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本編
43.兄と友達
しおりを挟む「うっそ、まさか千依の家ってめっちゃお金持ち?」
「え? そ、そんなそんな」
「そういえば前に家が音楽教室だって言ってたね」
それが2人が私の家を見た第一声だった。
「あ、その、ね? 2年半くらい前に引っ越してきたばかり、だから」
「なるほど、そうだったのね」
「どうりで綺麗なわけだ」
そんな会話をしながら2人を居住用の方の扉へと案内して家へ入る。
中はシーンとしていて、千歳くんもまだ帰ってきてはいないようだった。
私達の家は2年前に建ったばかりの新築だ。
それまで家近くの物件を借りて音楽教室を主宰していたお母さんが、設備の整った自宅兼の教室を作りたかったことから引っ越してきた今の家。
ちょうど私達にも芸能界入りの話が出てきたことで、特に千歳くんのセキュリティを考えたらちょうどタイミングが良かった。
そして家族は何も言わないけれど、私に対してもトラウマのあるあの街から少し環境を変えた方が良いだろうと気遣ってくれた結果なんだと思う。
現に中学時代の住んでいた所からここはそこまで遠くはないけれど電車の接続が悪く行き来の少ない場所にある。
お母さんの仕事事情を考えればむしろ不便になるというのに、ここに決めたというのはそういうことだろう。
お陰で小中学時代の知り合いにもそうそう滅多には会わない。
教室と居住用の入口は別々、部屋は完全防音設備付きで、セキュリティも万全。
特に人目につきやすい千歳くんも、これでだいぶ快適に過ごせているらしい。
私達兄妹が過ごしやすいようにとこの環境を与えてくれたお父さんとお母さんには本当に感謝だ。
千歳くんは、私から友達を連れて帰るとの連絡を受けてお菓子を買いにいってくれていた。
どうやらものすごく気合が入っているようで、何を言うよりも先にあれこれと用意していくれているようだ。
「楽しみだなあ」なんて明るい声をあげていたから、お言葉に甘えている。
千歳くんの姿を2人に見せたら、真夏ちゃんと萌ちゃんはどんな反応をするだろうか?
正直、不安な気持ちも怖い気持ちもある。
自分の心の内をさらけ出すのは、やっぱり今も少し怖い。
人との付き合いを深めるということは、自分の今まで見せてこなかった面も見せるということだから。
一度関係を作り上げることに失敗してしまった私は、どうしても一歩踏み出そうとするたびに体が委縮してしまう。
それでも、言うんだ。
ちゃんと明かして、ありがとうと言いたい。
ただただその一心だった。
「それで、話ってどうしたの? 何かあった?」
部屋について一息ついたところで、萌ちゃんが促してくれる。
なんとも気遣い上手な萌ちゃんらしい。
私が話しやすいように、いつだって気を配ってくれる。
ありがとうと、心で感謝してギュッと手を握りしめる私。
「うん。あのね、その……私、2人に、隠していることが、あって」
「へ、隠し事?」
「う、ん」
そう言って、やっぱり一呼吸置く。
一息で言えちゃえば良いんだろうけれど、そこまで自分の心臓は強くない。
どうしても言葉を表に出すまで時間がいる。
それでも2人は急かさず待ってくれる。
だから、私はちゃんと2人の目を見て告げることが出来た。
「私、曲をね、……作ってて」
「あー、うん。すごいよね! この部屋入ったとき音符だらけで驚いたもん」
「真夏。分かったから落ちつく」
「あ、ありがとう! あの」
「良いよ、千依。ゆっくりで」
「う、うん。その、ね? 私、曲、作ってて……その曲で、仕事、してて」
いざ話すと覚悟を決めても、どう切り出せばいいのか上手く掴めずテンポの悪い会話になっている自覚はある。
けれど、そんな私のしどろもどろな話口調でも理解してくれたらしい2人は「え!?」と声をあげて少しの間固まった。
「し、仕事って……お金もらってんの? 作った曲売って?」
動揺した様に真夏ちゃんが尋ねる。
コクリと頷けば、今度は萌ちゃんから声があがった。
「……すごいね。音楽好きなのは知ってたけど、そこまでとは」
感心した様に言う萌ちゃん。
2人から嫌な空気は感じなくて、ホッとする。
ここで変な空気になってしまったら、先を伝える勇気が削られそうだったから。
弱くて、臆病で、少し情けない話ではあるけれど。
「ね、ね、作った曲とかどういう所で使われてんの? 私でも知ってる?」
もっともと言えばもっともな真夏ちゃんの言葉に、心臓がバクンと大きく音を立てる。
上手な答え方がやっぱり分からない私は、胸を抑え込んで無言で立ち上がった。
向かった先は作曲したノートをまとめる本棚で、とある一冊を抜き出す。
音符の読めない真夏ちゃんではあるけれど、それでもきっとこれが何の曲かは分かると思う。
だって真夏ちゃんは私達の曲をいつも楽しそうに聴いてくれる人だから。
「これが、私の作った曲」
そう言って五線譜を真夏ちゃんに渡して座り込んだ。
つい緊張して目も閉じてしまう。
「いや千依さん、だから私おたまじゃくしは……って、………………え?」
「どうしたの、真夏」
「も、萌……これ、私知ってる」
分からないと言いながらペラペラとノートを開いて、中身を確認していた真夏ちゃん。
五線譜の一番上に書かれた文字にちゃんと気付いてくれたらしい。
そこに書いてあるのは『dusk』。
私達の新曲の名前。
私が書いていった音符に、千歳くんと2人で考えた歌詞の候補。
