ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~

雪見桜

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本編

12.リュウの涙

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「やるじゃねえか、姉ちゃん!!」
「いやあ、久々盛りあがったなあ」

皆笑って拍手をくれる。
お酒の力も借りてテンションも高い。
その様子に胸からせり上がってくるものがあった。

ああ、やっぱりリュウはすごい。
こうして人を元気にさせてくれる。
視界の隅にはにリュウの姿があって、呆然と私を見ている。

「あの人が作ったんです、この曲!!」

皆にも伝わって欲しくて思わず指をさしてしまった。
視線がそれを辿ってリュウへと向かえば、途端にお客さんは笑い声をあげる。

「おー! 兄ちゃん、将来は音楽家か? はは、応援するぜ」
「そうだそうだ、良い曲山ほど書いてビックになったらサイン書かせてやらあ」
「ははは、お前偉そうだな!」

陽気に笑うお客さん達。
ポカンとしたリュウの顔がみるみる歪んでいく。

「ありがとう、ございます……!」

しゃがみこんだリュウの顔は見えないけれど、必死に何かを堪えているのが分かった。
私と同じくせり上がる感情を抑え切れないのだろう。

「お? おお? お、俺なんか悪いこと言ったか」
「あー、気にすんな。お前らの優しい言葉に感極まっただけだ」
「そ、そうか? 兄ちゃん、とにかく頑張れよ!」
「はい……っ」

オーナーさんが上手くフォローしてくれたおかげで空気は淀まず陽気な雰囲気が戻る。
頭を下げれば、オーナーさんは苦笑しながらもリュウの方を指さした。
それが何を意味するのか上手く察せない私に、近くで様子を見ていたらしいシュンさんが手招きで教えてくれる。
慌てて五線譜を抱え込んで引き上げれば、リュウもまた一緒に後に続いた。
戻った先は、2人の作業場。

「……ありがとう」

部屋に入った途端に、リュウがそう言った。
涙はもう見えなかったけれど、少し目が赤い。
どう答えるべきか悩んで、しばらく沈黙が続く。
けれどやっぱり伝えたい言葉はたったのひとつで、だから私は手の中の楽譜を差し出し声をあげる。

「フォレストのあのリュウは、今もやっぱり生きています」
「……ん?」
「こんなに素晴らしい曲を書けるんです、どうか自信を持ってください」

上から目線の偉そうな言葉になってしまったかもしれない。
けれどどうか届いて欲しい。
リュウの曲に、音に、励まされ元気をもらえる存在がきちんといるんだと。
だからこそ私が今ここにいて、シュンさんが共にいるのだと。

……きっと、この2人は上がってくる。
シュンさんの技術力と、その才能。
リュウの力強さ、破天荒さ。
正反対でありながら、それでも破綻しない2人の音。
そんな特異で魅力的な音は、そうそうない。
それこそこの先、奏の強力なライバルにこの2人はなり得る。

「……負けません」

思わずそう呟いていた。
その言葉に反応して2人と視線が絡む。
本来なら緊張してしまうこんな場面。
けれど、不思議と気分は清々しい。

「私も、2人に恥じない音を作れたら」

宣言すれば、今度こそ2人は揃って苦笑する。
つられるように私も笑う。
そして安心した瞬間、私の中の糸が切れた。
ガクリと膝が勝手に折れていく。
……どうやら、人間そう簡単には変われないらしい。

「え、ど、どうした」
「き、緊張……しすぎて、力が」
「え、今? すっごい時間差」
「へ、へい」
「……やっぱり言葉、おかしい」

普通と同じペースでいられない私は、こんなところでもスローテンポだ。
腰から力が抜けて立ち上がる力すら失えば、声にも力が入らない。
ああ、2人からの不思議なモノを見る視線が怖い。
けれど2人のその笑みから苦みが消えると、リュウが「ははっ」と声をあげた。

「ほんっとに、不思議な子だよな君」
「分かりにくい」

それぞれから何とも反応のしにくい評価をもらった気がする。
途端に不安になってぐるぐる視線をあちこちに向ける私。
ふと自分の鞄がチカチカ光っている事に気付いてハッとした。

「じ、時間! わ、わすれっ……、く、9時!? うわあああ」
「時間? あー、そういや君高校生……やば。素直に怒られてこいシュン」
「……何で僕」
「お前だろ、連れてきたのは」

