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本編
19.タツの過去6(side.タツ)
しおりを挟む「……あんたは、どうして挫けないんだ」
不意にそう問われる。
目を見れば、初めてそいつから情の通った強い何かを感じた。
「好きなものから無理やり弾きだされて、それでも何故まだ挫けず音楽を続けられる」
そう問われて俺の顔から浮かび上がるのは苦笑だ。
挫けてないわけではなかったから。
実際のところ何度も挫けているのだ。
例えば、今も。いつだって自分の無力さを痛感させられる。
どんなに腕を鍛えていたって、たかだか3年だ。
プロとして生きるには実力が足りない。
それを補える才能もない。
けれど芸能界にも世の中にも、シュンのように光るものを持った人間は山のようにいる。
そう痛感させられる時間は決して自分にとって楽しい時間ではない。
屈辱と、そう思ってしまうのは傲慢だろうか。
しかしそれは俺の中に浮かぶ正直な感想だった。
それでもこうして俺が未だギターを握り続ける理由、そんなものは一つしか思いつかない。
「音楽馬鹿なんじゃない?」
きっとそういうことだろう。
始まりは誰よりも中途半端な理由だった。
だが、だからこそここまで夢中になれた。
音を紡げる場所は変わってしまったし、未だ俺は何の将来も見いだせない。
それでも辞めるという選択はまだまだ俺の中にはないようだ。
そんな自分の思いに支えられている。
苦い顔で俺を見ていたシュンの目が、少しだけ丸くなる。
驚いているのだと、やっとシュンの感情を読み取ることに成功した。
案外こいつは正直な奴なのかもしれない。
そして俺と似た部分もあるのかもしれない。
そう思ったのはこの時のこと。
シュンは俺のギターを上手いとは決して言わなかったが、まだ素人の域にある俺のことを馬鹿にもしなかった。
素晴らしい才能も実力もあるのに、奢らない。
音楽がつまらないと言うのに、手を抜かない。
シュンは本当に音楽が嫌いなのだろうか?
そうは思えなかったのも一因だろう。
音楽に対して見ているこっちが苦しくなるほど真面目に向き合うシュン。
ストレスが溜まると言いながらも、ピアノを扱うシュンの手は丁寧だ。
音に、楽器に、敬意を払っているのが俺でも分かる。
……こういう奴が天下を取るのかもしれない。
唐突にそんなことを思った。
ごく自然に。自分でも驚くほど清々しく。
「なあ、シュンって言ったか」
「ああ」
「俺と組まないか?」
するりと言葉が出てきたのが分かった。
腕を磨く以外の方法をその時まで見付けられなかった俺に唐突に道が開けた気がしたのだ。
案の定目を見開き固まるシュン。
だが決して目はそらさない。俺の言葉を真っすぐに受け止め必死に考えている。
ああ、こいつは本当に真面目なのだ。
音楽に対していつだって真面目で、真摯で、だからこそあんな音が出せる。
ストレスが溜まるとかつまらないとか言いながら、それでもひとつひとつの音を呆れるほど丁寧に紡いでいる。
「案外、良いコンビになれるかもしれないぞ?」
俺の音楽でシュンを支えられると思えるほどの自信はまだない。
だが、直感でそう思った。
天下を取れるのは、俺じゃないかもしれない。
でもシュンなら取れる気がするのだ。
そしてシュンがそんな自分の音をつまらないと言うのならば、俺が引っ張り上げよう。
俺は技術も才能も足りない。
だが情熱と努力だけは誰にも負けないつもりだ。
技術が足りなくとも、必死で紡いだ心というものはちゃんと届いてくれるはずだ。
それを俺はフォレストで学んだ。フォレストでは何よりもそれを重んじていたから。
シュンに足りないものを俺が補えるなら、そうしたい。
それはそれまで考えたこともなかったことだった。
シュンがどうして俺の提案に乗ってくれたのか、分からない。
しかしその時から俺の夢は一人だけのものではなくなった。
ケンさんの店で働きながら、とにかくがむしゃらに音楽と向き合う日々。
シュンが加わったことで俺の日常は少しだけ賑やかなものとなった。
目標が見えてくるとギターの練習にも一層力が入る。
一通りの曲は余裕で弾けるようになったし、シュンの伝手を借りて通うようになったボイトレで声にも少しは張りが出てきたと思う。
そうやって少しずつ日々は変化した。
シュンがピアノだけじゃなく音楽全方向にセンスがあるのを知った時は驚いたが。
歌わせればケンさんにも「お前歌の方が良いんじゃねえのか」と言わせる程の声を響かせるし、曲を作らせれば緻密で繊細な曲をサラッと書き上げてしまう。
「……なんかお前一人の方が良い気がしてきた」
ついついそんな弱音も吐いてしまった気がする。
だがシュンはその度に呆れたように言った。
「一人じゃ無理だから組んでるんだ。タツは自分を過小評価しすぎ」
そして曲を作る時にも歌う時にも必ず俺の意見を求めてきた。
知識も技術も全く追いつかない俺の意見を真剣に聞いて、自分の作ったものを壊していくシュンが正直理解できない。
それでもそんなシュンに支えられていたのは確かなことだ。
支えよう、引っ張り上げようなどと言いながら、やはり俺は支えられる側だったのかもしれない。
シュンと組んでから1年ちょっと。
ある程度の曲が作れるようになって、俺達の骨格が出来上がって来た頃、やっとストリートライブをやってみたり音楽事務所宛に音源を送ってみたりと活動を本格化させた俺達。
だがまあ、そう簡単には事は運ばない。
そしてたまに返ってくる反応と言えば予想していたとは言え辛辣なものだった。
『ギターが邪魔』
『プロと素人でバランスが悪い』
『歌声をギターとコーラスが潰している』
シュンの才能にはやはり皆すぐに気付いた。
が、どうしても俺が足を引っ張っている……それが大体の評価だ。
中にはシュンだけを芸能界に入れようと連絡してくる事務所までいた。
シュンは断っていたみたいだが、自分勝手に惨めな思いを味わったりもした。
それでも挫けなかったのは、フォレストでの経験が大きかったのだろう。
たった少しの間に多くのファンレターをもらった。
俺を称える文、叱咤する文、応援する文。
何度も励まされる。
仲間との良いばかりじゃない思い出も、その時には支えとなっていた。
そうして何回も何回も無理やり自分を奮い立たせていた。
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