5 / 88
本編
4.学校生活
しおりを挟む
私にとって学校は試練の場所だ。
だってここではよく知らない者同士で協調しながら生活しなければいけない。
“普通”を一番に求められるところだと思うから。
昔から自覚はしていたけれど、私はどうにも他の人と感覚がちょっとずれているらしい。
同じペースで歩くことも同じ感性で笑い合えることも中々ない。
だからこの“普通”という環境に投げ込まれるとたちまち体が言うことを聞かなくなるんだ。
どうすればいいのか分からなくなってしまう。
「あー、中島さん? これ、日直日誌」
「あ、あ、ありがとう!」
「え、ああ、うん。じゃあ」
例えばこんな一言を繋げるのだってとても難しい。
ありがとうの一言だって、気合が入りすぎちゃって相手を引かせてしまう。
千歳くんや大塚さん相手なら大丈夫なのになぜだって自分でも思う。
思うのに、私の体はやっぱり勝手に動いて反応してしまう。
「日直、かあ……」
特に今日は月に一度の日直の日。
体は嫌でも強張ってしまって、肩のあたりがガチガチに凝り固まっている……気がする。
「……頑張らなきゃ」
自分を励ますように小さく気合を入れる私。
それでも上手く頭が切り替えてくれない。
仕事で疲れ果てた時よりもうんと重たく感じてしまうのは何でだろうか。
小さく手が震えてしまって、そんな自分を情けなく感じた。
……結局、今回も日直の仕事は惨敗だった。
「き、きちつ!」
起立という言葉が意味不明の単語に変わってしまったり、
「おーい、今日の日直誰だあ? 挨拶頼むぞ」
精一杯声を張り上げたつもりなのに、誰にも届いていなかったり、
「……中島、大丈夫か」
「ご、ごめんごめんごめん」
「え、や、良いけど」
しまいには一緒の当番の男子にまで心配される始末。
こんなだから友達の一人もできない。
このクラスに入れたことはすごく恵まれたことだ。
男女の割合が半々だけど仲が良くて、いじめもなくて、和気あいあいだ。
…なのに、そんな環境ですら友達のできない私。
こういう同世代の子たちがたくさん集まる場所に行くと、どうにも私は身心共に極度に緊張してしまう。
どうしてだか、それは私自身もよく分からない。
病院の先生によれば、これは精神的なものだから治るには時間がかかるという。
その治る状態にいくにはあとどれだけ時間がかかるだろうか。
分からなくて、途方にくれてしまう。
「……でも、頑張らなきゃ」
その言葉すらカラ回っていることだけ分かっていた。
適度に力を抜けばいいんだよなんて人は言うけれど、どうすれば力を抜けるのか分からない。
勉強はいつも半分よりうんと下で、いつも理解が追い付かない。
運動も「何かの神にとり憑かれてる」なんて言われるくらいには鈍い。
コミュニケーション能力は圧倒的に低くて、家族か仕事関係でしかまともな会話すらできない私。
学校の中で胸をはれるものを何一つ持っていなかった。
良い人ばかりに囲まれているというのに、私はいつだって挙動不審だ。
いくら良い人ばかりと言えど、そんなの困ってしまうと分かるのに。
それでも一言だけでも声をかけてくれる人は多いというのに。
本当ならば、ありがとうとちゃんと笑って言いたい。
それすらできない私はやっぱりぽんこつで、焦りは禁物と散々言われていても焦ってしまう。
だから学校という場所は、私の精神をがっつりと削ってしまうんだ。
「はー、失敗しちゃったよ」
人気のない場所を探し顔をうずめる私。
結局今日も気合通りに事は進まなかった。
情けない顔を見られたくなくて、心の切り替えがうまく出来なくて会社に向かえない。
社会人としても失格だ。
確かに今日は千歳くんがメインの仕事ばかりだから私がいなくても何の支障もないとはいえ、だからといって休んで良い理由にはならない。
はあ、とため息をつく。
無意識に取り出したのは五線譜のノート。
言葉で発せるものが少ない私は、何かがあると日記代わりにノートに音符を書き込む。
「……ここで表現しても仕方ないのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、即興で作る曲。
頭に浮かべるのは今日話しかけてくれた人達のこと。
ありがとうとごめんで混ざったその音符達は、どことなく暗い繋がりだ。
そこで今日の自分の気分がいつもよりうんと重いことを知る。
