ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

46.応援してくれる声

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「はあ!? 芸音祭出るぅ!?」
「ご、ごめんなさいいい!」
「いや、だから何故謝る! 違くて、何そのビックニュース!!」
「……ねえ、萌ちゃん。この2人いつもこんなテンションで会話してるの?」
「してますよ……、耳キンキンしますよね」

真夏ちゃんの意識が戻ったところで、芸音祭の話をすれば予想通り大音量の返事が来た。
条件反射で謝り返す私。
そんな私達の近くで、明らか温度差のある空気で千歳くんと萌ちゃんが話している。
不思議な空気が流れていた。
余裕のない私と真夏ちゃんは狭い部屋の中だと言うのに完全パニック状態で大声で会話をしている。
見かねて宥めに入ったのは千歳くんと萌ちゃんの2人組。

「ほら、ちー。本番近いんだから喉労って」
「あ、ご、ごめんっ」
「真夏も。ちょっと落ちついたら? 大好きなチトセがドン引きするよ?」
「はっ……! それはいかん!!」

宥められ方が何だかそれぞれおかしかったような気がするのは気のせいだろうか。
そんなどこか的外れなことを考えながら口を噤んで、呼吸を入れ替えた。
真夏ちゃんが少し冷静になってから、ごほんと咳払いをする。

「ねえ、千依。芸音祭出るってことは、“自分がちぃです”って公表するの?」
「えっと、ううん。高校卒業までは、公表しないよ」

聞かれた問いに答えると、萌ちゃんが「ああ、学校とは話ついてるのね」と少し安心したように言ってくれる。
心配してくれていたんだと分かって心が温かくなった。
その横で真夏ちゃんが何かに気付いたらしく、口を開く。

「ってことは、矢崎とか千依の正体知ってるってこと……!? あのやろ、羨まし……って今はそんな話どうでも良い! けど羨ましい!」
「え、えっと……」
「千依。人前苦手だよね? 芸音祭なんて大舞台、大丈夫?」
「あ、ちょっと萌! 私が聞こうとしてたのにっ」
「あんたじゃ話進まないでしょうが」

どこまでも私のこと主体に心配してくれる2人の気持ちがとても嬉しい。
思わず感動してほろりと来る。
千歳くんも私の横で嬉しそうに笑って私の肩をポンポンと叩いてくれた。

「大丈夫だよ、2人共。何かあっても俺がフォローするし、第一ちーは本番強いから」
「……スミマセン、はっきり言って普段の千依知ってるぶんいまいち信用できないんですけど」
「あはは、真夏ちゃんスッパリ言うね。言い分はすごいよく分かるけど、本当大丈夫だよ。ちー、音楽に関してはプロだから」

私の代わりに千歳くんがニコニコと答えてくれる。
出会って一瞬で2人に馴染んでしまえるあたり流石と言うしかない。
萌ちゃんや真夏ちゃんも何だかんだ言ってあっさりと千歳くんに馴染んでしまっている。
スピード感のありすぎる関係構築に、感心するしかない。

「千依、良い? 人はじゃがいもかかぼちゃだと思うんだよ!」
「……真夏、それ古いと思う」
「古くたって良い! 効果があればそれでいい!」
「……経験済みなんだ」

一生懸命励ましてくれる真夏ちゃんに、一歩引いた所から冷静に背を押してくれる萌ちゃん。
嬉しくてひたすらこくこく頷きながら、千歳くんをついつい見てしまう。
こんな良い人達が私の友達なんだよと伝えたくて。
千歳くんはすぐに私の視線の意味に気付いて笑って頷いてくれた。

「良かったね、ちー。俺も一安心」
「うん、うん……! 千歳くんありがとう!」
「本番成功させて、2人とも驚かせてやらなきゃな」
「うん!」

いつも通りの私達の会話。
相変わらず千歳くんは私の気持ちを上げさせてくれる。
満面の笑顔で頷いていると、ふと真夏ちゃんと萌ちゃんの方から声があがった。

「ちょ、萌……なにこの和む風景。鼻血でそう」
「……本気で落ちついて。それにしてもチトセってシスコン」
「萌! 言っちゃ駄目! それにシスコンなチトセって素晴らしい……!」
「……本人目の前によく堂々言うわ」

