ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

24.新曲

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自分でも驚くほどの勢いで五線譜が埋まっていく。
書いては消し、ああでもない、こうでもないと唸るうちに書かれた楽譜が黒く染まっていく。

「……本当いつも思うんだが、こいつの頭の中はどういう構造してるんだ」
「大塚さん今さらなに言ってんの。そんなの分かるわけないだろ、ちーは超人なんだから」

そんな声なんて聞こえていない。
千歳くんも千歳くんなりに主人公像を掴もうと台本と睨めっこしていた。
そして、おおよそ私と同じ答えに辿りついたらしい。
私よりも賢く聡い千歳くんだ。
その千歳くんが私と同じ答えに着いたということは私の解釈は間違えていないんだろう。

「……哀れだな、この主人公も。なのにちっともそんな感じがしない。カッコイイんだけどすっごい切ない」

ぽつりと呟かれた言葉。
耳に入ってハッと千歳くんに目を向ける。

「え、なに。ごめんちー、もしかして邪魔した?」
「ううん、ううん! 千歳くん、こっち」
「え」
「もっと教えて」

私よりうんと詳しく理解していると判断して、引っ張りだし色々と質問攻めをした。
どうしてここでこういう行動に出たのか、どうしてここでこんなこと言ったのか。
大まかに理解できていても納得できない言動をひとつひとつ拾い上げて千歳くんに意見を聞く。
千歳くんは表現力に長けたアーティストだ。
その分感受性も豊かで、彼の意見はいつも参考になる。
そうしてほとんど寝ずに事務所に缶詰で、曲の骨格が大まかに出来あがった。
〆切3日前のことだ。

ここからは千歳くんを中心に詰めていく。
伴奏をどうするか、テンポはどうか。
歌うのは千歳くんだけれど、今回は千歳くんが前に出るのではなくてドラマの核が前に出る。
ドラマの雰囲気と、ストーリーの軸。
作った曲がそこから外れていないか。
細かく詰めていく。

「う……ん、なんかここのメロディーが気持ち悪いな。千歳くんの声だとこっちの方が多分良い、かな」
「え、ここ? そう? あー、でも確かに言われてみれば」
「あとサビの一歩手前、テンポズレてるからもう少し刻んだ方が良いかも」
「となると、結構変わるな。ちょっと待って調整する」

そんな会話はレコーディング室で行われる。
ほぼ即興に近い形で作りあげられていく曲。
双子というのはこういうとき便利だ。
意志疎通がしやすい。
そして私達と仕事をしてくれる楽器隊の人達も皆とても出来る人達だ。
滅茶苦茶な順序で高速に修正していく私達を理解してついてきてくれる。
時間が全くないと言いながら、妥協のできない曲作りが続けられた。
そうしてやってきた〆切当日。

「で、できた……」
「うえ……さすがに疲れすぎて気持ち悪」

最後の一音を作り終わった瞬間に雪崩れる私達。
さすがに集中力も限界だった。
ちなみに楽器隊の人達はもう少し先に上がっていたけれど、皆やつれた顔をしていた。
……無理に付き合わせて申し訳ない。
最後に一番の核である千歳くんの歌を詰められるだけ詰めて、理想形に近くなるまでやっていたら本当にギリギリになった。

「……大したもんだわ、まさかこのレベルを本当に1週間で作りあげるとは思わなかったぞ」
「無理だと思うこと頼まないでよ、大塚さん」
「悪い悪い、お前らの力を信じてたってことで許せ」
「お、大塚さ……修正依頼は、出来れば明後日以降が嬉しい、です」
「千依、分かったからお前は寝ろ。倒れんぞ」

とにもかくにも、この仕事はやっぱりやりがいがある分ハードだ。
それでも納得いくものが作れたと思う。
私も千歳くんも、これならば自信を持って届けられる。

出来あがった曲は、闇というには少し地味な印象かもしれない。
初めて聴く人には闇の印象は抱きにくいだろうと私も思う。
本当にこれで良いのかと楽器隊の人達には何度か尋ねられた。
けれど、きっとこれで良い。
たぶんこの主人公は、闇というよりも希望を見いだそうとしていたと私は解釈した。
手段が闇になってしまっただけだ。
闇が主テーマではあるけれど、主人公の心情を思えば一般的な闇のイメージとは少しずれる。

ダークヒーローには違いない作品。
主人公は、光の世界では自分の守りたいものが守れないと察してしまうほど繊細で聡い少年だった。
そして光も闇も切り捨てられなかったひどく優しい少年だった。
だから間違えた方法であろうとも、闇に落ちて希望を託した。
そういう話だ。
超能力物というどこか現実離れした話でありながら、現代社会にも通じる課題をテーマにしたドラマ。
だから闇を主体とするのではなく、切なさとクールさを主軸に曲を作った。

依頼者からどう受け取られるか分からない。
こんな曲ではイメージにそぐわないと言われてしまうかもしれない。
仕事相手は私達よりうんと人生経験を積んできた大人で、私達の解釈はまだまだ甘い所もある。
それでも今の自分達に出来る最大限を発揮したつもりだ。

『……うん。俺達はライバルだ』

そう言ってくれたタツの言葉に胸を張れる自分でありたいと、そう思った。
自分の居場所で、タツにも負けない曲を作れる私でありたいから。


「2人ともお疲れさん。通ったぞ、この間の曲。この短期間でよく仕上げてきたと、監督直々に感謝の言葉があったくらいだ」
「ほ、ほんと……?」
「ああ、少しだけ修正は入るがな。それもドラマで使う都合上のものだから」
「良かったあ……」
「ま、当然だね。ちーが全力で作ったんだから」
「お前もよくやった、千歳。よくここまで感情を掴んで表現できたな」
「……別に俺は。というか褒めるとか止めてよ、気色悪い」
「素直じゃねえな、お前は」

……私の中でもまたひとつ誇りが積み上がる。
千歳くんと拳を突き合わせて喜んで、出来上がった楽譜を指でなぞる。
どうかこの曲も誰かの心に届きますように。
そう願い抱きしめた。


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