ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

42.クリスマス

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「うー……なかなかリズムが合わないなあ。ごめんね、千歳くん。忙しいのに」
「いや、全然良いよ。大事な舞台だしね、妥協せずいこう?」

学校と事務所を往復する日々が続いている。
朝起きて学校行って、そのまま仕事して、そして寝に帰るような生活。
ひとつのステージを完成させることはとても大変な作業だ。
どれだけ時間をかけたって出来ている気がしない。
けれど、だからこそやりがいがある。

「……おっかしいな、俺も一応プロなはずなのに全然あの子のリズム外れている所分からないんだけど大塚さん」
「あー、考えるだけ無駄無駄。あいつ音楽の感覚に関してだけは異次元だから」
「こええよな、分からない次元で調整してんのに、良くなっていくのは分かんだからよ」

後ろでそんな会話をしている他の楽器隊の皆さんと大塚さん。
正直そんな声すら耳に入っていない。
自分の中で浮かぶイメージを現実に起こすというのは、本当に難しい作業なのだ。
思うとおりにやってみても、どうにもどこかズレている。
それがどこなのか、どうすれば理想に近づくのか、見つけながら正していく作業は気が遠くなるほどの時間を要する。

千歳くんの声を、曲の雰囲気を、とにかく一番活かせるようにするのが私の役目。
ピアノが目立ち過ぎてはいけない、けれどただの演奏マシンになって良いという問題でもない。
匙加減がとても難しい。
おまけに今回はコーラスつき。
双子なだけあって私達の声の相性はかなり良い方だろう。
けれどもっともっと千歳くんの声を引き立てられるはずだと思うと、何をとっても自分の声に不満を持ってしまう。
本番まであと1週間もない。
焦りすぎず、遅くなりすぎず、かなり細かく調整は続いていた。

「……なんか日に日にやつれてない、千依? 体調悪いの?」
「本当だよ、目のクマやばいって!」

寝る間も惜しんで作業していると、心は元気でも体がボロボロ。
さすがに外から見ても分かるようで、日に日に友達からの視線が厳しくなっていく。

「だ、大丈、夫?」
「……なぜに疑問形。大丈夫なのか本当」

真夏ちゃんが心配そうに私の頭を撫でてくれた。
力なく笑って机につっぷす私。
どうしても妥協できなくて、熱中しているとついつい朝になっているんだ。
そうして一番辛いのは学校の時間帯になってしまう。
いけないと思いながらも眠気と戦うのに必死だ。

『本番倒れられたら困る。お前ら明日は事務所出入り禁止。家でも練習してねえで休め』

ついには大塚さんからも休息厳命を受けてしまった。
本番直前なのに……なんて千歳くんと2人で抗議したけれど、おそろしく冷たい目で笑い低いトーンで「あ?」なんて言われたら流石に私達もそれ以上反論できない。
大塚さんが本気を出すとどう頑張っても私たちじゃ勝てない。
けれどやっぱり大塚さんが私達に下した判断は正しく、頭ぐるぐる体ぼろぼろのこの状況じゃまともな仕事なんてできないと少し落ち着いてから私も実感していた。
こういったバランス感覚はやっぱり大塚さんが一番把握していて、大塚さんのこういう時の判断が間違えたことはないのだから本当に頭が上がらない。
……うん、今日はちゃんと休もう。頭を一度すっきりさせなくちゃ。

そうしてウトウトと机の上で微睡んでいたら、耳に響くのはジングルベルの歌。
ああ、そっか。今日はクリスマスだったっけ。
鈍い頭でようやく日付を思い出してふふふと一人で笑う。
皆が笑顔になるこの日の空気感は、私も好きだから。
そして不意に耳に届いたのは真夏ちゃんと萌ちゃんの会話だった。

「しっかし、今年のクリスマスは私お1人様で寂しいわ……クッ」
「何言ってるの、真夏。あんた今までだって彼氏いたことないでしょ」
「あー、これだから彼氏持ちは! そうじゃないよ、本当の意味で1人なんだよ! 家族がみんな出張やらでーとやらで!」