自分の心の整理までもが音楽な私は、確かにお母さんの言うとおり音楽馬鹿なんだろう。
それを駄目だなんて思わない。
それがなかったら私は本当に空っぽだったから。
けれど、もう少し。
もう少しだけ、バランスの良い人間になりたい。
私の理想は決して高くないはずだ。
それすら手に届かないことが悲しい。
私と同じ日に生まれ、同じように育ってきた千歳くんは何とも器用に生きているというのに。
綺麗な顔立ちで、爽やかで、気が利いて、勉強も運動も人並み以上にはできて、だから同じ学校に通っていた小中学の頃なんて大人気だった千歳くん。
別々の高校に通っていたって、普段の様子や時々友達と電話で会話しているその様子から充実した日々を過ごしていることは私でも分かる。
それがちゃんとした努力の上に成り立っていたからこそ私は努力を結果として残せる千歳くんが羨ましく誇らしかった。
逆に同じ様にできない自分が私はすごく憎くて……
「……駄目駄目!」
と、そこで自分に喝をいれる。
すぐ卑屈になってしまう自分だけど、それでは何も変わらないということも分かっているから。
せめて少しでも考え方を上向きにしないとどんどん置いて行かれると知っていた。
パンパンと自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。
そう簡単に切り替えられるものではないけれど、形からでも入らなきゃ。
そうして目をギュッと閉じて頭をリセットすると、耳の奥の方に何やら小さな音が響いた。
「……綺麗な音」
それは本当に小さな音だ。
耳を澄ませなければ届かない程遠くで響く音。
けれど、何故だか惹きつけられるような感覚がある。
楽器は何だろうか? それすら分からないほど遠くから響く音は、それでも綺麗だと一発で分かった。
風に乗って聴こえたり聴こえなかったり、安定しない音量を頼りに無意識に足が動く。
透き通った音だと、そう思った。
そしてこの音を逃がしてはいけないんだと、私の中の何かが告げている。
本能的なものだったのかもしれない。
音に吸い寄せられるよう歩いたその時のことを、きっと私は忘れない。
後から思い返してもきっと、それは私にとって運命の瞬間だったんだ。
だってここではよく知らない者同士で協調しながら生活しなければいけない。
“普通”を一番に求められるところだと思うから。
昔から自覚はしていたけれど、私はどうにも他の人と感覚がちょっとずれているらしい。
同じペースで歩くことも同じ感性で笑い合えることも中々ない。
だからこの“普通”という環境に投げ込まれるとたちまち体が言うことを聞かなくなるんだ。
どうすればいいのか分からなくなってしまう。
「あー、中島さん? これ、日直日誌」
「あ、あ、ありがとう!」
「え、ああ、うん。じゃあ」
例えばこんな一言を繋げるのだってとても難しい。
ありがとうの一言だって、気合が入りすぎちゃって相手を引かせてしまう。
千歳くんや大塚さん相手なら大丈夫なのになぜだって自分でも思う。
思うのに、私の体はやっぱり勝手に動いて反応してしまう。
「日直、かあ……」
特に今日は月に一度の日直の日。
体は嫌でも強張ってしまって、肩のあたりがガチガチに凝り固まっている……気がする。
「……頑張らなきゃ」
自分を励ますように小さく気合を入れる私。
それでも上手く頭が切り替えてくれない。
仕事で疲れ果てた時よりもうんと重たく感じてしまうのは何でだろうか。
小さく手が震えてしまって、そんな自分を情けなく感じた。
……結局、今回も日直の仕事は惨敗だった。
「き、きちつ!」
起立という言葉が意味不明の単語に変わってしまったり、
「おーい、今日の日直誰だあ? 挨拶頼むぞ」
精一杯声を張り上げたつもりなのに、誰にも届いていなかったり、
「……中島、大丈夫か」
「ご、ごめんごめんごめん」
「え、や、良いけど」
しまいには一緒の当番の男子にまで心配される始末。
こんなだから友達の一人もできない。
このクラスに入れたことはすごく恵まれたことだ。
男女の割合が半々だけど仲が良くて、いじめもなくて、和気あいあいだ。
…なのに、そんな環境ですら友達のできない私。
こういう同世代の子たちがたくさん集まる場所に行くと、どうにも私は身心共に極度に緊張してしまう。
どうしてだか、それは私自身もよく分からない。