あの1週間の記憶も飛んでしまうほど濃かった時に生まれたもの。
その全てが、そこには詰まっていた。
真夏ちゃんは驚いているのか困惑しているのか、ピタリと固まったまま動かない。
萌ちゃんは分からないと言った顔をしながら五線譜を覗きこむ。
タイトルに覚えがなくても歌詞に覚えがあったらしく、次第にその目を開いていくのが分かった。
2人がほとんど同時に私の方を向くのが分かる。
私は破裂しそうな心臓を無理矢理抑え込んで、2人を見た。
「わ、私……ちぃって名前で、音楽作ってて、奏ってユニットで、芸能活動してるの」
きっとそんなこと言わなくても、奏に詳しい2人は知ってる。
それでもちゃんと言いたかった。
逃げてばかりじゃダメだと思うから。
反応が怖いけれど、手も震えているけれど、私は2人から目をそらさない。
流れたのは長い沈黙。
……破ったのは、萌ちゃんだった。
「つまり、千依が噂のチトセの相棒ってことで良いの?」
困惑気味に言う萌ちゃん。
一度目を瞑って、私は一度だけ頷く。
それに反応したのは真夏ちゃんだ。
「え、ちょ、ちょっと待った、頭パンクした。え、え、え!?」
「あ、あの、ごめんなさい!! 黙ってて! ごめんなさい!!」
「いや、なぜ謝る!? 千依なにも悪くないからね!? というか、マジで!? え、ドッキリじゃなくて?」
しばらくはそんな叫び合いの噛み合わない会話が続く。
それを宥めたのはやっぱり萌ちゃんで、私と真夏ちゃん両方の肩を叩いて大きく息を吐く。
どうやら萌ちゃんも萌ちゃんなりに驚きを隠せないのだと、そこでようやく気付いた。
けれどすぐに萌ちゃんはいつも通りに戻って、淡々と言葉を紡ぐ。
「漫画のような展開ね、驚いた」
「も、萌さんその割にずいぶん落ちついてマスネ……私、まだ混乱の極地」
「……まあ、私は耐性あるから。経験上」
「は?」
「何でもない。それにしても、やっとこれで納得した。奏がユニットなのにチトセしか表に出てこない理由」
そして私が芸能界で表立って出ない理由を、何となく察してくれたらしい。
私を安心させるように笑って、萌ちゃんは頭を撫でてくれた。
「すごい才能だね、千依。それにこれって多分秘密の話だよね? ありがとう、話してくれて」
かけられる優しい言葉に感動して視界がぼやける。
呆然としたままの真夏ちゃんも、そこでハッと我に返ったような顔をして抱きついてきた。
「わわわ、私だって! ごめん、正直テンパって何が何だか分かんないけど!」
「え、えと」
「正直まったく話にも付いていけてないけど! でも、ありがとう!!」
「……え?」
「私さんざんギャーギャー騒いでたから知ってると思うけど、チトセの大ファンなんだよ私」
「う、うん!」
「そのチトセにあんな良い曲たっくさん作ってるのが千依!? 私の友達!? 何その奇跡、訳わかんないだけど!」
「……落ち着きなさいよ、真夏」
「だ、だって! だって奏だよ!? 私ファンでミーハーよ!? ここで興奮しないでどこで興奮するの! というかこの楽譜、素手で触っちゃったんだけど!?」
「……完全反応がオタクのそれね」
「不可抗力でしょう、これは!?」
……拒絶されたらどうしようなんて、そんなことばかり考えていた私。
けれど2人は当たり前のようにこんな私の一面を受け入れてくれる。
冷静に、言葉を選んで友達として褒めてくれる萌ちゃん。
興奮気味に、そして一ファンとして私の曲ごと愛してくれる真夏ちゃん。
ああ、友達というのは、ファンというのはこうしていつだって私に温かな気持ちを与えてくれる。
どちらも反応も私にとってはずっとずっと欲しかったもので、大事なもの。
「ありがとう。あのね、ずっと、お礼が言いたかったの。いつも、楽しみに聴いてくれたの、本当嬉しかったから」
ずっと言いたかった言葉、心の中でだけ呟いていた思い。
やっと言えたことが嬉しくて思わず笑みがこぼれる。
真夏ちゃんは途端照れたように笑ってグリグリと私の頭を撫でてくれる。
萌ちゃんは少し呆れたように笑って、そうして頷いてくれた。
そうしてふと何かに気付いたように萌ちゃんが声をあげる。
「ところでチトセとはどうやって出会ったの? どういう経緯でユニットになったのか聞いても良い?」
当然の問いに私は頷いて、「それは」と言いかける。
その瞬間ずしりと何かが頭の上に乗った。
「気になる? 萌ちゃん?」
突然響いた声と、シトラスの匂い。
千歳くんがいつも付けている香水に、頭上の正体を知る。
目の前をふと見ると、萌ちゃんは目を見開き真夏ちゃんは完全に硬直していた。
「どうもー、ちーの双子の兄の千歳です。初めまして」
上から響く楽し気な声。
私の頭に顎をのせて自己紹介する千歳くん。
一体いつから聞いていたんだろう?
分からないけれど、すぐ近くのテーブルには大量のお菓子と私達の分のお茶。
なんとも器用で素早い千歳くんらしい。
気付かない間に2人をもてなす準備は万端だったようだ。
萌ちゃんと真夏ちゃんは千歳くんとどんな会話をするんだろう?
気になってそろっと目の前の2人に視線を合わせる。
すると。
「は、じめ……マシテ?」
「え、え……ま、真夏ちゃん!?」
理解が限界突破したらしい真夏ちゃんが傾いでいくのが、見えた。
それが、千歳くんと真夏ちゃんの出会い、だった。
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