ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

54.離れていても

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しばらくはオーディションに集中したいと、タツは朗らかに笑った。
もともとお互いの電話番号すら知らないから、そうなると会う機会というのはますます少なくなる。
「今どき連絡先も知らないとかいつの時代の人間だよ!」なんてアイアイさんは言っていたけれど、きっと私達はこれくらいの距離感がちょうど良いのだと思う。

好きな人になかなか会えないことは、確かに正直少しさびしい。
けれど、それ以上にこの先2人がどんな音を紡ぐのか楽しみな気持ちでいっぱいだ。
私も負けていられないと気合を入れ直す。
頑張るんだ。
タツやシュンさんに胸を張れる自分であれるよう。
千歳くんの最高のパートナーでい続けられるよう。
音楽も、学校も、全部。

「千依ー!! ほんと、ほんっと、もう!」
「千依、見たよ。本当別人みたいで驚いた。やっぱりプロだね」

気合を入れて迎えた年明けの登校日。
大事な友達2人が興奮したようにそう言ってくれる。
たった半年前には有り得なかった光景。
当たり前なんかじゃない絆。
大事にしたい。
ひとつひとつ積み上げていきたい。
人より歩くのは遅くても良い。
そう思えるようになった自分が嬉しい。

「中島!」
「ふはい!」
「卒業祭のこと、俺ずっと考えてたんだけど、ここ! ここ、もうちょっとカッコよくできねえ!?」
「へ?」
「ハモり、もっと難易度上げていいから壮大にしたい!」
「……あんた、正月休み中ずっと考えたわけ?」
「当たり前!」

私の世界も少しずつではあるけれど、ちゃんと広がってくれている。

「壮大に、します……!」

心は声に。
想いは歌に。
私だって前に進んでいきたい。
タツが広げてくれたこの人生を、しっかり歩んでいきたい。

そうして、日々はやっぱり少しずつ。
私も少しずつ。
前に進んだり、時には後ろに下がったり、全てが完璧にとは勿論いかなかったけれど時間が流れていく。
気付けばお正月ムードもすっかりと消え、雪は雨に変わる。
霜は花になる頃。

「え、俺に?」
「うん。千歳くん、卒業おめでとう!」

私はひとつの曲を千歳くんに贈った。
今日は、千歳くんの卒業式。
ずっと私を支えながら芸能活動を頑張り、そして学業も疎かにしなかった努力家の千歳くんがついに卒業する日。
千歳くんにとって、芸能活動がいよいよ本格化するスタート地点。
感謝とお祝いと、体いっぱいに巡った想いを伝える手段はやっぱり音楽だった。
ひっそり千歳くんには内緒にして、作曲も編曲も歌詞も歌も全て1人で作った曲。
2人でやる曲に比べて何だか物足りない気持ちもあるけれど、それでも今持てる全ての力をつぎ込んだ。
ピアノを弾きながら声に想いを乗せる。

「……ありがとう、ちー」

千歳くんは目に涙を浮かべながら、そう言って笑ってくれた。
誰よりも私の音楽を理解してくれる大事な片割れ。
彼はきっと私のその気持ちを全て受け取ってくれたんだろう。
大好きだという気持ちと、寄せる絶対の信頼と、そしてこれからの決意と。
その証拠に、私に抱きついた千歳くんは「次はミリオン取ってやる」と気合たっぷりに言った。

強気で自信をつけて魅力的に笑う千歳くん。
前に進んでいるのは私だけじゃない。
その事実がとても嬉しい。

「ところで、ちー最近あいつとは会ってるの?」

ふいに千歳くんがそんなことを言う。
何が言いたいのかすぐに気付いて、私はふにゃりと情けなく笑ってしまった。

「全然、会ってないなあ」
「ふーん……。あいつ、ちーと音楽どっちが大事なんだろうね」
「ふふ、私は音楽大好きなタツが大好き、だよ?」
「……ちっ、本当気に入らない」

タツとシュンさんが本気で挑んでいるオーディション。
あれからも選考は続いて、いまちょうど3次審査が終了したところ。
2000組中100組しか残れない2次選考を勝ち抜いて3次審査に駒を進めたと教えてくれたのは、本人ではなく大塚さんだった。

大晦日以降、タツと会ったのはたったの2回だけ。
それも偶然会って挨拶しただけで、それ以上の会話もなかった。
目の下にクマを作りながらも、充実しているといった表情で歩いていったタツの背中を思い出す。
タツは宣言通り一切の弱音を吐かなかった。
たとえ短い時間の交流でも、その声や表情、姿勢でどれほど本気なのかすぐに分かる。

タツも頑張っている。
そうして、その芽は着実に根をはっている。
もしこの3次審査を通過すれば、いよいよ最終審査。
タツの目指すこの道への扉は、もう近い。
タツやシュンさんにとって勝負の日となる最終審査は5月。
あと2カ月ちょっと。
心の中で毎日のように声援を送っている。

「さて、俺達も新曲の話しなきゃね」
「うん!」
「卒業祭終わったから、とりあえず学校の方はひと段落だよね? じゃあ、セーブせずにがっつり仕事入れるけど良い?」
「勿論。ありがとう、私の我儘聞いてくれて。今度は仕事、全力集中するね」
「ん、頼りにしてる。で、今俺思いついたんだけどさ」

私も負けてられない。
あの大舞台で真正面から会った時、堂々と笑いあえるように。
気合を新たに、私はまた音楽の世界にのめり込んでいった。


「通った」
「……シュン、今何て言った」
「3次、通ったぞ」
「……っ、そう、か。やっと、ここまで」

それからほどなくして、その知らせがタツやシュンさんの元に届いたこと。

「おう、タツ。これ、チエから送られて来たぞ。新曲だとよ」
「チエから?」
「あの嬢ちゃんも頑張ってるみたいだな。ほら、見てみろよコレ」
「……チエ、やるな」
「ちょ、シュン先見んなよ! 俺にも早く見せろ」
「嫉妬、か?」
「うっさい、早く見せろ」
「あら何だい、賑やかだねえって、まあ!」
「……チエ。負けてられないな」

変わることなく温かなその場所でそんな会話がされていたこと。
それを知るのはずっと後になってからのことだった。







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