ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

30.千依のこれまで2

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音楽が繋げてくれた大事な友情。
それでも、学校にいて音楽に接する機会というのはそんなにない。
そして人付き合いの下手くそな私はピアノ伴奏なんていう人前で何かを披露することがとても苦手だった。
上がり症で、頭が真っ白になって、何もできなくなってしまう。
だからピアノが弾けても、私が学校で弾く機会なんて本当にたまにだけ。
きっと2人にとってはそれが歯がゆかったのだろう。

「もったいない。せっかく上手なのに、いまやらなくていつやるのよ」
「そうだよ。弾きたくても弾けない人がどれだけいると思ってんのさ」

よく私はそう励まされていた。
それでも、どうしても難しいことだったと説明すれば分かってもらえただろうか。

私は音楽以外まるで何もできない。
人の言葉を理解するのに誰よりも時間がかかる。
体を俊敏に動かすことができない。
運動も勉強も人付き合いも、鈍くさい。

少しなら「天然」なんて言われてネタにしてくれるかもしれない。
けれど私の不器用っぷりは、度を越えていた。
皆が当たり前に出来るようなことが、人一倍かかる人間だったと思う。
それは、時に色んな人をイライラさせてしまう。
自分でも分かっていた。
けれど、どうしたって上手くいかない。
千歳くんの真似をしてみても、同じ様にならない。
距離は、少しずつ開いた。

「だから違うって。ここはこうで……あー、もう。本当チエちゃんはにぶいな」
「ピアノであんなに早く指動くんだから、これくらい楽勝でしょ?」

川口さんと村谷さんはよく付き合ってくれた方だ。
何だかんだ文句を言いながら面倒を見てくれていたのだから。
私もせっかく出来た友達を失いたくなかった。
必死に2人に追いつけるようにと頑張り続ける。
何度も何度もノートを見返し、予習復習も繰り返して勉強を続ける。
手のマメが潰れるまで鉄棒や縄跳びの練習にも力をいれた。
それでも、結果が上手く出てくれない。

「ちょっと! なんで前教えたとこまたできなくなってんの!? ちゃんとべんきょうしてる? ピアノばっかりしてんじゃないの?」
「チエちゃん、さすがに勉強した方がいいよ。まずいってこれ」
「……っ」
「なんで泣きそうな顔してんの。泣きたいのはこっちだって」

いつまでたったも上手くいかない私に2人は少しずつ怒るようになっていった。
今思えばそれも仕方なかったのかもしれない。
私達はまだ当時お互い小学生だ。
上手くいかない現実を呑み込んで生きていくなんて難しいこと、できるわけもなかったんだと今なら思える。
けれど当時の私はもう限界だった。
大好きな音楽を投げ出して、苦手な勉強や運動をひたすらやり続けても結果に結びつかない。
だんだん息苦しくなっていったのだ。
真っ直ぐだからこそ棘にもなる2人の言葉が、怖い。
少し張った声を聞くだけでビクリと体がはねる。
完璧主義者で、自分にも他人にも厳しい2人。
対して自分にも他人にも甘い私。
それでも置いていかれるのが怖くて必死だったと思う。

「ちー。ちょっと、休もうよ」

千歳くんはこの頃そんなことをしょっちゅう言っていた。
顔色が青くなるほど無理していた私を心配していたと今なら分かる。
けれど私にはそれを察してあげられるほどの余裕がなかった。
どうすれば開きかけた距離が戻るのか、分からなくて。
それまでろくに人と関わっていなかったから、開き直りとか加減とか分からなくて。
意地もあったし、千歳くんに対する劣等感を跳ね返したいのももちろんあった。

「だいじょーぶ。あと少しやる」

自分に言い聞かせるように告げて教科書にかじりつく日々。
常に何かやっていなきゃ自分がどんどん落ちて行くようで怖かった。

「大丈夫じゃないって。ちー」

けれどその時の千歳くんはいつになく食い下がってきた。
タイミングが悪かったのか、それともお互い溜まりに溜まったものが噴出したのがその時だったのか、分からない。
プチンと、頭の中で何かが切れたのは突然だった。
それだけ余裕がなかったことに気付いたのは、それこそ最近のことだったけれど。

「だいじょうぶだって言ってるでしょ!? 千歳くんには分かんないよ!」
「ちー……?」
「何でもできる千歳くんにはなにも分かんない! 私の気持ちなんてだれにも分かんないよ!!」

それが最初で最後の千歳くんに怒鳴った記憶だ。

「……なにそれ。ちーにだってオレの気持ちなんて理解できないくせに」
「っ!」
「何でもできる? ……ふざけんな。ちーこそ俺の気持ち何も分かってない、分かろうともしてないだろ!!」

血が上っていたあの頃はもちろん、今でも千歳くんのこの言葉の意味は理解しきれていない。
けれど、初めて千歳くんとぶつかったあの日。
自分のしでかしたことを理解するのはすぐ後のことだ。
私を心配して放っておかなかったであろう千歳くんに逆ギレした自分がたまらなく性格悪く思えて自己嫌悪に陥る。
追い打ちをかけるように、運動会の時期がやってきて尚更気持ちはだだ下がりだ。

「なんで千依ちゃんって、あんな遅いの。千歳くんの方はすごい速いのに」
「やる気ないんでしょ。だって双子だよ? それでこんな差出るのおかしいって」
「そういえばこの前のテストも点数悪かったよね、チエちゃん」

クラスの対抗リレー。
クラスで一番足の遅い私は、当然皆の足を引っ張る。
朝誰よりも早く起きて外を走っても全然速くならない。
息が切れても無理させて足がもつれるほど頑張っても、あっという間に横から抜かされる。

「いい加減にしてよ、チエちゃん。本気でやって」
「そうだよ。ピアノであんだけ頑張れるんだから、もっとできるでしょ」

千歳くんと喧嘩中。
友達2人は手厳しい。
自業自得とはいえ、味方が誰もいない気がして絶望した。

結局対抗リレーは、私の順番で大きく抜かされてちょうど真ん中くらいの順位で終わった。
クラス中の白い目を今も覚えている。
いや、被害妄想かもしれない。
今となっては分からないけれど、あの時はそう感じた。
とりわけ完璧主義者な友達2人の言葉は辛かった。

「チエちゃんさ、なんでここぞという時にやる気出せないの。努力して出来ないなら分かるけど、努力してないよね? 逃げたでしょ」
「……普通はあんな遅くならないって。練習すれば抜かれることもなかったのに」

努力は、必死にやったつもりだった。
大好きな音楽をやろうとしても怖くなって手に付かないほどに、取り組んだつもりだ。

けれど努力が結果を引きつれてくる訳じゃない。
皆と私の感性はどこかズレていて。
皆と私の足の向きもなぜか違って。
どうすれば“普通”になれるのか分からない。
どうすれば結果が出てくれるのか分からない。

「もうやだ。いい加減辛かったんだよね。何言っても返ってこないし、届かないじゃん」
「……話も噛み合わないしね。だってチエちゃん何話しても知らなそうな顔すんだもん。何話せばいいか分かんない」

きっと要因は日々の中にゴロゴロ転がっていたんだろう。
それが今回で決定打になっただけだ。

「友達もう止めよう。正直ついてけないわ」

その言葉で、私の中の何かが崩れた。




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