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本編
17.タツの過去4(side.タツ)
しおりを挟む「たった1年の短い間でしたが、本っ当にありがとうございました!!」
フォレストのリュウに最後に用意してくれた舞台は、アーティストならば誰もが一度は夢見る大舞台だ。
俺はその中でただ一曲だけ歌った。
趣味程度にしか書けない拙い曲を、それでも初めて一から全て自分で作った歌。
未だ自分の足では歩けない不自由な足、事故の傷跡残る痛々しい姿だっただろう。
それでもあれが俺にとっての当時最良の姿だったとも、今は思う。
全てを晒し、思いをひたすらに込め歌ったことを覚えている。
どうしたって悔し涙は流れる。
それでも最後の最後まで、誰かに元気を与えられる自分でありたい。
皆で笑い合ったあの空間がなかったことにならぬよう。
今の自分ができる最高の音を。
俺が作り出すちっぽけな音楽でも、力になるのならば。
伝わるかどうかなど分からない。
実力は悔しいくらいにない。
それでも、最後までこの景色を目に焼き付けたい。
言葉のひとつひとつ、音のひとつひとつ、流れる時間の一瞬さえもありったけの気持ちを込める。
歪んだ笑顔を見せながら、それでもどうか伝われと願う。
ただの自己満足と言われればそうなんだろう。
俺にそこまでの価値があるかと聞かれれば自信がない。
それでも、俺は歌った。
もう自分から逃げないために。
フォレストのリュウは、そうしていなくなった。
正直悔いだらけだったが、それでももう後戻りはできない。
心機一転、全てやり直そうと進み始めた俺。
壁にぶつかるのは早かった。
何せ俺には実力も才能もはっきり言って無かったから。
アイドルの中では歌は上手い方だった。
しかし芸能界の歌手という枠に入れば下手な部類だ。
どこにでもあるような声質で、そこら辺の歌のうまい人と混ざる程度な歌唱力。
ダンスをやっていたからリズム感はだいぶ良い方だったが、俺の武器となるほどのものでもない。
どうすればいいのかすら分からない日々が続く。
話題性だけで芸能界に入り直す真似はしたくなかった。
そんなことをしたら、フォレストの奴等も事務所の皆も裏切ることになる。
話題性や、過去の自分、ではなく、音楽をする自分として自立できなければ何の意味もない。
しかしそのために俺に足りないものが多すぎる。
曲を作る技術、センス。
人を引き付ける声質、歌唱力。
音を奏でる技術力。
何もかも足りない。
自分で思っていた以上に俺は何の力も持たないとその時に強く認識した。
センスや才能はひとまず置いておいて、とにかく実力だけでもつけよう。
そう思って足の完治と共に俺はギターを本格的に習い始めた。
フォレスト時代、唯一やっていたのがギターだったからだ。
そして辿り着いた先がとある居酒屋であり、そのオーナーであるケンさんだった。
事務所の最後の恩情で、紹介してもらった人物だ。
一線からは退いているが、昔プロのギタリストとして数多くの楽曲に携わっていたという。
「お前、下手っくそだなー。頭痛ぇ」
ケンさんはそう笑いながら、容赦がなかった。
昔プロだったという腕前は本物で、そしてプロとして稼いでいただけの厳しさも当然持ち合わせている。
居酒屋で料理を作っている時は、ぶっきらぼうながら細かいことなど気にせずマイペースな人だ。
しかし音楽が絡むと途端に厳しくなる。
「だからそこ違うっつってんだろ。プロ目指すんなら基礎から徹底的に叩き込め。才能があるわけでもない奴は技術でのし上がるしかねえんだ。寝る暇を惜しめ」
手の皮がめくれようと、体中がギチギチと音をあげようとも、ケンさんは手を抜かない。
才能がない、センスもないと言いながら、それでもそこまで真剣に向き合ってくれたケンさんには頭が上がらない。
昔ケンさんと同じく音楽家を目指していたという娘さんの為に作った防音室は、俺に気兼ねなく音楽をさせる時間をくれた。
結局娘さんは途中で夢を諦め普通の企業に就職し嫁いだと呆れながらも嬉しそうに語ったケンさん。
もう誰も使わないから好きに使えと環境を与えてくれた恩人だ。
ちなみにその娘さんである由希さんも、自身が隼人のファンだったこともあって快く使用許可をくれた。
まさかそんなところで自分の経歴が役に立つとは思わなかったが。
「あー……まあ、良いんじゃねえか。いや、下手だけど。ま、初めに比べりゃだいぶマシになってきた」
「マシって……、これ、相当上級者向けって店の人に言われたんだけど」
「アホか、そりゃ一般人には上級だろうよ。だけどお前が目指すのは一般人の上級じゃねえだろ、プロの上級だ。はき違えんな」
その厳しいOKサインが出るのに3年近くかかった。
毎日仕事以外は全部つぎ込んで、それでも一度も上手だとは言われなかった。
実力自体はぐんぐん上がっていたが、それでもまだまだ足りないらしい。
悔しく思いながらも、それでもなんとか食らいついていたあの頃。
新たな出会いがあったのもまた、ここだった。
「……何でいるんだ、本物が」
「え……誰。営業時間外ですが」
「おー、シュン! 久しぶりじゃねえか」
表情一つ変えず、淡々とした口調は今でも変わらない。
しかし当時はさらに感情が少し抜け落ちていたようにも思う。
今の相方であるシュンは、出会いもまた強烈だった。
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