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番外編
萌の事情2
しおりを挟む「これは運命だと思うのです!」
私と宮下くんの関係を知った監督さんは興奮気味にそう言った。
社長さん以外その勢いに完全飲まれて「は、はあ」なんて声で返している。
結局のところ、仕事の方は監督さんの案が採用されることとなったみたいだ。
演技は専門の声優さんが担い、歌を私達奏が担当する。
元々私達側も演技という分野で難が出ただけで歌の依頼ならば大歓迎だ。
だから監督さんの提案に断る理由はなかった。
それにしても、と私は宮下くんをジッと見つめる。
宮下くんも似たようなことを考えていたらしく話し合いが終わり次第真っ直ぐに私の元に来てくれた。
「やたらピアノ上手いとは思ってたけどマジか……、ごめん正直まだ信じられないんだけど」
「わ、私も……宮下くんが、声優さんだったなんて」
「萌から聞いてなかった?」
「う、うん」
「まあそういうの言う奴じゃないよなあいつは。ちなみに萌は中島のこと知ってんのか?」
「あ、は、はい。知ってる。一昨年のクリスマスに」
「一昨年……? あー……、俺が“君彼”の収録してた時か」
「収録……? え、宮下くん、何年このお仕事」
「高2の春からだからまだ2年も経ってないぞ」
「そ、そんなに前から!?」
「いや、奏だってもっと前からデビューしてんじゃん。中島、先輩だろ芸能界の」
「そ、そんなそんな。テレビデビューしたの最近、だから」
「……すげえ上手く隠してんな中島。テレビと全然結びつかないぞ、イメージ」
「メイクさんと千歳くんの、おかげです」
たどたどしいながらも真っ先に行ったのは情報交換だ。
お互いものすごく混乱していてとにかく整理が必要だった。
宮下くんはクラスメイトの中でも比較的接点が多くて私の性格もある程度把握してくれているからか、とても話しやすいテンポで話してくれる。
だからスムーズに会話が続いてくれたのが本当にありがたい。
クラスメイトと仕事で共演、ものすごく不思議な感覚にどうにも戸惑ってはしまうけれど。
それでも何とか仕事モードに入れたのは、率先して千歳くん達が雰囲気を作ってくれたから。
宮下くんは正真正銘の実力派声優だった。
千歳くんに似た声を出せる人として連れてこられたのが宮下くんだったけれど、正直素の声はあまり千歳くんと似ていない。だから最初は首を傾げていたけれど、手本にと千歳くん仕様の声を発すれば本当に千歳くんそのものの声が上がって私も千歳くんもびっくりした。
声優さんまでは詳しく知らなった私だけれど、何でも宮下くんは幾通りもの声が出せる逸材なのだとか。名前もすでに売れ始めていてファンも数万という単位でいるらしい。演技自体に粗はあれど、訓練すればアニメ界に欠かせない声優になっていくだろうと監督さんが胸を張っていた。
そして宮下くんと一緒にここに来た女性の声優さんは、すでにこの世界なら誰もが知るような有名人なのだそうだ。
地声は私よりもかなり高くて、けれど数回話してみて完全に私の声の特徴を掴んだらしい。
何分かの調整をかけて私そっくりの声を出した瞬間の驚きは忘れられない。
……うん、やっぱり私達に演技は無理だった。
声優さん2人の能力を目の当たりにして千歳くんと2人、何を言うでもなく頷き合う。
とにもかくにも、これならば私達は歌の方に専念して全然大丈夫だろう。
すぐにそう理解して、せっかく一同に会しているのだからとさっそく曲作りに取り組む。
監督さんと原作者さん、そしてすでに下準備として漫画の中身を把握しているのだという声優さん2人の意見を取り入れながら音の方向性を決める作業は数時間に及んだ。
ある程度の骨組みが決まったところで今日は解散となる。
「お疲れ様。なあ、中島」
「は、はい!」
「とりあえず萌も入れて話さないか? たぶんあいつも言うに言えなかっただろうし」
「あ、う、うん! でも受験……」
「ああ、大丈夫大丈夫。あいつ余裕で合格圏内だし、1日くらい息抜きした方が良いと思うから」
「そ、そうなの? あ、あのね、もし良かったら真夏ちゃんも呼んでいいかな?」
「あー、そうだな。山岸だけ仲間外れも無いか。……しっかし、山岸って秘密守れんのか? 思ったことすぐ口に出そうだけど」
「大丈夫だよ! た、たぶん……」
「……いまいち信用性に欠ける返答だな、おい」
仕事終わり、集中力が切れてぐったりした私の元に来てくれたのは宮下くんの方。
てきぱきと段取りを組んで、そうしてスマホを手に取る。
「萌にも聞いてみるわ」と指を動かすその表情は、心なしかほんの少し柔らかかった。
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「……声優?」
「おう、真中陽って名前で活動してます」
「…………ちなみに出演作など聞いても」
「あー……と、最近の有名どこだとモズリズと天撃の御剣だな」
「げ、ちょ、知ってんだけど! そっち方面興味ない私でも知ってるよそのアニメ!」
真夏ちゃんと萌ちゃんと宮下くん、そして私の4人が揃ったのは、衝撃の一日から1週間も経たない日のことだ。
唯一何の情報も持っていなかった真夏ちゃんは、やっぱりすごく驚いて固まったり盛大な音を立てたりしている。
