういえば初めて千依と央が職場で鉢合わせした時も、珍しいくらいの慌てようだった。
仕事終わりに電話が来たかと思えば5分くらいずっと興奮した様子で千依との出来事を教えてくれたことを思い出す。
本当にそこまで央が動揺するのは中々ないのだ。
央をここまでさせてしまうのだから、千依は本当に大物だと思う。
本人は気付いていないだろうけれど。
「央もごめん。千依のことずっと黙ってて」
「良いって、言えないの分かってるし。しかしあの中島がなあ」
「私も驚いた。でも千歳さんとセットの所見たらもうね」
「ああ、何だ。チトセさんの方とも会ったことあるのか。いや、確かに良く見ると中島ってチトセさんと似てるんだよな。普段あの髪形と眼鏡で気付きにくいけど」
「頑張ってるよ、千依も」
「……だな。ずっと一生懸命なとこ見てたから、少しずつ実になってんの見るのは嬉しいわ。最近じゃ人と話すのもだいぶスムーズになってきてるし」
「へえ、央も千依のことずっと見てたんだ」
「先に中島のこと気にかけてたのお前だろ? で、ちょっと話してみたら返事は上手く返ってこなかったけど悪い奴じゃないのは分かったから密かに応援してた」
央にも秘密にしてきた千依の正体。
千依や真夏に隠してきた央のこと。
何でも秘密にして話さなかった私のことを、皆笑って許してくれた。
央も千依も真夏も、「言えなくて普通だ」とあっさり認めてお礼まで言ってくれる。
私の好きな人を大事にしてくれる私の友達。
私の友達を一緒に見守ってくれる私の恋人。
人に恵まれたからこそ、私が落ち着いて自分らしくいられるのだとそう素直に口に出来たら少しでも大事な人達は喜んでくれるだろうか。
「やっぱりお前は良い友達に恵まれたんだな」
「……なに、急に」
「いや、だって萌の表情、高校になってからすごい明るくなったからさ。山岸と中島のおかげだなと思って」
「……なんか央お母さんみたい」
「……照れ隠しなのは分かるけどお母さんは止めて。せめてお兄さんで」
相変わらず私の口は素直になれず、減らず口ばかり叩いてしまう。
呆れたように笑いながら、それでも「仕方ない奴だな」なんて頭を撫でてくれる央に私はやっぱり何も返せない。
それでも笑ってくれるから、どんどん私は央に甘えてしまう。
「親友だよ。2人とも、大事な」
小さく呟けばたちまち嬉しそうに央が破顔するものだから、私はやっぱり央には敵わない。
私もこういう大きな人に、なりたい。
憧れは募るばかりだ。
「良かったな、山岸と中島がいて」
「……うん」
ようやく素直になり始めた私は、真夏と千依の顔を頭に浮かべる。
ガサツだから何だというのだ。
人見知りが激しいから何だというのだ。
私の親友たちは、2人とも温かくて優しくて可愛い。
私には無いものを多く持っている。
央と同じで、憧れる部分がたくさんあるのだ。
きっとあの2人は私が今までまともに友達を作れたことがないのだと言えば驚くだろう。
意外だなんて言うかもしれない。
こんな不器用な部分すら私は上手く人に見せられない。
知っているのは央だけだ。
これまでのあまりに情けなくて不器用な自分。
素直に思い出せたのは、やっぱり2人のおかげなんだろう。
久しぶりに、私はそれぞれと友達になった頃のことを思い出していた。
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