病院の先生によれば、これは精神的なものだから治るには時間がかかるという。
その治る状態にいくにはあとどれだけ時間がかかるだろうか。
分からなくて、途方にくれてしまう。
「……でも、頑張らなきゃ」
その言葉すらカラ回っていることだけ分かっていた。
適度に力を抜けばいいんだよなんて人は言うけれど、どうすれば力を抜けるのか分からない。
勉強はいつも半分よりうんと下で、いつも理解が追い付かない。
運動も「何かの神にとり憑かれてる」なんて言われるくらいには鈍い。
コミュニケーション能力は圧倒的に低くて、家族か仕事関係でしかまともな会話すらできない私。
学校の中で胸をはれるものを何一つ持っていなかった。
良い人ばかりに囲まれているというのに、私はいつだって挙動不審だ。
いくら良い人ばかりと言えど、そんなの困ってしまうと分かるのに。
それでも一言だけでも声をかけてくれる人は多いというのに。
本当ならば、ありがとうとちゃんと笑って言いたい。
それすらできない私はやっぱりぽんこつで、焦りは禁物と散々言われていても焦ってしまう。
だから学校という場所は、私の精神をがっつりと削ってしまうんだ。
「はー、失敗しちゃったよ」
人気のない場所を探し顔をうずめる私。
結局今日も気合通りに事は進まなかった。
情けない顔を見られたくなくて、心の切り替えがうまく出来なくて会社に向かえない。
社会人としても失格だ。
確かに今日は千歳くんがメインの仕事ばかりだから私がいなくても何の支障もないとはいえ、だからといって休んで良い理由にはならない。
はあ、とため息をつく。
無意識に取り出したのは五線譜のノート。
言葉で発せるものが少ない私は、何かがあると日記代わりにノートに音符を書き込む。
「……ここで表現しても仕方ないのに」
ぶつぶつと文句を言いながら、即興で作る曲。
頭に浮かべるのは今日話しかけてくれた人達のこと。
ありがとうとごめんで混ざったその音符達は、どことなく暗い繋がりだ。
そこで今日の自分の気分がいつもよりうんと重いことを知る。
自分の心の整理までもが音楽な私は、確かにお母さんの言うとおり音楽馬鹿なんだろう。
それを駄目だなんて思わない。
それがなかったら私は本当に空っぽだったから。
けれど、もう少し。
もう少しだけ、バランスの良い人間になりたい。
私の理想は決して高くないはずだ。
それすら手に届かないことが悲しい。
私と同じ日に生まれ、同じように育ってきた千歳くんは何とも器用に生きているというのに。
綺麗な顔立ちで、爽やかで、気が利いて、勉強も運動も人並み以上にはできて、だから同じ学校に通っていた小中学の頃なんて大人気だった千歳くん。
別々の高校に通っていたって、普段の様子や時々友達と電話で会話しているその様子から充実した日々を過ごしていることは私でも分かる。
それがちゃんとした努力の上に成り立っていたからこそ私は努力を結果として残せる千歳くんが羨ましく誇らしかった。
逆に同じ様にできない自分が私はすごく憎くて……
「……駄目駄目!」
と、そこで自分に喝をいれる。
すぐ卑屈になってしまう自分だけど、それでは何も変わらないということも分かっているから。
せめて少しでも考え方を上向きにしないとどんどん置いて行かれると知っていた。
パンパンと自分の頬を叩いて気持ちを切り替える。
そう簡単に切り替えられるものではないけれど、形からでも入らなきゃ。
そうして目をギュッと閉じて頭をリセットすると、耳の奥の方に何やら小さな音が響いた。
「……綺麗な音」
それは本当に小さな音だ。
耳を澄ませなければ届かない程遠くで響く音。
けれど、何故だか惹きつけられるような感覚がある。
楽器は何だろうか? それすら分からないほど遠くから響く音は、それでも綺麗だと一発で分かった。
風に乗って聴こえたり聴こえなかったり、安定しない音量を頼りに無意識に足が動く。
透き通った音だと、そう思った。
そしてこの音を逃がしてはいけないんだと、私の中の何かが告げている。
本能的なものだったのかもしれない。
音に吸い寄せられるよう歩いたその時のことを、きっと私は忘れない。
後から思い返してもきっと、それは私にとって運命の瞬間だったんだ。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる