ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

22.シュンの正体

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「あー、お前本当心臓に悪い。悪いんだよ本気で」
「ご、ごめんなさい」
「しかも相手がリュウとか勘弁しろって。わざと千歳怒らせるようなもんだろがアホ」
「えっと……すみません?」

翌日事務所に行けば今度は大塚さんにお説教をくらった。
いや、お説教と言うより愚痴……?
延々と文句を言うあたり、本当に胃に来たらしい。
迷惑をかけて申し訳ない。

「で、その顔見る限り、良い経験だったんだな」

そして一区切りついたあたりで大塚さんがそう言う。
目を見てしっかり頷くと、深くため息をつきながら大塚さんは「そうか、よかったな」と言ってくれた。
結局のところ、大塚さんも千歳くんも私に甘い。
ただ甘えるだけじゃなく、ちゃんと返せるようにならなきゃ。
そんなことを思った。

「でも、凄かったなあ……タツにもシュンさんにも負けてられないや」
「……シュン? 誰だそれ」
「うん、タツ……あ、リュウのねパートナーさんなんです。すごく綺麗な音を出すんだよ、キーボードも歌も」
「……まさかそいつ佐山駿じゃないよな?」
「え……?」

大塚さんの言葉が分からなくて思わず聞き返す私。
すると、大塚さんは部屋の隅にあるデスクから何やら分厚いファイルを引っ張ってきて私達にとある切り抜きを見せた。

「……っ、これ」
「げっ、まじか」

私の驚愕の声と、千歳くんの面倒そうな声が重なった。
それは何かの雑誌の切り抜きだろう、色褪せているから少し昔のものだと分かる。
ファッション雑誌のようにカラフルなわけではなくて、とてもカッチリとした感じの雑誌だ。
そしてその切り抜きの中心にいたのは、タキシードを着た少年。
……というよりタキシードに着せられている感もある男の子。
顔は幼いけれど、紛れもなくシュンさんだった。

「昔、ピアノの世界で随分騒がれてた天才少年だよ。国内の小学のコンテストじゃ最優秀賞を総なめにしている」

予想以上に輝かしい経歴で、思わず固まる。

「メジャーじゃないにしろ国際的なコンテストでも何度か表彰されている。海外の巨匠から弟子にならないかと声がかかったこともあるらしいぞ」
「そ、そんなにすごい人だったの」

天才と呼ばれる部類の人だとは思っていた。
けれど実際そこまで素晴らしい経験をもっていただなんて流石に知らない。
大塚さんが出してくれた雑誌の切り抜きをまじまじと見つめてしまう私。

「……なんでそんな恐ろしい人物がリュウと組んでるわけ? というか、そこまですごい経歴だったら何で俺知らないんだろう」

千歳くんはこんな時でも冷静で、同じく雑誌の切り抜きを見つめながら当然の疑問を言う。
大塚さんからため息が聞こえたのは直後だった。

「辞めたんだよ、突然。そいつが中学に上がる頃の話だからお前らはまだ10歳かそこらか? 知らなくても無理ねえな」

そうして返ってきた答えは予想以上に重い。
何かを抱えてきただろうことは知っている。
私と同じように何かに挫け、そしてタツに救われた人。
シュンさんの抱えた過去は、やっぱり簡単なものではなかった。

「手を怪我しただか何だかって聞いたが、実際がどうなのかまでは知らねえな。でもそうか、また音楽始めたんだな」

複雑そうな顔をして、大塚さんが呟く。
こういう顔をするということは、シュンさんは本当に逸材だったんだろう。
その証拠に、「もしそいつがピアノ続けてりゃどこまでいけたのか個人的に興味あったのに」だなんて言っている。
勿体ないと思ったんだろう。
そして同時に、また音楽活動をしていると知り嬉しいんだと思う。
大塚さんはそういう人だ。
才能がある人に対しては、どんな人にでも敬意を払う。

「でもまあ、それなら喧嘩売るに相応しい相手に喧嘩売った訳か」

知った事実のあまりの大きさに放心する私。
千歳くんがそんな私の肩をポンポンと叩いて笑った。
嫌だ面倒だと言いながら、千歳くんも勝気な性格で負けず嫌いだ。
新しいライバルの出現を内心面白く思っているんだろう。

「……ちょっと待て。喧嘩売った…?」
「うん、ちーが」
「おい千依……お前またなんでそんなことしちまったんだよ」
「や、えっと……まさかそんな凄い人達相手だとは気付かなくて?」

いや、凄い人達だとは思っていたけれど。
そんなもごもごと言う私に、大塚さんの顔が迫った。
あ、ヤバい。
そう思った時にはすでに遅し。

「変なとこで度胸使うなアホ!!!」

事務所に大音量の怒鳴り声が響いた。
本当にとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのだと実感する。
タツもシュンさんも、やっぱり想像通りとんでもなかった。
2人揃って逸材だったのだ。
人に届く音楽を続けてきた人なのだと、納得する。

タツのあの曲を見た時、お客さん達の盛り上がりを感じた時、実は嬉しいと同時に悔しかった。
あんなにサラッと綺麗な音を奏でてしまったシュンさんに対しても羨ましいと思ってしまった。

タツの才能は、言葉で表すには難しい。
努力だけでは得られないものを確かに持っていると思う。
音楽のセンスとか才能とか、それよりももっと根本的なところで彼は魅力的だ。
そしてシュンさんはプロをも唸らせる能力を持っている。
技術は高く、音は常人からかけ離れた唯一無二のもの。
どっちもまだ、私達に足りない。
一生懸命食らいついているつもりなのに、彼等をみると引きずり降ろされるんじゃないかと思う。

「……正直ね、ああ負けたって思っちゃったんだよ」

思わず奥底に留めた言葉をこぼしてしまう。
奮い立たせるため言わないと思っていた言葉を言ってしまっていた。
千歳くんの才能を私は心から信じている。
自分の気持ちだって絶対に負けるつもりはない。
けれど冷静に受け止めた時、私の曲にはそこまでのパワーがあるだろうかと振り返った時、自然と思ってしまった。

負けない。
そう一番口に出して言いながら、ふとした瞬間に暗い自分が顔を出す。
私は私自身が一番信用できない。
けれど。
 
「あの2人を唸らせてみたいなあ……私達の歌に夢中にさせるくらい。……うならせて、みたい」

いつになく強気な私であれた。
そしてそんな私を見て、大塚さんと千歳くんは顔を見合わせて笑った。





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