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本編
63.共演と決意
しおりを挟む「続きましてぼたんです」
「よろしくお願いします!」
「お願いします」
久しぶりにタツの顔を見れたのは、アルバムの発売日が迫った頃のことだった。
ぼたんの新曲発売日と奏のアルバム発売日が近かったため、こうして共演している。
といっても私はまだ表に出れる立場じゃないから、スタジオの隅で観察しているわけだけれど。
遠くでタツは爽やかに笑っている。
シュンさんも相変わらず落ち着いた様子だ。
思い出すのは楽屋に来てくれた2人の顔。
「久しぶり、チエ」
「は、はひ」
「はは、元気そうでなにより。今日はよろしくお願いします!」
「お願いします。チエ、久しぶり」
「シュンさんも、お久しぶりです……!」
会話なんてそれくらいしかなかった。
けれど充実しているのは、その表情で分かる。
本当に良かったと思うのと同時に、私も負けてられないと気合を入れ直す。
「どうだリュウ、じゃなくてタツか。そろそろ慣れてきたか?」
「いやー、それがまだまだいっぱいいっぱいで」
「まだ? おいおい、本来はお前がしゃんと構えてシュンを引っ張る立場だろう」
「……それがシュンの方が落ちついてるんですよね、数倍」
「そうなのか、シュン」
「正直、タツってこんなに不器用だったかと思う毎日です」
「おいおい、どうなってるんだお前達は……」
軽快なトークに会場が穏やかに笑う。
昔と変わらず屈託なく笑いながら親しみやすい雰囲気を崩さないタツ。
シュンさんも、普段寡黙ながら話すととても面白い。
思わず私も遠くでくすっと笑ってしまう。
「おい、笑ってる場合か千依」
「は、ご、ごめんなさい」
大塚さんに呆れたように注意され、我に返る。
いけない、今は仕事中だ。
そう思って切り替えている間に、会話は進んでいた。
「それじゃあ、そろそろスタンバイお願いできるかな」
「はい、よろしく願いします」
「よろしくお願いします」
そうして特設のステージに2人が立つと会場は静かになった。
実は今日ここで音を聴けることがとても楽しみだったのだと、そう言ったらライバル失格だろうか。
けれど2人の曲を生で聴けるのは本当に久しぶりなのだ。
2人に当たるスポットライト、シンプルなステージ。
その中心で2人は横並びでそれぞれの楽器を鳴らし、歌う。
輝くばかりの笑顔で、新しい音を2人は紡ぐ。
その顔にもう悩みの色はなかった。
ただただ楽しそうに歌う2人の声がどんどんと空間に広がっていく。
ああ、やっぱり手強い。
思わず私は千歳くんを向いてしまう。
普段はこっちを一切見ない千歳くんも同じことを思ったのか、珍しく視線を私に向けていた。
そうして、2人揃って頷き合う。
……負けてられない。
会う度に2人の魅力は増しているけれど。
これだけの熱量と音の重なりはやっぱり普通じゃないけれど。
それでも私達だって何もせずここまで来たわけじゃない。
私達の全力の音を、届けられたら。
ぼたんに、ファンに、聴いてくれる全員に。
「次は奏です」
「よろしくお願いします!」
千歳くんの頼もしい声が私達の心と重なる。
何日も練りに練って作りあげたアルバムは渾身の出来だ。
誰にだって胸を張れるだけのものを作ったつもり。
割れんばかりの拍手の後だからといって、私達はもう怯まない。
「奏にとってファーストアルバムとのことですが、かなりの自信作だそうですね」
「はい、もう相当力振り絞りました! 相方が」
「おい、チトセ。お前は振り絞らなかったのか」
「うわあ、すご……って感嘆してたら、曲が出来あがってたんですよね」
「おーい、ちぃ! 早く出てこないと奏の看板が崩れるぞー!」
「ちょ、ちょっとスモさん! 大丈夫ですって! 俺は歌で振り絞りましたから」
最近は話の中に私の存在が出てくることも増えてきた。
私が表に立つまでもう半年もない。
奏の相方はいつ出てくるのかという話題がテレビでも出始めるようになってきたこのごろ。
……期待に応えたいと、そう思う。
この笑顔で溢れるスタジオで、いつか私も中央で笑えるように。
ずっと千歳くんが守り続けてくれたこの世界で、共に奏を背負えるように。
そしてここに連れて来てくれた大好きな人に誇れるように。
「千歳、千依。おめでとう、決まったぞ」
そうして、時はめぐる。
その言葉が響いたのは11月の終わりごろ。
手に届いた、約束の場所。
「……大塚さん。お願いがあります」
私はずっと心に決めていたことを口にする。
驚いた顔をしたのは千歳くんと大塚さん両方だ。
その反応に思い切り笑える私が誇らしい。
まだまだ、これから。
何度も言い聞かせたその言葉。
今度は行動に移す番。
少しずつでも良いから、奏のちぃとして胸を張れるよう。
それから1週間後。
奏のホームページトップに大きな数字が表示される。
どんどん数字が減っていくそれは、カウントダウンだ。
その数字の指し示す日にちは、1月1日。
「芸音祭から、私も一緒に背負います」
それは、私の宣言。
3学期になれば、私達高校3年生は自由登校になる。
年明けからの登校日は10日もない。
春まで待つべきなのかもしれない。
けれど自分の中で強まった想いを抑えることができなくなっていた。
約束の場所から、始めたい。
芸音祭で最高の音を奏でて、そこから一緒に戦っていきたいのだ。
「学校とはもう話をつけましたから」
「は? おいおい、まじかよ。あの千依が」
「ちー、話しつけたって1人で?」
「……えへへ、実はお母さんも手伝ってくれた、かな」
学校で先生方は意外にもあっさり認めてくれた。
何度かした私の変装がしっかりしていたのと、年明けからの登校日数が少ないためそこまで影響は出ないだろうと判断してくれたらしい。
私にとって大事な時期だと理解してくれたようで、矢崎先生が積極的に話を聞いてくれた。
本当に感謝してもしきれない。
『ただし、もし仮に正体がバレた時は申し訳ないが登校しないでそのまま卒業してもらうことになるよ。良いかい?』
校長先生はそう言う。
それくらいは私も覚悟していた事だから強く頷く。
できれば、卒業式に出たいな。
そう思う気持ちは勿論ある。
何と言ったって学校は私に新しい絆を生んでくれた場所だ。
大事な友達ができて、クラスメイト達と話せるようになって、私の居場所ができた。
できることなら卒業式で笑ってそれぞれの道に歩み出したい。
だから、全力で挑む。
学校も仕事も。
「千歳くん。やろう」
「うん、そうだね」
拳を突き合わせて、私は笑う。
千歳くんも笑った。
「まずは、その挙動不審をどうにか繕わなきゃな。一発でバレるだろうから」
大塚さんがやれやれと笑ってそう言う。
その言葉に千歳くんと顔を見合わせて笑った。
「特訓、します……!」
そうして私の少しだけ新しい日常は始まるのだ。
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