目の前に千歳くんがいても2人の会話の内容は変わらない。
あんなに心配していたのがウソみたいに受け入れてくれる優しい人達。
私は千歳くんと顔を見合わせて苦笑する。

「それにしても成程、シスコンって需要あるんだね。良いこと聞いたな」
「ハッ……、私ってばまた失礼なことを! すみません、興奮しちゃって。だって、チトセって本性はもう少し腹黒で意地悪くて仏頂面なイメージあったから」
「……真夏ちゃんって、本当ハッキリもの言うね。良いんだけど」
「あー! しまった! つい、ぽろっと失礼を!」
「あはは、良いって良いって。ハッキリ言われるの、逆に面白い」

真夏ちゃんはいつもより何だか少し興奮しているようだ。
それを呆れたように見つめる萌ちゃんは普段と何も変わらない。
なんとも2人らしくて、私は嬉しかった。
大好きな友達と大好きな兄が会話しているところは、何だか不思議だし楽しい。

「それにしても、真夏ちゃんって本当に俺のファンでいてくれてるの? 何か話を聞いた感じだと真夏ちゃんの中のチトセ像って極悪非道じゃない?」
「え? でも歌手に人間性なんて関係なくないですか? 第一人間なんだから聖人君子な訳ないですもん。仕事ならキャラクターくらい作るでしょ。私はどんなイメージだろうと、あんな力強い歌を歌える“チトセ”が好きなんです」
「……っ、まだ若者のぺーぺーだよ?」
「関係ないですって。私はぺーぺーだろうが、性格極悪だろうが、チトセの歌が好きなんです」

真夏ちゃんが当然といった風に千歳くんに告げる。
ファンだと公言するその人が目の前にいようと、真夏ちゃんの言葉に変わりはない。
奏のチトセが好きなのだと、そう告げる真夏ちゃんの目は真っすぐで千歳くんが思わず息を飲んだのが分かった。
呆然と、驚いたように真夏ちゃんを見つめる千歳くん。
その様子を見て、真夏ちゃんが笑う。
いつもの真夏ちゃんが浮かべる太陽のような笑みで。

「やっと実感しました、千依とちゃんと双子なんですねチトセさん! 妙にそっくりなんだもん。性格極悪じゃなくてシスコンだったのは発見だったけど。でもだからかー、ちぃの曲をあそこまでカッコよく歌いこなせるわけが分かりました」

満足そうに笑う真夏ちゃんに、萌ちゃんは呆れ顔のまま息をつく。
けれどその萌ちゃんの口元は少し上がっていて、そして優しく見守るように目を緩めていた。
素直と言えば素直すぎる真夏ちゃんの、けれどこんなところが萌ちゃんは好きなんだろう。
私だって同じだ。
そしてそれ以上に嬉しかった。
千歳くんのことをこうやって分かってくれる人がいたこと。
私の大事な兄のことを、こういう風に言ってくれる温かな人と友達になれたこと。


「……ありがとう、真夏ちゃん」

横から真剣なトーンで、千歳くんが呟く。
いつもに比べて随分と弱々しい千歳くんの声。
それを聞いて、千歳くんのそれまでの苦悩がほんの少し伝わった気がする。
あまり表情には出ていない。
けれど、心から震えるように感情を溢れさせているのが私には分かる。
だって、千歳くんは本当に感動したように、嬉しそうにその声を発したから。

「これは何が何でも芸音祭で爪跡残さなきゃな」

気合の入った声で千歳くんが言う。
私も力強く頷く。

「良かったら2人とも見てて。芸音祭で奏の本当の姿を見せるからさ」
「わ、私、頑張る!」

決意を新たに宣言すると、2人は晴れやかに笑った。
「楽しみにしてる」と短くて最高に気合の入る応援をくれた2人。

芸音祭。
運命の舞台まであと6日。
私達の中で何か大きく変わった気がした。


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