2人の妙な言い争いも聞こえず慌ててスマホを取りだす私。
案の定、画面には山ほどの着信履歴が残っていた。
千歳くんと大塚さんに埋め尽くされた着信履歴が。

「うわああ……、み、見てない見てない」
「いや、無理だろ」

パニックを起こしている間にまた着信があって、「ぎゃあ」と叫ぶ私。
何故か2人に笑われた。

『お前なあ! 千歳が使いもんにならなくなるんだから、ちゃんと電話出ろっつの!! ざけんな、こっちの仕事増やすんじゃねえ!!』
「ごめんなさいいいいいい、時を忘れてました!」
『訳分かんねえこと言うな! つかお前今どこだ! 家電も繋がらねえから千歳の機嫌が最低なんだよ!』

案の定、電話越しにいる大塚さんの機嫌が最悪だ。
電話の前で自然と正座になってしまうのはもう条件反射だった。
いくら自分の仕事がオフと言えど、常に電話は繋がる状態にしている私達。
特に千歳くんは心配性で、何がなくとも毎晩私の様子を確認する。
傍にいる時は顔を見て。傍にいない時は電話で。
だいたい夜7時、8時を越えると必ず一回は連絡がくるのだ。
それが普通ではないと分かっているけれど、散々ブラコンシスコンと呼ばれる私達にとっては最早習慣だ。
こういうところがあるからブラコンシスコンとも呼ばれているのかもしれないけれど。
そして連絡が付かなくなった途端どちらかがパニックを起こし、他のことが考えられなくなるのも私達の特徴だ。

つまり今千歳くんは私と連絡が付かなくて仕事どころではなくなっている。
……申し訳ないことをしてしまった。

「だ、大丈夫なの、チエ」

私の電話から大きな怒鳴り声が聞こえてきたからか、リュウがそう聞いてくる。
思わずコクコク頷いて「だ、大丈夫、です!」と半泣き状態で応えれば、何とも言えない顔をしたリュウが目に映る。
すると、今度は電話の向こうから声が聞こえてきた。

『……ちょっと待て、千依。お前、今“誰と”いる。男の声聞こえたんだが』
「え、え……?」
『もう一度聞くぞ。そこにいる男、誰だ。お前まさか恋人いるんじゃねえだろうな』
「へ、こ、こ、恋人?」

なぜか大塚さんが途端に焦り出す。
けれど話の脈絡がまるで分からない。

「チエ、ちょっとごめん。電話かして」
「へ、あれ?」

何事かと考えてる間に、なぜかリュウに電話を取られた。

「もしもし、チエさんの保護者の方ですか」
『……そのような者です。貴方は?』
渋川しぶかわ竜也たつやと申します」

耳を近づけて私は2人の会話に耳を傾ける。
ここにきてようやく私はリュウの本名を知った。
タツ。シュンさんがそう呼んでいた理由も同時に知る。

「チエさんを遅くまで相手させたのは私です、申し訳ありません」
『大変申し上げにくいのですが、千依は高校生です。そのことを御存じでこのような時間までですか』
「……はい、申し訳ございません。チエさんはこちらで責任を持って送り届けますので」
『……分かりました。ただ今後はせめて事前に連絡を入れさせるくらいはして下さい』
「はい、申し訳ありませんでした」

さっきまでとは打って変わってタツの口調、声はとても丁寧だ。
大人の対応というものだろうか。
私のために謝罪してくれたのが分かって、尚更申し訳ない気持ちになった。
けれどリュウの言葉をもう一度思い返してハタと気付く。
どうやら私の中ではそちらの方が重大だったらしい。

「え、ち、チエって呼びました私の事!?」
「え、そこ?」
『……千依、とにかくお前さっさと帰れ。そんでいっぺんがっつり怒られろ』

ぽかんとした顔のリュウにげんなりした声の大塚さん。
頭が飽和状態であまり多くを考えられない。
けれどあまりここに長居するのがよくないことだけは分かる。
大塚さんの怒り具合を見るに千歳くんもこれは相当怒っているだろう。
そう思うと尚更急いで荷物を詰め込んだ。

「おや、帰っちゃうのかい?」
「おい、タツ。手出すなよ、犯罪者は流石に雇えねえからな」
「げ、勘弁してよケンさん」
「……タツ、相手は高校生だ」
「シュン、お前まで」

オーナーさん夫婦はカラカラと笑って見送ってくれた。
仲の良さそうな雰囲気に、ますますオーナーさん夫婦とリュウの関係性が気になる。
それを察してくれたのか「雇う?」と私が小さく呟いたからか、リュウが「ああ」と笑いながら教えてくれた。

「今俺ここで住み込みで働いているんだ。今日は休みだったけど」
「住み込み……料理人、さん?」
「料理人……でもないけど。まあ、20代半ばで夢追いかけるだけの無職は流石に、な」

そうして連れられたのは小さな軽自動車。

「狭いけど、乗って」

そう言いながら助手席を開けて案内してくれる。
今さらながら、憧れのリュウと2人きりということを意識してしまって緊張してしまった。


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