うん、すごく分かる。私も石になったし。
そう思ってポンポンと肩を叩いてみると、今度は頭を抱えた。
「何なんだ私の周りは! この異常な有名人率どういうこと!?」
唸る真夏ちゃんに、どうすれば良いのかオロオロしたままの私。
萌ちゃんはずっと静かにしたまま、けれどすっと背を伸ばして私達を呼ぶ。
「ごめん、今まで黙ってて」
そうして頭を下げたから、私と真夏ちゃんは揃って慌ててしまった。
そんな謝られるようなことなんて何一つない。
だからやっぱりオロオロとしながらも2人で必死に萌ちゃんの肩を掴む。
「何謝ってんの萌。あんた何も悪くないじゃん」
「うん、うん、そうだよ萌ちゃん! 言えない気持ち分かるよ」
そうしたらようやく萌ちゃんがホッとしたように息をついて笑ってくれた。
ああ、萌ちゃんもずっと気にかかっていたんだ。
友達でも言えることと言えないことはあるし、今回は特に宮下くんが持つ秘密だ。
簡単に言えないことなのは分かっていたし、実際そうやって萌ちゃんは私のことも内緒にしていてくれたんだから萌ちゃんは本当に何も悪くない。
それでもきっと萌ちゃんは気にしていたんだろう。
萌ちゃんはいつも淡々としているけれど、とても気遣い上手で愛情深い人だから。
「良かったな、萌」
「……うん」
宮下くんはカラカラと笑ったまま萌ちゃんの頭を撫でていた。
そして萌ちゃんもそれを受け入れながら言葉を返す。
こうしてみると宮下くんがお兄さんみたいで萌ちゃんが妹みたいだ。
恋人同士の2人にとても失礼な話なのかもしれないけれど、そんな印象を持った。
「にしても奏がアニメ主題歌か……これはチェックしなきゃ! チトセの美声がまた聴けるー!」
「……なあ2人共。山岸は中島の正体知ってもずっとこんな感じで本人目の前に暴走してんのか?」
「してる。むしろ増してる」
「え、えっと……有難い、ことです」
「……すげえな、山岸。そのぶれなさは尊敬に値するわ」
そんな話から始まり、そこからは仕事の話から全然関係ない話まで私達は雑談を重ねる。
宮下くんは4人兄弟の長男らしく、だからこそついつい人の世話を焼いてしまうらしい。
そして一人っ子の萌ちゃんは男兄弟ばかりの宮下家にとって昔から姫のような存在で溺愛されてきたのだとか。
今まで知らなかったことを知るのは、いつも新鮮で楽しい。
「しっかし、中島って本当才能あんのな。いきなりキーボードで曲作り始めた時なんて、スピード早すぎて全然ついてけなかったぞ俺」
「えっ、と……ご、ごめん。つい、夢中になってしまって」
「あはは、何謝ってんの。でもまあ、ほとんど付いてけなかったけど、音楽の世界も楽しいもんだな。歌ってあそこまで感情や世界観を広げられるもんなのかってすげえ勉強になったわ」
「う、うん! 楽しいよ! あのね、声優さんもすごいって思ったの。声ひとつで人柄や感情まで表現できるのってすごいなって」
「そうなんだよ。自分の持つものだけでどこまでも世界観が広がる感じで、挑戦すればするだけ新しい発見があるんだよ」
「うん、うん……! 分かる、すごいよく分かる!」
「だよな、分かるよな!」
「…………だめだ全っ然分かんない」
「同じく。プロと素人の違いだね、これが」
分野は違えど声や音を通して世界観を作り上げていく私達の仕事。
案外共通点はたくさんあって、だから宮下くんとの仕事の話はとても楽しかった。
千歳くん以外の同年代の人とこうした話をするのは滅多にない。
夕方になって私達が解散する頃には、そうして宮下くんともすっかり打ち解けることができたと思う。
「やっぱお前らと話せて正解だったな。俺も気にかかってたからさ」
「は? 何」
「気にかかっていた、こと?」
帰り際、萌ちゃんが席を外したタイミングで宮下くんがそんなことを言う。
真夏ちゃんと2人首を傾げると、宮下くんは苦笑した。
「俺が好きでやってることだから勝手なのは分かってるんだけどさ、俺はこんな感じで不規則な生活しててどうしたって萌ばかり優先できないんだよ。だからお前らみたいに萌のこと大事にしてくれるダチがいてくれてホッとした」
萌ちゃんを想っての柔らかい表情。
いつも笑顔の多い宮下くんだけど、こんなに私達でも分かるほど愛情を感じる笑みは初めて見る。
「これからも萌のことよろしく頼むわ」
「……何、いきなり。彼氏っぽいことしちゃって」
「いや、実際彼氏だしな俺」
「いやー、何かあまり見えないんだよね。幼馴染で仲良いのは分かるんだけどさ」
「あー……まあ、確かに俺らに新鮮味はないからなあ」
「……熟年夫婦か、その歳で」
「ああ、良いなそれ。俺そういう落ちついた感じ好きだわ。私生活では波風立たせず穏やかにいきたい」
「……おっさんか、あんたは。って、千依なに必死にメモ取ってんの」
「こ、恋人の勉強」
「は? 中島、何言ってんだ」
「相変わらずぶっとんでんね、千依。そういうとこ可愛くて好きだけど」
そんな会話の後私達はお互い吹き出して、そしてかたく握手を交わした。
生まれて初めての男友達。
それは大事な親友を穏やかに見守るクラスメイトだった。
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