耳に入った言葉にハッとなって、ガバッと私は起き上がる。
眠気は、少しとんだ。

「うお、どうしたの千依」
「か、彼氏……! も、萌ちゃん、彼氏」
「え? あれ、千依に言ってなかったっけ?」

そう、それは初めて知ることだ。
私自身こういった恋愛事はものすごく疎くて、そんな話をする友達もいなかったからどこか遠い世界にすら思っていた話題。
過剰に反応してしまったのは仕方がないのかもしれない。
萌ちゃんも真夏ちゃんも可愛いから彼氏がいても全然不思議ではない。
けれど実際に言葉として聞くと興味と驚きとでついつい食いついてしまう。
恋愛は、私もつい最近になって他人事じゃなくなったから。
ドキドキと、自分の事でもないのに胸が激しく反応する。

私の様子に目を瞬かせた萌ちゃんは、けれどすぐに冷静さを取り戻して「あれ、彼氏」なんて言いながらある人物を指差す。
その先を必死に追うと、そこにいたのは宮下くんだった。
卒業祭の伴奏の話を真っ先に私に持ってきてくれた爽やかイケメンの男の子。
萌ちゃんと確かに何度か名前で呼び合って会話しているところは目にしている。
仲が良いなあなんて呑気に考えていたけれど、まさかそんな関係だったとは。
驚いてピキッと分かりやすく固まる私に真夏ちゃんが笑い声をあげたのが分かった。
そうして我に返った私は再び萌ちゃんと宮下くんを交互に見比べる。

「美男美女カップルだ……すごい絵になる、おとぎ話みたい」
「おとぎ話って、千依、そんな綺麗なものじゃ」
「ああ、萌ダメだこれ。千依の純情フィルターかかってる」
「……純情フィルターって何」
「たまーに千依ってすっごいキラッキラした目で青春噛みしめてるじゃん? それを私は純情フィルターと名付けたわけ」
「……へえ」

2人の会話はあまり聞こえていない。
学校で友達がいるということすら夢のようなことなのに、その中の恋愛に触れることができるなんて本当に青春みたいだ。
テレビやドラマの世界みたいな光景にやっぱりドキドキしてしまう。

「まあでも、私も今日は暇だけどね」
「は? 何で。宮下と過ごさないの?」
「あー……、バイトだって」
「はあ!? バイトって、クリスマスに!? あいつふざけてんの!?」
「まあ良いんじゃない? 私基本的にイベントとかどうでも良いし」
「さ、冷めてんなあ……、相変わらず」

相変わらずテンポの速い会話に加わることはできない。
ただただ理解したのは2人とも今日はクリスマスだけれど時間が空いているということだけ。
……時間が、空いている?
そこでふと、私はあることを思いつく。
今日は仕事はお休み。
家に真っすぐ帰るし、千歳くんも同じだ。

「あ、あの!」

つい大きめの声を張り上げてしまう。
それにびっくりしたように目を見開いて、2人が私を見つめてきた。
コクリと喉をならして、深呼吸する私。
そうして、決意して口を開いた。

「もし、良かったら、ウチに来ないですか? その……話したいこと、が、あって」

しどろもどろになった私の言葉。
やましいことなんてないけれど、緊張してしまって言葉がもつれる。
それでも視線を外さなかったのは、ちゃんと伝えたいと、その気持ちが勝ったから。

「え、いいの? でも千依も何か用事あるんじゃないの? あのおっさんと」

声を発したのは真夏ちゃんで、頭が飽和状態の私では“おっさん”が誰のことを指すのかすら分からない。
それでも必死に答えようと、ブンブン首を横に振る。

「私、今日ヒマです!」

気合を込めると、今度は萌ちゃんがフッと吹き出すように笑った。


「クリスマスにその宣言を気合いっぱいで言っちゃうんだ、千依。本当面白い子だね」
「あはは、確かに!」

萌ちゃんと真夏ちゃんの笑顔に、緊張したままつられて笑う私。
2人は互いに顔を向き合わせ頷く。

「千依が良いって言うなら喜んで。お邪魔しようかな?」
「千依の家かあ、どんなんなのかな。話も気になるし、私は寂しくないならそれで良い!」

快諾してくれた言葉に嬉しくなって力強く頷き返した。






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