ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

29.千依のこれまで1

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生まれた時から、私には音楽しかなかった。
大げさな表現じゃなくて、本当のことだ。
物心ついた頃にはおもちゃのキーボードやギターにひっついて、音を紡ぐ。
音楽の持つ力とか、技術とか、そんなもの関係なくただただ音楽のある日常が当たり前だった。
そんな生活が楽しくてたまらなかった。

楽しいことがあれば長調の曲が生まれ、悲しいことがあれば単調の曲が生まれる。
頭の出来も、容姿も、運動神経も、人と関わることも、私は下手くそだ。
双子の兄がその全てそつなくこなしてしまうほど優秀だったから、私のぽんこつぶりは尚更際立っていたと思う。だからなおさら、音楽は私にとって全ての存在だった。

音楽が、好きだった。
自分の想いを、うまく口や文章にしては伝えられない気持ちを、音でなら自由に表現できる。
自分の感覚に従っていれば、自分の心そのままの曲が出来上がる。
それが、始まりだ。

「ちーくん、あそぼ!」
「え……、ぼくはちーと」
「えー、ちーちゃん? ちーちゃんはあっちでひとりで楽しそうじゃん!」

千歳くんは昔から人気があった。
それも当たり前のことだ。
頭が良くて、誰に対しても親切で、運動も得意。おまけに容姿も整っている。
親からの才能全てが千歳くんの方に行ってしまったんだと思うほど昔から優秀だった。

「本当、千歳くんは人見知りしないし面倒見良いしお行儀も良くて素晴らしいわ」
「それに比べて、千依ちゃんは大人しいわね。双子で上手くいかないものねえ」

大人からの評価はもっぱらそんな感じだ。
まだ幼い子供なら理解できないだろうと、皆揃って私達の前でそんな会話をしていたのを今でも覚えている。
……確かに言葉は難しくて理解しきれない。
けれど感情を読み取るのは得意だったのかもしれない。
誰もが自分に対して落胆の色を見せていることに、私は直感で気付いていた。

「ちー? ぼくとあっちであそぼ?」
「……んーん。ちー、ここでいいの。ちーくんはあそんできていいよ」

劣等感もあったけれど、それよりも諦めの方が強かった。
まだ小学に上がるより前に理解していたことだ。
周囲からの評価の違いは、小さな私でも分かるほどだったのだ。

初めは頑張ろうと思った。
千歳くんに負けたくないなあなんて、ひたすら勉強をしたり何度も何度も鉄棒の練習をしてみたり。
それでも一度だって勝てることはなかったと思う。
私が5つ単語を覚える間に千歳くんは10こ覚える
私が鉄棒技ひとつ習得する間に、千歳くんは3つ習得する。
ひとつ前進する間に千歳くんはその何倍先を行っていることなどいつものこと。
そうして、そんなすごい人なのにいつだって千歳くんは私を振り返って手を差し伸べた。
「がんばれ」って励まして一緒に登ろうとしてくれる。
嫉妬心で嫌な気持ちばかり抱える私にとって、それは尚更自分との差を感じさせた。
千歳くんが大好きなのに、モヤモヤとしてしまう。
そんな自分が大嫌いだった。
……いや、今も大嫌いだ。

「ちーちゃんは、ちーくんと兄妹なのに、ぜんぜんちがうねえ」

次第に学年が上がってきて小学中学年くらいになると、周りのクラスメイトだって私達の違いに気付き始める。
親の言葉もあったのかもしれない。
比べられる回数は増え、羨ましがられる回数も増え、差はさらに広がる。
同じ環境で同じ様に育ったのに開いた差。
それが尚更自分の欠陥を示しているようで、悲しかった。

「ちー? 何やってるの?」
「曲、ひきがたりするの」
「ひきがたり?」

音楽に異常な依存をするようになったのはこの頃だったんだと思う。
だって、音楽は1人でもできる。
そして自分だけの世界に浸れる。
だから手当たりしだい目に映るものから耳に入るものまですべて片っ端から試すようになった。

ギター、ピアノ、歌。
自分の好きなままに弾いて、好きなまま歌う。
その時間が日々の溜まっていた鬱憤を晴らしていたんだと思う。
両親はそんな私を見て、ギターとピアノの弾き方を教えてくれた。
発声の仕方を教えてくれた。
教本通りの教えじゃなくて、私が勝手に紡ぐ音を聴いて「ここはこういう弾き方もあるよ」と教えてくれた。
半ば独学のような状態で覚えた楽器。
気付けば一度もやったことのない教本の曲も一目見て一通り弾けるようになる程度には上達する。
だいたい小学5年生頃の話だ。

「え、チエちゃんピアノ上手! うっそ、意外だなあ」
「うわー、なんだただの根暗じゃなかったんだね」

そんな時に出会ったのが、川口さんと村谷さんだった。
音楽一色で、当時の子供達の流行りにのることも出来ず完全浮いていた私を初めてと言っていいくらい褒めてくれた2人。


「いまどの曲やってるの?」
「え?」
「バイエルだよね? え、まさかもうブルクミュラー?」
「えっと、その」

ピアノを習っていた川口さんとのそんな話が突破口になった。

「えー、バイエルやらなくても伴奏できるくらい上手!? うそー! わたし、すっごく苦労してんのに!」
「よく知らないけど、そんなすごいの?」
「すごいよ! 町田さんくらいすごい!」
「町田さんってあのいっつも伴奏役の!?」

小学の時から2人はとても派手な方だったのは覚えている。
サバサバしているけど、可愛い服をいつも着て、可愛く髪を結って、運動も出来て、クラスのリーダー的存在だったから。
そして、そんな川口さんと村谷さんと関わったおかげで、他のクラスメイトと話す機会も増えた。

「わたしね、力のある人が好きなの。実力主義?」

それが川口さんの口癖。
村谷さんは、そんなハッキリと物言える川口さんが好きだと笑っていた。
そんな2人が私と接するようになったのは、やっぱり音楽のおかげだ。
私は音楽が尚更好きになった。

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